第13話 負けヒロインはアイドル⑤

  翌週。


 相変わらず学校にはこない瑠羽に、俺は毎晩その日書き写したノートの画像を送信していた。


 ただ、今週は大きな進展があった。




 夜間、時折瑠羽からビデオ通話がかかってくるようになったのだ。


 ビデオ通話の用件は、最初の内は勉強の質問だけだったが、2回、3回と回数を重ねるうちに、仕事の多忙や人間関係に関する愚痴を言うようになっていた。




 今も、瑠羽が勉強に関する質問のために、ビデオ通話をかけてきていた。


 簡単な質問に対し、すぐに答えたのだが、その後も電話は切られていない。


 今は、撮影したらしいバラエティ番組について、話をしている。




 電話の向こう側の瑠羽を見る。


 俺に気を許しているという事なのか、コンタクトではなく眼鏡を掛けているし、メイクや髪の毛のセットは適当な上、着ている服は上下ジャージだ。




「……ねぇ、私の話、聞いてくれてる?」




 電話の向こう側で、ムッとした様子で瑠羽は問いかけてくる。




「聞いてる、バラエティ番組で失敗したんだろ」




「……へー、ちゃんと聞いてたんだ」




 話を聞いていた俺の反応が薄かったから、瑠羽は少し不服だったのだろう。




「……ところで。大人気アイドルの愛堂は、俺にそんな油断した姿をさらして良いの?」




 俺の言葉に、「あー」と瑠羽は呟いてから言う。




「ファンの前でこんな干物女スタイルを見せて、幻滅させるわけにはいかないけど。……君は別に、私のファンではないようなので、問題ないかなーって」




「いじけるな?」




「いじけてないよーだ」




 ベー、と舌を出す瑠羽。


 流石は大人気アイドルと言うか、ヒロインと言うべきか。


 メイクをしていなくとも、瑠羽はとても可愛らしい。




「ファンではないけどさ。愛堂は勉強も、芸能活動も頑張ってて、凄いと思ってるよ。もっと芸能活動に理解のある学校に転校したら、楽になりそうなのに」




 俺の言葉に、瑠羽は苦笑を浮かべる。




「アイドル始める時に、パパと今の高校をちゃんと卒業するって約束したからね。……勉強は君に頼らないと、危ないんだけど」




 俺は、揶揄うように瑠羽に言う。




「台本覚えるの苦手そうなのに、テレビでは淀みなく話してる。その努力をもうちょっとだけ勉強に回せば、成績も心配いらないだろうね」




「それは余計なお世話っ!」




 と、恥ずかしそうに言ってから、瑠羽は何か察したように言う。




「……って、意外。テレビ、見てくれてるんだね?」




「あ、いや。……テレビをつけてたら、嫌でも目に入るから」




 俺の言葉に、瑠羽はニヤニヤと笑う。




「前言撤回。君ってば、とっくに私のファンになってたみたい。こんなジャージ姿で幻滅させてごめんね? 次から電話する時は、ちゃんとおしゃれしてあげる」




「勘弁してほしいな……」




 俺の言葉に、「ふふん」と満足そうに言ってから、




「あ、そうだ。明日のお昼、時間ある?」




 思い出したようにそう言った。


 明日は土曜日、休日だった。




「また勉強で聞きたいことがあるの?」




「ううん、今回は、勉強を見てくれてるお礼に、お昼を一緒に食べられたらって。またちょっとだけど、時間作れそうだから」




「つまり……ご馳走を期待して良いってこと?」




 俺の言葉に、瑠羽は苦笑して答える。




「現金なやつ。それじゃあ、時間と場所は、後でメッセージ送っておくから」




「分かった、確認しておくよ。それじゃあ、お休み」




「うん、お休み」




 互いにそう言ってから、電話を切る。


 そして、すぐに瑠羽からメッセージが届く。




 時間と、店のURLを確認して、早々に眠ることにした。









 そして、翌日。


 待ち合わせの店に、俺は入った。


 個室のある、お洒落なお店だ。


 価格設定的にも、一般的な高校生には少々ハードルが高そうだ。




 俺の名前で予約をとってくれていたようで、店員に名前を伝えて、個室に通される。


