鏡と少女の物語

第12話 この度、夢の舞台に踏み出しまして!

 

「サンドリヨンの祝福」というゲームを知っているだろうか?


 通称「サンブレ」。

 グリム童話がモチーフのこの百合ゲーは美しいグラフィックと癖のあるキャラクター達が織りなすほろ苦いストーリーから高い人気を集めていた。

 舞台は「私立サンドリヨン学院」。元女子高だったこの学校は共学になった今でも男子は皆無といっていいほど居らず、実際のゲーム内にも男性のキャラは見られない。主人公と攻略対象は勿論の事、サブキャラクターに至るまで一切男の気配が無いのも特徴だ。


 主人公の名前は「姫大路 白雪ひめおおじ しらゆき」。

 童話白雪姫をイメージしたキャラクターで、艶やかなロングの黒髪にサファイアの瞳を持ち血の様に鮮やかな頬と唇をした少女だ。

 その天性の美しさと純朴かつ朗らかな人柄から皆に愛されており、その人気はファンクラブが出来るほどらしく学院の人気を二分する。

 彼女は学校生活を送ると共に心に問題を抱えた少女達と出会い、最後にはその内の誰かと結ばれていく。


 彼女達の日々を邪魔するのが悪役令嬢の「白清水 凛后しろしみず りんご」だ。

 傲慢で不遜を絵に描いたような彼女は、白雪姫の王妃をモデルとしたキャラクターだ。燃えるように赤く波打つロングヘアーに菫色の釣り目がまさしく悪役といった雰囲気で、高身長で抜群のプロポーションが格好良さを感じさせる美女だ。

 その容姿と家柄の良さから学園で人気の彼女は女王の様に振舞い、作中あの手この手でヒロインにちょっかいを掛けては冷たく微笑む姿が印象的だ。


 そんな彼女の結末は非常に美しく印象的だ。ヒロインと攻略対象の手により断罪された彼女は、今までの行いもあってその悪事が家族にも伝わり勘当されてしまう。自暴自棄になった彼女は白雪姫の象徴でもある赤い毒林檎を口にして服毒自殺を試みてしまうのだ。


 彼女の最後の一枚絵は、意識を失い中庭にある噴水に浮かんでいるシーンが映し出される。

 顔を伝う雫、血の様に広がる赤い赤い髪、安らかにも見える彼女の表情は憐憫かつ儚い美しさに彩られていた。


 私が心の底から大好きで、未来永劫訪れない事を求める光景だ。




 何故今更こんな事をと疑問に思うだろう。

 その理由は私が件のシーンの場所に、彼女が浮かんでいた噴水に来ているからだ。目の前には今は水が緩やかに流れているだけだけど、ふとした拍子にあの場面が脳裏をよぎる。


 ここに来たのは誓うためだ。必ず彼女に幸せな結末を迎えてもらい、これからも家族として過ごして貰う為に。心優しい彼女が変わってしまわないように、誰かを傷つけたりしないように。

 私はこの学院で、彼女を守ってみせるのだ。


 15歳の春、とうとう物語の舞台へと足を踏み入れたのだった。








 サンドリヨン学院は白清水町の隣の市に古くからある、由緒正しい学校だ。

 ゲームの設定ではサンドリヨン…つまりは灰被り姫が暮らした屋敷の跡地に建てられた学校らしく、この物語の少しファンタジーな部分が垣間見える。この世界はそもそも現代に良く似た異世界が舞台なので、ありえないような設定も盛りだくさんなのだ。


 良く考えれば白清水のお屋敷だって冷静に考えればかなりおかしいのに、記憶が戻るまでは自然に受け入れていたのだから環境というのは凄いのだ。

 ついでに言えばこのゲームのメインキャラはモデルとなった作品の登場人物の遠い先祖に当たるらしく、特徴的な髪色等の理由になってるらしい。


 そんなこの学院は意外と見た目で言えば普通なものだ。異様に綺麗とはいえ入学式で使う体育館も変わった所は無かったし、今私がいる教室も設備は綺麗だが特別特殊でもない。

 少し肩透かしを食らった気分のまま思い浮かべていれば、私の名前が呼ばれた。


 入学式も終わり学校生活への説明やらなんやらが終わった今現在、私のクラスは自己紹介の時間を迎えていた。正直クラスの皆と過ごす予定の少ない私には興味が薄いものだが、確実に接する事になるもいるし挨拶は大切なので真面目に自己紹介といこう。


