第30話 負けヒロインは委員長①

 週明け、学校にて。


 俺は公人と、友情の証である連れションをしてから、教室に戻ろうと廊下を歩いていた。


 こんな、なんてことない日常を過ごしていると、性根に染み付いた友人キャラ根性が発露する。




「なぁ、公人。結局お前は脇谷とどこまでいったんだよー?」




 肩を強引に組んだ俺は、そう問いかける。




「どこまでって、別に……」




 答えをはぐらかす公人に、




「お前……まさか俺を差し置いて、一人だけ大人の階段登ってねぇよな? な?」




 俺は全力全開でウザがらみをする。




「登ってないってば! 全く、そんな下世話だからモテないじゃないの、友馬は?」




 俺を突き放しながら、公人は言う。




「ちっくしょう! これが彼女持ちの余裕ってやつか、うおぉぉ、むっかつくぜー!」




 大げさに哀れっぽく嘆いてみるが、もちろんそんなこと心にも思っていない。


 冷めた視線を向ける公人はもちろん、俺が妹の麻衣ちゃんの恋人になったことを知らないでいる。


 麻衣ちゃんだけじゃない。亜希、瑠羽と付き合っていることも、当然ご存じない。




 俺と彼女たちの関係は、周囲に秘密にしているのだ。


 アイドルと言う職業柄、瑠羽に恋人がいるとバレるのはよろしくないので、自然と関係を隠すことになる。


 そして、亜希か麻衣ちゃんのどちらか一方と付き合っていることにすると、公表していない片方と瑠羽が、どうしてもその状態に不満を抱いてしまう。


 だからといって、俺が2股、3股をしていることを公言するのは論外。


 ……ということで。


 俺たちが恋人同士だと、他の誰も知らないでいる。




 このことは、ヒロイン攻略にも好都合だった。




「……何を廊下ではしゃいでいるの、あなたたちは?」




 冷ややかな声音が耳に届く。


 声のした方を見ると、一人の女子生徒が仁王立ちをし、こちらを睨んでいた。




「あ、伊院さん。うるさくしてごめん」




 公人は、目前にいる女子生徒……我がクラスの学級委員長であり――。


 攻略対象ヒロインである、伊院千代いいんちよに向かって頭を下げた。


 彼女は綺麗な長い黒髪を手でかき上げてから、呆れたように溜め息を吐いて、公人に向かって言う。




「……主くん、あなたも知っている通り、不純異性交遊は校則違反ですよ。学校側に見つかれば、最悪謹慎等の処分も下ります」




 その言葉に、俺は友人キャラとして即座に反応をする。




「な、なんだと……不純異性交遊、だってぇ!? 公人てめぇ、やっぱり俺に隠れてしっぽりやってやがったなっ!? 委員長、この裏切り者には俺が制裁を与えようと思うけど、良いよな!?」




