実家の風呂が壊れたから、スーパー銭湯に行ったら・・・・・・。

まさりん

第1話 夜道

 『大晦日だってのにこんな目に遭うなんて』

 今日、ここに至るまで、何度反芻したか分からない愚痴にも似た自問がまた胸にこみ上げる。続いて何度出たか分からない溜息が勝手に吹き出した。溜息は大きな白く丸い塊になって、日が沈んだばかりの暗闇にぽっかり浮かんだ。ぼかりと浮かんだ塊は、街灯の白い灯りに照らされすぐに消えた。

 乗り気でないからだろう。重い足取りで耕太郎は暗い坂道を下っていく。日本人のほとんどが見上げてしまう、そのばか高い背丈を丸める。こんなに寒いのなら、もう少しきっちりと上着を着れば良かった。薄手のハーフコートの襟を掻き合わせた。

 昔流行っていた「三高」なんて嘘っぱちだと耕太郎は身をもって知っていた。一九〇をゆうに超え、二メートルになろうとする男を前にすると、高身長好きな女子でもたいてい怯む。怯んで、後ずさりする者もいる。それに高身長が好きだというときには、同時に筋肉質でなければならない。耕太郎は、どちらかというとポッキーのようにヒョロヒョロだった。それにポッキーのように黒くなく色白だった。そのくせ自分に自信が無いから、いつも背中を丸めている。「すらっと高い」という表現よりも、「もっさりとばかデカい」という方が、しっくりくる風貌だ。

 ある者は耕太郎のことを「フランケン」と呼ぶ。ある者は「阿藤快」、ある者は「ボリス・ジョンソン」と呼んだ。全員腕っ節が強そうだと耕太郎は思う。全員で格闘技のリングに上がったら、圧倒的に耕太郎が負けるだろうと感じる。

 そんな風貌の男が暗い坂道をのっそり、のっそりと下っていく。坂の上から市営バスがやってきた。バスは小回りが利く、マイクロバスだ。隣の車道をバスが通り過ぎていく。なんの気なしに窓から車内を見た。五歳くらいの男の子と母親が後ろの方の二人掛けの席に座っていた。男の子は耕太郎と一瞬目が合うと、泣き出した。泣きながら、男の子は耕太郎の方を指さして、何かを母親に言った。

 母親がどう宥めて、それを男の子がどう受け取ったかは知らない。知るわけもない。けれども、耕太郎が化け物じみて見えたことは間違いない。「ダイダラボッチ」に見えたか、「見越入道」に見えたか、「ブロッケン」に見えたか。霧は出ていないが。街なかでこういう目に遭うのは初めてではない。慣れはしない。化け物扱いに慣れてたまるか。内心呆れながら、「ハイハイ」と受け流そうとはする。中学生でこんな姿になったときには、シンドかった。

 耕太郎の背丈が急速に伸びたのは、中学に入ってからだ。とはいうものの、伸び始めからいきなり二メートル近くになったわけではない。一時は「長身でイケてる奴」の範疇だった。たぶん、一年生のうちは。中学一年生が、今のところ人生のピークだ。行事では目立つし、元々運動神経も良かった。いわゆるクラスの人気者というやつだ。今や女子同士の交換が最多を占めるバレンタインも、耕太郎が校内で一番もらっただろう。下駄箱を開けると、どさっとチョコが足下に落ちてきて、それを見て溜息をつく、という人気者の特権を本当に耕太郎は行使していた。

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