「△△中学から来ました、白清水鏡花です。趣味はお菓子を作る事と家事全般。これから一年、よろしくお願いします」


 メイド長直伝のきっちりしたお辞儀で締めくくれば、特に盛り上がりもせず普通の拍手に包まれる。

 中にはお姉様のことを知っているのかコソコソ小声で名前が挙がっているが、悪い雰囲気は感じられない。良かった、少なくともお姉様の悪い噂は下の学年では流れていなかったようだ。


 一先ず安心した私は、気に成る二人に目を向けて、

茨沢 睡ばらさわ すい」と「巾染 赤穂はばぞめ あこ」の自己紹介を待つ。


 片方は言わずと知れた私の大親友で未来のメイド仲間だ。三年ぶりに見た彼女は当然成長していて…まぁそれはおいおい語るとしようか。

 奇跡的に同じクラスになれた私達は、既に挨拶を済ませて再開を喜んでいる。元々伝えていたので驚きは無かったようだが、再開が嬉しかったのか昔と変わらず泣きそうになる彼女に懐かしさを感じたものだ。


 そしてもう一人の少女、巾染さんについてだが…丁度自己紹介が始まるみたいだ。

 彼女は名前を呼ばれると元気に立ち上がり、その顔に100点の笑みを浮かべて口を開いた。


「○○中学から来た巾染赤穂って言います!趣味って程のものは無いけど好きな事は音楽を聴くことかな。友達たくさん作りたいから、皆さんよろしくお願いします!」


 彼女はぺこりと元気良くお辞儀して席に戻る。大きな拍手を送られて嬉しそうに頭をさする姿は、元気で愛らしさを良く表している。ムードメーカーとかリーダー的なものが良く似合いそうだ。


 そんなチェリーレッドのショートボブと猫を思わせる碧眼が似合う彼女は攻略対象の一人だ。

 小柄で活発な印象の彼女は赤頭巾をイメージした少女で、睡ちゃんと同じく後輩ポジションのキャラクターだ。

 例によって詳しいルートの記憶は無いが、現状では特別関わる予定が無いので余り気にしなくてもいいだろう。

 それでもヒロインとの仲が深まれば何が起きるか分からないので、今から目をつけて観察しておくのも悪くないだろう。

 仲良くなれれば一番いいのだろうが、彼女の今の様子には嘘臭さを感じる。余り好ましい雰囲気でもないので、一先ずは深く関わらないのが正解だろう。


 そんな事を考えていれば自己紹介も終わったようで、担任が話し始めるみたいだ。

 私も考え事をやめて、その言葉に耳を傾ける。取りあえず今後に関しては放課後に、睡ちゃんと話しながらにでも考えるとしようかな。




 放課後の教室にて、私とすーちゃん…いや、すーちゃんさんはのんびりとお喋りしていた。

 話題は部活について。これから多くの生徒が部活の見学に行くようだし、私達はどうしようかなんて話しているのだ。


 えっ?言い直した理由はなんだって?

 それは勿論、彼女はもう「すーちゃん」なんて見た目は卒業してしまったからだ。

 再開した彼女は案の定育っていて、ゲームで見た姿そっくりだった。寧ろ進化しているくらいだ。


 本来エンディングでしか見られない素顔を見せて、自信に溢れ姿勢良く過ごす彼女は完全に年上のお姉さんって感じだ。実際彼女に見惚れる女の子は多くて、お姉さまなんて呼びたそうな瞳をしていた。

 もはや大人顔負けの発育具合だし、たわわ様に至っては…嫉妬を通り越して自分が惨めにすらなる。


 どうして私はちんちくりんの天使ちゃんなままなのだろうか…。育つのはそれはそれで前世の感覚的に良くは無いのだが、高さも色気も無いとなると子供過ぎるというかなんと言うか。


しかも驚く事に、今の彼女は皆に好かれる人気者だ。屋敷での事件以降見た目も性格も大きく飛躍した彼女は、学院中等部に入る頃には既に多くの友達が出来ていた。入学式の時も多くの生徒と話していたみたいだし、私だけの睡ちゃんとはいかないのだ。


