第18話 パリ、オペラ座

パリの国際ショーに向かう飛行機の中ではショーに参加するヒロヤとルビは近くの席にすわった。ヒロヤと同じツアーでの海外旅行を楽しみにしていたルビだったが、実際には飛行機に乗ったのも初めてのルビはガチガチだ。


「お飲み物は何にいたしましょうか」

「コーヒーをお願いします」

「コーヒーは食後なので何か食前酒でも」

「え、じゃあワイン」

「ボルドーですか、ブルゴーニュですか」

「じゃあ赤ワイン」

「どちらの?」

「?」


 機内テレビの使い方も、説明書を読むのに必死だ。テレビのニュースも、イヤホンの使い方が解らず聞きそびれた。一方イタリアに留学していた翠はフランス語もある程度話せるらしい。ヒロヤは英語が堪能だし、シェリーやシャンパンを片手に楽しそうに語らう2人の傍で、ルビはどんどん自信を失くしてコンプレックスの固まりになって行く。


花の都パリ。しかしそんなルビでもパリの美しさは全て包んでくれた。ルーブル美術館、オペラ座、なにもかも初めて見るものばかりのルビは大興奮、まるで夢の世界にいるようだ。


「わあ、オペラ座のグルニエは綺麗ねえ。懐かしいわ」

 翠が嬉しそうに話す。

「前に来た時は、團十郎さんと海老蔵さんの公演の時だったから子供だったなあ。母と招待されて来たんだけど。それ以来だから何年ぶりかなあ」

「えーヒロヤさん、あの時いらしてたの?私も来てたのよ。父に連れられて。だってミラノから一時間ですもの」

 なにやらルビにはわからない話で翠とヒロヤは盛り上がり急接近している。気が気ではないが、ついていけないのでもどかしいばかりだ。


パリについて2日後。いよいよシャイヨー宮殿でのショーの当日、初めにヒロヤの作品が披露された。ブラックアンドゴールドのシャープで都会的なライン。スリリングな流れのネックレス。会場からは拍手が惜しみなく送られる。


そして後半、翠とルビのコラボの作品が。真っ暗に演出された館内、一筋の光がヘアオーナメントの先に当てられる。ホワイトサファイヤは、まるでルクソール宮殿の彫像が夏至の光を受けたかのように、会場内にまっすぐな白い筋を描いて映し出され、やがて其のその反射光は眩い煌きにかわり、水面に映る光のかけらのようにきらきらと飛び散って広がり、また闇に消えた。モデルの静かな歩みがバックステージに消えるたあとの、短い瞬間の沈黙のあと、会場内ではブラボー!の爆発的な歓声とともにスタンデイングオベーションが巻き起こった。思いがけずルビの「光のスパイラル」が、はじめての国際舞台で絶賛されたのだ。ルビはそれまでの不安な思いが解けるのを感じた。そして生まれて初めて喜びと感動の涙を味わったのだ。


その日、夜景の見えるホテルのテラスで行われたパーテイには、シャンゼリゼ通りで買った服をまとった垢抜けたドレス姿のルビの姿があった。

「おめでとう!素直に感動したよ」

声をかけるヒロヤ。手には小さな白い花束が。

「これ、私に?」

「もちろんだよ。今日の君、すごく輝いていて素敵だった」

「ありがとう。なんだか夢みたいで頭がクラクラしてる」

花束を受け取って抱きしめる。

「お花なんて貰ったの、私初めてかもしれない。子供の頃からずっとジュエリーデザイナーに憧れてたの。だけど私なんて絶対なれるはずないとずっと思ってて。お金もないし学校も行けなかったから・・」

「でも君は、立派に夢を叶えたね。今日のレセプション中で、君は誰よりも輝いていた。誰に遠慮することもない、誰よりも輝いている最高のジュエリーデザイナーだ」

「風に当たりたい。ヒロヤさんにそんなに誉められたら、もう体中が熱くて、少し冷やさなきゃ」


ルビはテラスに出た。下には美しく手入れされた植え込みの緑に、女神の像が優しく微笑みシルエットを形づくっている。空には大きく丸い満月と数々の星たちが瞬き、祝福するように美しい宵を彩っていた。どこからとも無くオペラ座の怪人のソプラノのアリアも流れて来た。


ルビは思った。今なら、もしかして言えるかもしれない。子供の時の思い出。初めて会った子供の時から、ヒロヤをずっと遠くからみていたこと。ペニンシュラホテルのショー会場で微笑んでくれたように思えたこと。見とれていて恥ずかしくて避けているような態度をとっていたこと。ジュエリーデザイナーになれて、ほんの少し方を並べられるようになった今ならもしかして言えるかも・・


「ヒロヤさん、私」

思い切ってルビは言った。声は少し震えていた。

「ずっと前から・・」


突然ルビを抱き寄せるヒロヤ。パリの美しい空の下、ヒロヤはそっとルビにキスをした。

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