「ちょ、ちょっと待ってよ友馬! 僕とくみちゃんはまだ、そういう関係に進んでないから! 健全な男女交際、それは禁止されてないよね、伊院さん!?」




「『まだ』進んでない……? 進むつもり満々じゃねぇか、このむっつりスケベ!」




「あー、もう友馬! 話がややこしくなるから落ち着いて!?」




 困惑する公人に向かって、千代は冷ややかに言う。




「口では何とでも言えるでしょう? ……裏で不潔なことをしていれば、見つけ次第必ず学校に報告をしますから。日頃から、気をつけていなさい」




「表で不潔なことをしていても、俺が速攻学校に報告するからな、覚悟をしておけよ!?」




 俺は千代の隣に立って、腕を組み大きく頷きながら公人に忠告した。




「そんなことしない、って言うか……。友馬は一体なに目線なの?」




 呆れる公人を無視して、




「伊院の右腕として、これからも協力させてもらうぜ!」




 俺は千代に調子よくサムズアップをして宣言する。


 彼女はそんな俺を見て――。




 心底軽蔑したような眼差しを向けた。




「主くんが最近不純異性交遊の心配があるのは確かだけど……。阿久友馬くん。私はあなたをこの学園で最も嫌い、そして唯一軽蔑している」




「な……軽蔑だって!? 酷いじゃないか、一体俺が何をやったって言うんだ!?」




「白々しいことを言わないで、この変態! あの破廉恥ノートの存在を、忘れたとは言わせないわよ!」




 千代は俺に、びしりと指を突きつけてそう宣言した。


 可愛い女子に変態と呼ばれた俺は、なんだかちょっと変に気分が高揚した。……気がした。




「あの破廉恥ノートには、無許可で、そして違法な手段で手に入れた学園の女子の身体的な情報を書き記し、あなたの主観的な判断の下、容姿のランク付けまでされていると聞いたわ。……最低最悪、極悪非道。まさしく女の子の敵だわ!」




 激しい怒りをぶつける千代。


 俺は全く反論が出来なかった。


 主観的には、もう何年も前の話ではあるのだが、客観的に見れば、俺はつい数か月前まで変態ノートを精力的に作成していた変態野郎なのである。


 そもそも、反論の余地がないのだ。




 ……かつての俺をぶん殴ってでも凶行を止めてやりたい、と俺は無言のままそう思っていると。




「しかもあなたは、……そんなふざけたことをやっているのに、学年2位の成績を保持している! 本気を出せば、学年一位の座は自分のもの、そう思って周囲のことをバカにしているのでしょう!?」




 他ならぬ学年一位の千代が、俺に向かって顔を真っ赤にして言った。


 能力があるくせに、ふざけたことに時間を費やす俺のことが、本当に嫌いなのだろう。


 周囲のことを馬鹿にした覚えはない。何故なら誰よりも俺が馬鹿なのだと、自覚をしていたから。




「……そこまで言われたら、喧嘩を買ってやろうじゃないかっ!」




 心中では本当に申し訳ないと思いつつも、ヒロインである伊院千代の攻略を、俺はここからスタートする。




「負けた方が、相手の言うことを一つ聞く。俺が負ければ、あのノートを目の前で燃やしても良いし、今後一切問題行動を起こさないようにしたって良い! ただし、伊院が負けた時には……ふへへ」




 俺はそう言って、じゅるりと涎をふき取る仕草をした。


 どこからどう見ても、今の俺はただの変態のはずだ。




「やめなって友馬、負けフラグ立ってるって」




 公人がドン引きした様子で俺に言った。


 彼をここまでドン引きさせることが出来る自分の演技力に、自己満足をする。




「……望むところよ、阿久くん。私が負けたら、あなたの言うことを何でも聞いてあげるわ」




「え、良いの?」




「ええ。本来であれば賭け事に乗ったりしないけど。あなたの破廉恥ノートを破棄させられるのなら、背に腹は代えられないわ」




 それから、彼女は俺を馬鹿にしたように見下しながら、続けて言う。




「私があなたみたいな低俗な人間に、負けるわけがないでしょう? どうせあなたは……私にどんな破廉恥なお願いをするか考えて、その結果勉強に手が付かずにいつもより順位を下げて無様に負ける。そうに決まっているわ」




「僕もそう思うな……」




 千代の言葉に、公人が即座に同意を示した。




「ふ、ふん! 今言ったこと、絶対に後悔させてやるからな! 精々、首を洗って待っているんだな……」




 俺は二人の視線から逃げるように、教室へと向かった。











 このように、俺は千代の攻略を開始する前から、大きな悪感情を向けられている。


 恋愛において、大きく不利な状況に思えるが……決してそうではない。


 今回のように、イベントを起こしやすいというメリットがある。


 だが、それ以外にも大きな恩恵があるのだが――。




 だからといって気を緩めず、油断せずに攻略を進めよう。


 俺は改めて、気合を入れなおすのだった。

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