(八人か、ギルはうまく生け捕りにしてくれるだろうか)


アルフレッドはチラリとギルを見る。

敵の実力も分からない状態での戦闘なので、加減が難しいかもしれないと心配したのだ。しかし、そんなアルフレッドの心配に気づいたのか、ギルはウインクをしてくる。


「アルフ、いーから任せとけ。いくぞベン」

「うっす!」


その掛け声と共に、二人は駆け出す。


「エミー、俺の側を離れるなよ」

「分かったわ」


キンッと鋭く剣がぶつかる音が響いた。音がしたほうを見ると、ベンが外套を深く被った者と戦っていた。


「あ、危ない!」


エミリアが叫ぶ。戦っているベンの後ろにもう一人の敵が迫っているのだ。


しかし、ベンは後ろを振り向く事もなく、左手で握った剣で敵をいなす。右手で握った剣は目の前の敵と打ち合いをしたままだ。


「あいつ、二刀流とは聞いていたが、あんな戦い方をするのか」


思わずアルフレッドでさえ驚いてしまうような戦い方であった。動きがしなやかで、とても素早い。二刀流をここまで上手に使いこなせる者は他にいないであろう。


「俺の活躍も見てくれよな〜」


アルフレッドとエミリアがベンの戦いに見惚れていると、悲しそうな声が聞こえてきた。この声はギルだ。


「お前の実力は俺が良く分かってる。遊んでないでさっさと片付けてくれ」

「つめてーやつ」


そう嘆くギルの足元には既に二人が倒れている。あっという間に倒してしまったようだ。


「隊長!サボってないで早くやってくださいよ!俺あと一人っすよ!」

「サボってねーよ、お前早いな」


どうやら少し目を離した隙にベンは三人倒したらしい。どこから出したのか手早く紐で敵を縛っていた。


「アルフレッド先輩、後ろっす!」


突然ベンが叫んだ。パッと後ろを振り向くと、そこには飛びかかろうとしている人が居る。アルフレッドはエミリアを抱き寄せると剣を構えた。


「っと、こいつは俺の獲物だ」


しかし、アルフレッドが剣を振るまでもなく、ギルが剣を振るう。敵は後ろから襲い掛かってきたギルから逃げようとするが、ギルはそれを許さず敵の鳩尾を剣で突いた。


「遊んでないで早く終わらせろ」

「分かってるって」


ギルに苦言を呈するが、やはりギルはヘラヘラして答える。こいつはいつだって緊張感がない男だ。


(俺を夜叉と呼び恐れる者もいたか、こいつも大概だ)


ギルは笑いながら戦うので、ギルのことを気味が悪いと言い恐れている者もいる。


そんな事を思い出しながら、アルフレッドは戦いを見守るのであった。





それから数分もしないうちに戦いは終わった。


「さってと、縛り終わったぞ」

「隊長!俺も終わったっすよ!」

「よし、偉いぞ」


戦いを終えたギルとベンは無傷でアルフレッド達の元へ戻る。捕えた敵は紐で縛り一纏めにしたようだ。


(的が弱かったのか、ギル達が強かったのか)


思っていたよりも早く戦いは終わった。アルフレッドも加勢をするべきかと思っていたが、その必要は無かったようだ。


「それでは、敵のお顔を拝みますか」


そう言いながらギルは敵のフードをめくろうと手を伸ばす。しかし、ベンが突然鋭い声をあげそれを静止した。


「隊長!逃げてください!」

「は?」

「伏せろ!」


ベンが何を言いたいのかを理解したアルフレッドも叫ぶ。そしてそのままエミリアを抱き寄せ地面に伏せた。


ベンも説明する暇はないと思ったのか、ギルに飛びかかり無理やり地面に伏せさせる。


全員が伏せたその瞬間であった。


捕えた敵達がいる場所が光ったと思ったら、そのまま爆発音が響きわたった。


「わっ!」


激しい爆風に、ベンが驚きの声をあげている。ギルとベンは爆発した場所のすぐ側なので、かなりの風圧であろう。


音と風が止むと、辺りは血なまぐさい臭いが充満し始める。


「ア、アルフ…これは…」


アルフレッドの下でエミリアが青い顔をしていた。きっと彼女も何が起きたのか想像がついたのだろう。


「エミーは見たらダメだ。…戦場ではこういう事もある」


敵に捕まるくらいなら、その場で命を散らす。


戦争中であればそういう事もあった。しかし、今この時代にそんな事をする奴らがいた事に驚きだ。


(手榴弾で自殺…ってところか)


