9月 モンキー・ファーザー

 九月というのは活力と哀愁が同居する月だ。

 秋空が高くなり、千歳川には鮭が遡上する。橋の上から川面を見下ろすと、懸命に生きている背が幾つも揺らめいている。

 もちろん、活気付くのは鮭だけではなく、月の初めには神社祭りもある。その時期は浴衣で出勤するおねえさんたちが多くてね、結構な目の保養になる。

 けれど、楽しいときが過ぎれば、今度はひやりと気持ちが沈むときもある。真輝なんかはこの時期は墓参りでしおれた横顔を見せるんだよ。もちろん、私も先立たれた大切な人々を胸に、少しばかりセンチメンタルに沈む。

 『暑さ寒さも彼岸まで』とは言うが、北海道の秋はまさにその通り。ふと気がつけばあっという間に朝の空気が冷たくなり、風に冬のしのびよる足音を聞く。北国の夏なんてね、人の命よりも儚いものかもしれないね。


 そんな月に尊が出してくれた雨森堂の和菓子は、『月うさぎ』だった。月うさぎは山芋を使った『じょうよ饅頭』で出来ていた。もっちりした生地を噛むと、中からこし餡が顔を出す。


「もう中秋の名月か」


 しみじみ呟く私に、尊がグラスを差し出しながら相槌を打った。


「本当はお月様を眺めながら食べるのが一番なんでしょうけれど」


 窓がない琥珀亭では月が見えない。その代わりに、尊はバーボンのグラスに丸氷を入れてくれた。琥珀色の宇宙に漂うまん丸の透明な月だ。


「こりゃ、いいね。ふむ、冷たい月もいいもんだ」


 眼を細めて喜ぶ私の姿に、尊もつられて口元を緩めていた。

 この日は金曜日ということもあって、早い時間から琥珀亭もだいぶ賑わっていた。カウンター席はほとんど埋まり、ボックス席は楽しげな若い集団が陣取っている。

 まだ七時だっていうのに、忙しないもんだ。話し声、氷の鳴る音、シェイカーをふる音……色んな音が渦巻いて、店内のBGMなんかほとんど意味をなしてない。

 真輝も尊も、私に月うさぎを出してからは、ずっと忙しなく動き回っている。今夜はあまり長居しないほうがいいかなどと考えていたときだった。

 呼び鈴を鳴らす客がまた一人現れた。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」


 真輝がにこやかに挨拶すると、入ってきた男が「えぇ」と首をすぼめた。


「……でも、混んでるみたいですね」


 遠慮がちに立ち尽くす男に、尊が声をかける。


「大丈夫ですよ。こちらのカウンターへどうぞ」


 次いで彼は私に目配せをした。私の左隣に案内しますという意味だ。カウンターで空いている席はそこしかなかったからね。

 もちろん、私はグラスをそっと右に寄せる。男はどことなくほっとした顔になり、「それじゃ」と歩み寄ってきた。

 私は「おや」と眉を上げた。足を動かすとき、彼の体が不自然に跳ねる。どうも左足をかばっているようだ。

 彼は真輝に上着を預け、私の隣の席をひく。


「お邪魔します」


 丁寧にそう声をかけられて、私は黙って頭を少し下げた。私と反対側の二人組みの客にも礼儀正しく声をかけてから座る。

 男はおしぼりを受け取りながら、こうはにかんだ。


「いやぁ、席が空いていてよかったです。どうしても今夜は飲みたくて」


 男は落ち着かない様子だった。なんとなく身の置き所がないような、ちょっと心細い感じといえばいいか。


「何度かお目にかかってますね」


 私は気さくに話しかけてみた。独りで黙って飲みたければ「いやぁ、よかった」なんて口にせず黙ってオーダーするだろうから、今夜の彼には話し相手が必要なんだろうとふんだのさ。