「ねえ鏡ちゃん、鏡ちゃんはどの部活にするの?」


 睡ちゃんの言葉に思案するも、正直部活に入る気はないというのが本音だ。基本的には姉と共に居たいし、これまでメイド一筋で生活していたためやりたい事も特別無い。

 けれども無所属だとそれはそれで時間を持て余してしまいそうなのでどうしたものか…。

 強いてやりたいことと言うなら料理になるのだろうが、部活で作るぐらいなら親しい人達に振舞いたい。後はあまり活動日数が多くない、所謂幽霊部員気味でも許されるのなら所属してもいいかなと思うぐらいか。


「んー…特別入りたい所も無いので適当に入る予定なのですが、すーちゃんさんこそ何処に所属しているのですか?」


「所属してるのは調理部と文芸部なんだけど…。じゃあ、文芸部はどうかな?結構緩く活動してて参加自体も自由だから、良かったら鏡ちゃんも入らないかなって。…ていうかすーちゃん「さん」って何?」


 なるほど、部活動への参加が自由というのは魅力的だ。

 今後の予定では、お姉様との時間を取りながら気になる攻略対象の動向を探っていくつもりなので、放課後や授業の無い日は極力フリーでいたい。何か問題が起きているのに部活だからと上手く動けなければ本末転倒だろうから。


「良いですね、文芸部。よし、善は急げという事で早速見学にでも行きましょうか。案内お願いしますねすーちゃんさん!」


「うん、まかせて。…ところでその「さん」は何なの?なんか馬鹿にしてないかな?」


「これでも私読書は好きなんですよね。恋愛物とかに興味津々です」


「ねぇ待って。「さん」って何?私気に成るな~?」


「………自分のお胸に聞いてくださいよ…。(ボソッ)」


 なんだか成長した所為か睡ちゃんが妙に威圧感を持ったように感じる。

 でも、こういうふざけた空気も懐かしくて、ぷいっと背けている顔に笑みが浮かんでくる。実際三年もまともに合えなかったのだから、喜びを隠し切れないのも無理は無いはず。


 あの頃と同じようにふざけあいながらも教室を後にしようと、クラスメイトとすれ違いざまに挨拶を交わしながら通路に出る。良く清掃が行き届いた通路は夕日で輝いていて、ゲーム内でよく見た背景を思い起こさせる。

 感慨とも郷愁ともいえる感情を抱えながら、私は睡ちゃんの後を追って部室へと向かうのだった。









 その部屋はほの暗く、黄昏時の暖かくも切ないオレンジの光が良く似合っている。

 微かに埃っぽくもある、落ち着く匂いに包まれるここは文芸部の部室だ。決して大きくは無いけれど活動する分には不自由しなさそうなこの部室には、現在私達を含めて三人しか居ないためか広々とすら感じる。


 初めからこの部屋にいた女子生徒は何かを執筆しているようで、集中しているのか物音一つにも反応せず、私達が来たことに気付いてすらいない。

 どこか幸薄く暗い印象を抱いてしまうが、とても綺麗な人だ。

 その黒髪は夜を溶かし込んだように深みがあって光を通さず、頭頂部で纏めた長い髪はそれでもなお腰まである。長身痩躯の身体を猫背にしている為横顔には影が落ちていて、眼鏡の隙間から覗く切れ長で灰色の瞳を空虚に見せている。

 まるで夜空そのものみたいな人、というのが第一印象だ。


 何かを書き込む音だけが響く空間は不思議と心が落ち着くものだが、私達の目的は入部の申請なので黙ったままでは話が進まない。声を掛けなきゃいけない、頭では分かっていてもなんだかその光景を壊したくなくて私は動くことが出来そうにない。