少し離れた場所に伏せたアルフレッドとエミリアは無傷であるが、ギルやベンは返り血をタップリと浴びているだろう。


アルフレッドはエミリアを抱きかかえながら、ギル達に声をかける。


「ギルそっちはどうだ」

「ご想像どおりだよ、王女様にお見せできる姿ではないな」

「なら、そのまま処理頼む。俺はエミーと少し離れた場所に行く」

「分かった」


ベンありがとな、と言いながらギルが立ち上がる声が聞こえた。怪我はしていないようだが、アルフレッドが想像した通りの状況になっているようだ。


「アルフ、どうして…」

「エミー、まずはここを離れるぞ」


青い顔をして何か言いたそうな彼女を静止して、後ろを見せないように抱きかかえ歩き出す。彼女に血なまぐさい場所を見せる訳にはいかない。


(これで敵の情報はおじゃんか)


まさかこんな事になるなんて、誰もがそう思っていた。












「処理終わったぞ」


離れた場所に待機していたアルフレッド達の元にギルがやってきた。上から水を被って血を落としたようで、全身ずぶ濡れで寒そうだ。


「臭いが残ってるから、このまま距離を取ったまま頼む」

「分かってるって」


水で洗い流しただけでは鉄臭さは取れない。エミリアをこれ以上怯えさせる訳にはいかないので、申し訳ないがギルとベンにはお風呂に入るまで距離を取ってもらうしかない。


「全滅か?」


そう問うアルフレッドにギルはウインクをしてみせる。


「一人いる。ベンが俺に飛びかかった時に一人だけ掴んでおいたんだ」

「お前、本当タダでは転ばない奴だな…」


状況が分からない混乱状態でも、咄嗟にベストな対応ができる。それがギルの凄さであり、一番隊隊長の座に居座り続けられている理由であった。


「情報ゼロでしたで終わったら、俺は軍を首になっちまうよ」


ケラケラ笑いながらギルがついて来いと言う。アルフレッドはまだ顔が青白いエミリアを抱き上げると、ギルの後に続いた。



◇◇◇



ギルは、先程爆発があった場所から少し離れた場所にアルフレッド達を案内した。そこにはギルと同じく全身びしょ濡れのベンと、これまたびしょ濡れの外套を着た者が居た。


「ベン、何か喋ったかそいつ」

「舌噛み切るって言ったんで、さるぐつわを突っ込んでおいたっす!」

「良くやった、偉いぞ」


ギルとベンの会話を聞きながら、アルフレッドは慎重に外套を着た人物を観察する。身体は小柄でギルと大差なさそうだ。もしかしたらまだ幼いのかもしれない。


「何か分かった事はあるのか」


アルフレッドの質問にギルもベンも首を振る。


「何も言わないんっすよ、この女」

「女…?」


そうっす、と答えながらベンがアルフレッドの疑問に答えるべく座らせている敵の外套のフードを下ろした。


「赤い目…」


エミリアが驚いた声を出す。


フードを下ろすと、そこには肩ぐらいまでの黒髪に赤い目を持つ少女がいた。少女は赤い目を細め睨みながらアルフレッド達を見ている。


「ベン、お前本当に知り合いじゃないのか?」

「隊長俺を疑ってるんすか? こんな女、俺知らないっすよ」


少女の目はベンと同じ目なのだ。知り合いなのかもと思って当然だろう。しかし、ベンは全力で否定をしている。


「この子、若そうね」


ようやく落ち着きを取り戻したエミリアが口を開く。エミリアの指摘通り、この少女はベンやエミリアと同じくらいの年齢に見えた。


「そうっすね!俺、年齢聞いてみます!」


そう言うとベンはビベル王国の言葉で話し始めた。しかし、少女はツンとそっぽを向いて答える気がなさそうだ。


「答えてくれないっす」

「それは見てて分かった。こいつ、ビベル王国の者なのか?」

「そうっす。さるぐつわを口に突っ込む前はビベル王国の言葉で喚いてたっす」


アルフレッドの質問にベンは頷く。


(知らないとは言っていたが、ベンの一族に関わる者なのだろうか)


この少女から情報を聞き出さねばならない。さて、どうしたものかと考えているとエミリアが口を開く。


「みんなずぶ濡れで風邪を引くわ。一旦アルフレッドの家に帰りましょう」


その言葉に返事をするようにベンがクシャミをする。エミリアの言う通りこのままでは風邪を引くかもしれない。


「ギル、どうする」

「ま〜帰るか。大きな音を出したから、ここに人が来るかもしれないしな」

「なら、行くぞ」


こうしてアルフレッド達は少女を捕え隠れ家へと帰ることになった。


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