 彼は何度もここに足を運んでいる客の一人で、名前も知らないし話もしないが、会えば会釈するほどには常連仲間だった。

 話をしなかった理由は簡単。向こうがいつも会社の人たちと飲みに来ていて、私と話す必要もなかったのさ。

 男は穏やかな笑みを浮かべた。


「えぇ、こうしてお話させてもらうのは初めてですね」


 相手も私を見知っていたらしい。


「今日は一人で?」


「はい。どうしても飲みたくて」


 そこで尊が「何になさいましょう?」とオーダーを訊きにきた。

 彼はしばらくの間、バックバーに並ぶ酒瓶に視線を泳がせていたが、ふと眉を下げてこう呟くように言った。


「すみません……いつもの」


「かしこまりました」


 しばらくして出てきたのは『グレンフィディック』というウイスキーのロックだ。


「馬鹿の一つ覚えなんですけど、いつも同じものなんですよ」


「あら、それじゃ私と同類ですね。私もいつも同じコレです」


 にやりとして、目の前に置かれた『メーカーズマーク』のボトルを目で示した。


「乾杯」


「あ、こいつはどうも」


 さてはて、今夜の酒はどんな後味になるかね。


 男はグレンフィディックを飲むと、軽く一息ついた。


「煙草を吸ってもいいですか?」


 私が断りを入れると、彼は「あ、どうぞ、どうぞ」と何度も頷く。人当たりがいい男だ。


「いつもは会社の方といらしてたように思いますが、今夜は独りなんて珍しいですね」


 何気ない言葉のつもりだったが、彼は弾かれたように顔を上げた。次いで、しんみりとした様子でゆっくり頷く。


「はい。実は今日で私、退職なんですよ」


「へぇ、それはお疲れ様でした。何年くらい勤務されてたんですか?」


「中途採用だったんで三十年になりますか」


「そいつぁ、たいしたもんだ」


 ハイライトの煙を吹き出す私が目を見張ると、彼はとんでもないと言いたげに手を横に振った。


「いえいえ、がむしゃらにやってきたら、あっという間でした」


 男は乾いた笑いを浮かべて、琥珀色の液体を口に含む。


「最後の日は、絶対にここで飲むんだって決めてたんですよ。頑張った自分にご褒美で、思いっきり高い酒を飲もうって」


「ほう。それで、さっきあんなに棚を見つめていたんですね」


「そうなんです。自分の勤務年数にちなんで『バランタイン』か『響』の三十年あたりでも飲んでみようかと」


 そこまで言うと、男はくしゃっと顔を崩して苦笑いする。


「でも、駄目ですねぇ。そんな大層なお酒は恐れ多過ぎてオーダーする勇気がもてませんでした。俺にはやっぱり、これでいいんです」


 謙虚なのか卑屈なのか。私はちょっと呆れながら、男を見やった。


「それだっていい酒ですよ。何故、グレンフィディックばかり飲むんです?」


 私は彼の前に置かれた緑色のボトルを指差した。

 『鹿の谷』という意味を持つだけに、『グレンフィディック』のラベルには鹿が描かれている。クリスマスに誕生し、世界で初めて発売されたシングルモルトであり、同時に世界で最も売れているシングルモルトでもある。

 鹿の絵のラベルを、彼は懐かしそうに見つめた。


「入社したばかりの頃、上司が飲ませてくれたのが、このウイスキーだったんです。それ以来、初心を忘れないようにこいつばかり飲むようにしてたんですよ」


「へぇ。それはいい心がけだ」


「あの頃から私はがむしゃらでした」


 彼は自嘲するような声で、そう言った。


「走って、走って、がむしゃらに駆け抜けて、終わってみれば呆気ないもんです」


 すると、傍で話を聞いていたらしい真輝が励ますように言った。


「何を言ってるんですか。これからご自分の時間を自由に使えるでしょう」


「いえ、それがどう過ごしていいか途方に暮れているんですよ。私は無趣味なもんでね。妻は旅行が好きなんですが、私は一緒には行けないんです」


「どうしてです?」


「実は膝が悪くて」


 彼は苦笑いしながら、足をさする。


「職業病みたいなもんなんですけど、あちこち走り回る仕事だったもんですから数年前に膝を壊しまして。再就職も辛い有様でしてね。家でゆっくりしようにも、何をしていいかわからないんです」