 理由は分からないが、本当にその空間には安らぎがあって、こんな理屈を越えた安堵を感じるのは初めてのことなのだ。

 家族との安らぐ時間とも違う、友達との楽しい感覚とも違う、これはもっと根本的な…まるでが安らいでいるような……。


 未だにこちらに気が付かずに集中する少女と、言い様の無い感覚に困惑して動けない私。

 一向に進まない展開に痺れを切らした睡ちゃんが、その静寂を破ってくれた。


「すいません部長、少しお時間頂きたいんですけど…」


「………?あぁ、茨沢さん…。来ていたのね…」


 部長と呼ばれた彼女は睡ちゃんの言葉にようやく存在に気が付いてくれたようで、書き込んでいたノートを閉じると静かに立ち上がり此方に歩いてくる。

 座っている時は気が付かなかったが、身長と共に手足もかなり長いみたいだ。


「始めまして…文芸部部長の「御陰 環みかげ たまき」です…。もしかして、入部希望者…?」


 見た目通り物静かな人だ。穏やかな声音のゆったりとした喋り方で、同じ高校生とは思えない落ち着きを払っている。

 それに、記憶が確かならゲームに出ていたサブキャラクターの筈だ。一枚絵等は無いが立ち絵を持つ、好感度や噂なんかを提供してくれる隠しお助けキャラだった。

 成る程、特徴的な見た目の美人なのも納得だ。


「あっ、はい。一年の白清水 鏡花って言います。あまり忙しくない部活を探してたんですけど、そしたらすーちゃん…睡さんがここを教えてくれて」


 しまった、流石に正直すぎた。これじゃ暇してる部活だから都合がいいみたいに言ってるようなものじゃないか。

 自分の失態に顔を青褪めていると、御陰さんはクスリと微笑み何でもないように答えてくれる。


「そうね…実際に、私以外はほぼ幽霊部員だし…本を読むだけなら図書室のが都合が良いから…」


「すいません!私失礼な事を…」


「気にしなくても大丈夫…。それで、どうする?見た目通り退屈な部活だけど…白清水さんさえ良ければ是非とも入部して欲しいかな…」


 迷う理由は無いだろう。希望通り急がしく無さそうだし、静かな部室の雰囲気は個人的に好ましい。

 部長の御陰さんと関わりを持てるというのも、今後ゲームのストーリーが始まった時に有利に働くだろう。それを除いても彼女の事は不思議と気に入っているので、仲良くなるのは好都合だ。


「そうですね。…私文芸部に入部します。ここの雰囲気も気に入りましたし、此方の方こそ是非ともお願いします!」


「良かった…じゃあこれからよろしく、白清水さん…。なら…申請書を取りに行くから、少し待ってて…」


 そう言って、彼女は部室を出て行こうとする。

 睡ちゃんは私の入部が嬉しいのか、話が終わると途端に手を握って嬉しそうだ。


「良かったぁ、部活でも鏡ちゃんと一緒だなんて、まるでお屋敷にいた頃みたいに過ごせるね!鏡ちゃん大好き!」


「あわわ、いきなり抱きつかないでくださいよ!もうあの頃みたいに大きさが一緒じゃないんですからって…んーっ!むぅーっ!」


「うふふ、聞こえなーい♪」


「むぅーーーーっ!!!(苦しいですって!!)」


 彼女の胸に頭を埋められ、呼吸が苦しくなる。まったく嬉しいやら悔しいやら、感触とは裏腹に複雑な気分なものだ。

 でもこうやって睡ちゃんとふざけ合うのは悪い気分ではない。あの頃の睡ちゃんを知る身としては、元気に感情を表す様子はやはり嬉しいし、友達と触れ合うのは無条件に楽しい。


 部活も決まり親友とも再会し、今後の見通しも立って浮かれる私。

 じゃれ付く私の背後から、御陰さんの声が掛けられる。


「茨沢さんと随分仲がいいのね…、白清水さん…」


 興味深そうな、微笑ましそうに聞こえるその言葉は、静かな部室内にやけに響いて聞こえる。

 思わず振り返るも去り際の彼女は微笑を浮かべたままで、恐らく違和感を感じたのは予想外のキャラクターとの出会いに私の気が立っていただけなのだろう。


「鏡ちゃん、どうかした?」


「いえ、部長を見送っただけです。すーちゃんさん、部活も勉強も改めてよろしくお願いします」


「うん、楽しい学校生活にしようね!」


 私の様子に心配する睡ちゃんになんともないと返して、談笑を続けながら御陰さんを待つ。

 静かな部室の様子はやはり性に合っていて、これからは時間が有れば足を運ぼうと思える。御陰さんもヒロインとあまり関係しないだろうし、気兼ねなく接する事が出来そうだ。


 無事に部活も決まり新たな人間関係も気付けそうで、これからの学校生活が楽しみな私だった。



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