第13話 ジュエリーアワード

ルビがアルバイトをするようになってから10ヶ月が流れようとしていた。


老舗アリモトの本社では、社長である父とヒロヤが向かい合って話しをしている。

「もう直ぐジュエリーアワードがあるようだね」

「ええ、応募してみようと思うんです。チリエージャの櫻子さんが第一回のグランプリを取って話題になったコンテストですから」

「帰国早々、ニューコレクションの発表とグランプリが重なれば、話題性は申し分ないな」

「お父さん、自分も審査員だからと言って、くれぐれも審査は公平にお願いしますよ。親の七光りでグランプリ取ったなんていわれたくないですから」

「もちろんだ。だがお前の実力なら敵はおらんだろう」



一方チリエージャではみんなが大騒ぎしていた。

「どうしたんですか」

と尋ねるルビ。

「コンテストがあるの」

「20年前に櫻子先生がグランプリを取って、有名になった、新人登竜門のコンテストなの。」

「グランプリだとアントワープにいけるのよ!」

「そうだ、杉本さんも出してみたら?」

と相馬翠が薦める。

「え?ダンボールちゃんも?」

とみほ。

「そうよ、出してみたら!」

とテツ。

「でも・・」

このコンテストはデザイン画で一次に通ると実制作しなくてはならない。アルバイトのルビにはスポンサーがいないので応募するのは無理なのだ。

「やーだ、心配しなくても、入選するのは5000点のデザインの中で10点だけ、受かりっこないから大丈夫よ。描いちゃえば!」


「あの、櫻子先生」

「なあに」

「あの、私もコンテストに応募しても良いでしょうか」

 驚く櫻子

「いいわよ。やってみたら。どんなデザインを描くの」

「はい!でも意気込みばっかりで、良いアイデアが浮かばなくて」

「難しく考えなくて良いの。・・・・・・・目をつぶってあなたが一番欲しいと思うものを描けばよいのよ」

「一番欲しいもの?」

「そう、あなたの胸元に一番欲しいもの。それを素直に表現すればいいのよ。」

「はい・・」

「でもね、出す前には必ず私に見せるのよ」

「もちろんです!」


その日、森キャストに帰ったルビは、スケッチブックを開き、目をつぶった。キャストの機械が動くパンパンという音が夜のしじまの中に響く。

「一番欲しいもの」・・

幼いころ、母の手を握って坂道を登った。父が優しく頭をなでてくれた。遠い遠い昔の幸せの記憶。それから久しく人に甘えることができなかったルビは、自分が本当に欲しいものはなんなのだろうと深く思いをめぐらした。


その時ルビの心の奥に静かに浮かんできたものがあった。

「優しい腕」

子供時代に両親を失ったルビは、誰にも強く抱きしめられたことがない。

ルビは強く優しく暖かく抱きしめてくれる手が欲しかった。


その夜、ルビは首もとに優しく絡まる腕をモチーフにしたネックレスを一気に書き上げた。中心には「捜し求めて」という言葉が名前の由来となる「トパーズ」を添えて。


翌日のチリエージャでは相変わらずせっせとダンボールに備品を詰めるルビの姿が倉庫にあった。ルビは先生が来るのを待っているがなかなか出社してこない。デザインの締め切り前日なので其の前に櫻子先生に見せようと思っているのだ。

「翠さん、今日は先生は何時ころにお見えでしょうか?」

「さあ、5時ころ出張からお帰りと聞いているけど。なぜ?」

「コンペに出すデザイン画を見ていただきたいんです」

「あら、だったら、みんなまとめてご覧になって6時までに下条チーフがジュエリー審査会場受付までに届けることになってるわよ。私が先生にお渡して、チーフに一緒に届けてもらうように頼んでおくわ。5時の発送で忙しいでしょう。」

「助かります、翠さんお願いします」


翠はデザイン画を預かり、デザイン室に入ると、そこに置いてあったほかの応募デザインと一緒に櫻子の机に置いた。がふと気になりルビのデザイン画を封筒から取り出して見た。すると、みるみる顔がこわばり気色がうせていくのが見て取れた。

やがて櫻子が戻り、全員のデザインをチェックし、下條がそれぞれの封筒をまとめて、審査会場の丸の内のジュエリー協会に届けに行った。

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