 はぁ、それであんな歩き方をしてた訳だ。


「仕事ばかりの父親だったせいか、一人娘もろくに口をきいてくれませんしね。もっぱら、家内と娘が一緒に旅行に出て、私は留守番です」


 まぁ、よく聞く話だ。買い物と観光は女同士のほうが話が弾むものらしい。


「その娘にも結婚が決まりそうなんですが、あいつが家を出たら家内と二人きりなんです。家内とろくに会話もしないで今まで過ごしてきたのにですよ」


「どこの父親もそんなもんかもしれませんよ」


 慰めるように言うが、彼は首を横に振った。


「いえいえ、自業自得です。いい父親ではなかったでしょうから。仕事がなくなってしまったら、何をして過ごせばいいかもわからないような、つまらない男ですよ。本当に仕事しかなかったんだなぁと思い知ります」


 なるほど、燃え尽きちまって、胸にぽっかり穴が空いてるってわけだ。


「せめて、この体さえ動けば。そんな恨めしい気持ちにもなりますけどね。歳も歳ですから」


「おやおや、ここにもっと年上のお婆ちゃんがいるのに、そんなこと言っちゃいけませんよ」


 私は高笑いし、男にこう提案した。


「私から退職祝いを贈りたいんですが、よろしいですかね?」


 気まぐれとちょっとの同情ってやつだ。会社の送別会はとっくに終わってるだろうが、家にまっすぐ帰らないところを見ると、家族からお祝いされる予定もないらしいからね。


「真輝、私からこの方に『モンキーショルダー』をロックで」


「かしこまりました」


「すみません、そんな……」


「なに、見知らぬ顔でもあるまいし」


 出てきたボトルはベージュ色のラベルがあり、その右上に並んだ三匹の猿が張り付いているのが特徴だ。


「ほう、これは変わってますな」


 男が物珍しそうにしげしげと見つめて、呟いた。


「この『モンキーショルダー』はスコッチなんですがね。ヴァッテド・モルトっていって……」


 そこまで言って、ふっと口をつぐんでしまった。お祝いにくどくど説明するのも野暮かと思ったんだ。


「まぁ、簡単に言えば、この酒には三つの蒸留所のモルトが混ざってるんです」


 私は男の手元のグラスを顎で指した。


「あなたが今飲んでいる『グレンフィディック』も使われています。きっと気に入ると思いますがね」


「ほう、それは楽しみだな」


 男は嬉しそうに「では、ごちそうになります」と礼を言いながら私とグラスを鳴らした。

 一口含み、彼は唸る。そして、氷にゆらめく琥珀色の液体を満足げに見つめた。


「うん、こいつぁ美味い」


「そいつぁ、よかった」


 ふと、彼は好奇心で目を輝かせ、ボトルを見た。


「ところで、この猿は一体、何なんです?」


「こいつはね、ウイスキー職人の勲章ですよ」


 私はにっと唇の端をつり上げ、「これから話すことは琥珀亭の先代の受け売りだがね」と前置きしてから話し出した。


「モンキーショルダーというのは、職業病のことなんです」


 ウイスキーを作るために大麦を乾燥させる方法の一つに『フロアモルティング』というのがある。原料である大麦をコンクリート製の床に薄く広げるんだ。発芽させて麦芽にするためにね。均一な発芽のための温度管理と酸素供給のためにシャベルで大麦を混ぜ合わせなきゃならない。

 今でも少数の蒸留所で続けられている作業なんだが、この作業をすると肩が痛む。その職業病を『モンキーショルダー』と呼んだんだよ。

 こういう作業員の労力なくては、私らはこの琥珀色の甘露も味わえないってわけさ。

 男はそんな薀蓄を、さも面白そうに聞いている。まるで新しい絵本を読んでもらう子どものような顔だった。

 私は説明の最後に、「だからね」と男に笑顔を向けた。


「あんたのモンキーショルダーはその膝だね。勲章だよ、それは。『これからじっくり労ってやるんだね』っていう意味の、お婆ちゃんからのお節介な励ましの一杯だよ」


「なるほど」


 男は愉快そうに笑い、ボトルの猿をそっと撫でた。


「そんな大層なものじゃありませんけれどね。それに私の場合、同じ猿でも『見ざる、言わざる、聞かざる』ですよ」


「日光東照宮の?」


 三匹の猿がそれぞれ目と口と耳を押さえているのを思い出し、私は笑う。


「まぁ、日本人なら、三匹の猿といえばアレを思い出す人の方が多いんでしょうね」


「私は会社でも家庭でもそうでした。都合の悪いことは見ない振りをし、余計な事は言わず、聞きたくないことは耳を塞いできたんです。そのおかげで波風は立たなくても、いざ退職になると呆気ないものだし、家庭では独りになってしまった」


 そして、彼はぼんやりと宙を見る。


「俺の人生、これでよかったのかなぁ。俺には何が残ったんだろう?」


 やれやれ、まったく呆れたもんだ。どこまでマイナス思考なんだかね。


「まったく、しゃきっとしなよ」


 思わず口をついて出た言葉がいつもの口調になってしまったが、私は構わずに続けた。


「あの日光東照宮の猿はね、『子どもの頃は悪いことを見ない、言わない、聞かないほうがいい』って教えなんだよ」


「え、そうなんですか?」


 日光東照宮のあの三匹の猿は『神厩舎(しんきゅうしゃ)』と呼ばれる馬小屋に施された彫刻なんだ。人間の一生を風刺した八枚の中の二枚目にあたる。


「都合の悪いことを避けろって言ってるんじゃないだろうさ。それに、子どもへの教訓を、いい大人が言い訳にしてどうするよ」


 男はやや驚いたようだが、やがて虚しく笑う。


「そうでしたか。それじゃあ、私は三匹の猿にますますふさわしくない」


「でもね、あんたの膝は仕事を一生懸命こなして家庭を支えてきた証なんだ。胸を張ってればいいよ」


 励ます私に、彼は「そうでしょうか」と力なく肩を落とした。


「そうさ。帰って、奥さんとこれからどう過ごすか話し合うといいよ。今まで仕事一筋で省みなかったことだって、これからはたっぷり向き合っていく時間があるんだからね」


 男の目に懐かしい光が走った。


「なんだか、あなたはお袋に似ていますよ」


「お凛さんでいいよ。手のかかる息子と孫がいるからね、もうこれ以上はたくさんだ」


「それは残念です」


 男は楽しそうに笑っている。


「お祝いのつもりがとんだ説教になっちまってすまないね。これ以上くよくよするんじゃないよ。私が欲しいのは息子じゃなくて、いい飲み仲間さ」


「ははは、肝に銘じます。これからは私も独りでここに来るでしょうから、お相手していただけますかな?」


「もちろんだ。名前をきいていいかい?」


「藤田といいます」


「それじゃ、お節介ババアでよければよろしくな」


「こちらこそ」


 藤田はにっこり微笑み、こうぽつりと呟いた。


「どうも私、老後の楽しみが出来たようです」


 私と藤田が互いの話に花を咲かせていると、琥珀亭の電話が鳴った。真輝が「ありがとうございます、琥珀亭でございます」とにこやかに応対していたが、すぐにきょとんとした顔になった。


「……え? えぇ。はい。まぁ、そうですか。少々お待ちください」


 真輝は保留にした子機を持って、こちらに歩み寄る。


「藤田さん、奥様からお電話です」


「私に? 家内から?」


 藤田が小さな目をまん丸にしている。


「どうしてここにいるってわかったんだろう?」


 首を傾げながら「もしもし」と電話に出ると、隣にいる私にも聞こえる大声がした。


「もう、あなたったらいつまでいるつもりなんです? 携帯にも出ないで、まったく! 早く帰ってらっしゃい!」


「しかし、お前、どうしてここがわかったんだい? それに電話番号も……」


「電話帳に載ってますよ、店の電話番号くらい。第一、あなた、朝に『今日は一杯だけ飲んでくるから』ってご自分で仰ったんじゃありませんか。他にあなたが知ってるお店、ないでしょう」


「あぁ、そうか」


 どうも彼はぼんやりしている。それとも奥さんが猛烈なのか。とにもかくにも、なんだかんだいっていい組み合わせのような気がした。


「今日はユキも仕事を早く終わらせて帰ってきてるんですよ」


「そうなのか。わかった、わかったよ。今帰る」


「本当にもう、最後の出勤日くらい、まっすぐ帰ってきたらどうです?」


「あぁ。……なぁ、お前」


「なんです?」


「いろいろ……すまなかったね」


 ほんの少し、沈黙があった。だが、すぐに威勢のいい声が響いてくる。


「もう、なんですか。そういうのはお祝いが終わってからですよ」


 藤田は真輝に子機を返しながら、おずおずとこう言う。


「すみません。お会計を」


 そして、私のほうを向いて眉尻を下げた。


「どうやら、私には三匹の猿になるチャンスがまだあるようです」


「あんたはもう、立派な三匹の猿だってさっきから言ってるじゃないか。早くお帰りよ」


「はい。本当にお凛さんと話していると、死んだお袋と話してるようで懐かしいです」


 藤田はちょっと目をうるませていたが、私は見ない振りをした。


「私をお袋だと思うなら、元気に笑っていておくれ」


 それ以来、藤田はちょくちょく琥珀亭にやって来る。日によってはちょっと膝をひきずるときもあるが、それをのぞけば、いたって元気そうだ。


「今度ね、病院でヒアルロン酸注射ってやつをすることになって。それで膝がよくなれば、少しは旅行もできそうです。家内がバリ島に行きたがっててね」


 嬉しそうに話す藤田の手元には『モンキーショルダー』がある。彼はあの日から『グレンフィディック』を飲まなくなった。あれは会社にいる間、初心を忘れないための儀式のようなものだったらしい。


「そうかい、そいつはよかった。ところで次は何を飲む?」


「じゃあ、今度は『余市』でも」


 彼は必ず一杯目は『モンキーショルダー』を飲むが、二杯目からはまだ飲んだことのない酒を選んだ。まるで、今まで他の酒に見向きもしなかったのを必死に巻き返そうとするかのように、店中の酒を制覇する勢いだ。それが、あの日見つけた藤田の老後の楽しみらしい。


「いい選択だ」


 私はふふんと鼻を鳴らす。


「今夜は私も付き合おうかね」


「珍しいですね、お凛さんがメーカーズマーク以外の酒を飲むなんて」


「まぁ、たまにはね。せっかく肩を並べて飲むなら、同じ酒を楽しむっていうのも乙なもんさ」


 藤田は謙虚なところは変わらないが、退職したあの日に比べ、ずっと生き生きして見える。白い歯を見せて笑うことが日に日に増えていくようだ。来月には一人娘の結婚式もあるらしい。

 私はね、彼を見ると、自分の息子を思い出してしまう。小料理屋の板前をしている息子は必死で店を切り盛りする毎日だ。わき目も振らず、駆け抜けるように仕事をしてる。そう、かつての藤田のように。

 小料理屋に定年はないけれど、いつか、あいつもあんな風に燃え尽きる時が来るのかねぇ?

 まぁ、そのときは私もこの世にいないだろう。だが、琥珀亭の誰かが息子にも『モンキーショルダー』を飲ませてくれるさ。

 まだそのときではない。それだけのこと。まだあいつは燃え尽きちゃいないからね。

 モンキーショルダーの猿たちが瓶の上でひっそりと笑った気がした。

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