 それからしばし待っていると、先週と同様、変装した愛堂が個室に入ってきた。




「やっほー」




 軽い調子で彼女は挨拶をしてきた。




「今日はお誘いありがとう」




 と礼を伝えると、瑠羽は気にした様子もなく、答える。




「いいよ、気にしないで。私も会いたかったから」




 そう言ってから、




「あ、別に今のは、そういう意味じゃないからっ!」




 と、少々慌てた様子で言った。


 好感度がちゃんと稼げているようで、何よりだ。




「分かってるよ」




 俺が言うと、彼女は安心したような、不満そうな、少し複雑な表情を浮かべる。


 しかし、気づかないふりをして、俺は彼女に向かって問いかける。




「ここのおすすめは何?」




「お肉も魚も、どっちも美味しいよ。パスタも良いね」




「それじゃあ、メインは肉で」




「さっすが、男の子」




 微笑みを浮かべて、瑠羽は言う。


 それから店員を呼び、注文をする。


 瑠羽は、魚料理がメインのランチを頼んだ。









「ご馳走様でした。めっちゃ美味しかった」




 届いた料理を平らげてから、俺は言う。




「ね? ここ、コスパも良くっておすすめなの」




 瑠羽は笑顔で答えた。


 普通の高校生にとっては、普段通うことは出来ない価格設定だが、流石は売れっ子アイドルだ。




 瑠羽はチラチラと腕時計を確認していた。


 俺は問いかける。




「時間、あんまりないのか?」




「うん、実はあと10分くらいしたらもう出ないといけないんだよね」




「多忙だね。大丈夫?」




 この店に入ってから、まだ1時間も経っていない。


 つまり、そのわずかな時間を割いてでも、俺に会いに来たという事だった。




「うん、ちょっとでも話せて良かったよ。……あと、本題があるんだ」




 瑠羽はそう言ってから、続けて口を開く。




「来週、ドームでライブがあるんだ」




「知ってる。凄いよね」




 俺の言葉に、




「うん、だから最高のパフォーマンスができるように、今日からレッスンやリハーサルで頑張らないといけなくって……メッセージのやり取りは出来ても、電話する時間は無くなりそうで」




 それから、コホンと咳ばらいをしてから、




「それで、良かったら君に観に来て欲しくって」




 カバンから封筒を取り出し、俺に渡してきた。


 受け取り、中身を確認すると……




「チケットだ……もらって良いの?」




「もちろん! お世話になってるお礼」




「ありがとう。来週は予定もないし、絶対に観に行くよ」




 俺がそう言うと、瑠羽は安心したようにホッと息を吐いた。




「うん、楽しんでもらえるように、頑張るよ。……そろそろ、私行かなくっちゃ。お会計済ませて、先に出るから、君はもうちょっとゆっくりしておきなよ」




「それじゃ、お言葉に甘えるよ。今日はありがとう、ご馳走様でした」




 俺の言葉に、瑠羽はニヤリと笑みを浮かべてから、




「次・は、君の番だから。期待してるよ?」




 彼女の言葉に、




「お手柔らかに」




 苦笑して俺は答える。


 彼女は満足そうに笑ってから、「それじゃ、またねー」と言って、個室を出て行った。




 それから俺はグラスに注がれた水に口をつける。


 勝負は来週、失敗は許されない。 


 次で瑠羽を落とせなければ……次のチャンスはもう、ないかもしれない。




 そのためにも、この後フラグをたてておかないといけない。


 俺は水を飲み干してから、店を出た。




 入り口で周囲を見ると、ちょうど瑠羽がタクシーを止めたところだった。


 彼女は車に乗り込む際、一度店へ視線を向けた。


 その時、彼女と視線があった。


 俺は微笑んでから、手を挙げる。


 瑠羽はそれに気づいて、ウィンクをして応じ、それからタクシーは発車した。




 タクシーが見えなくなってから、もう一度周囲を確認する。


 視線の端で、物陰に誰かが隠れた・・・・・・ような気がした。


 ……いや、実際に隠れたのだと、俺は前ループまでの情報から知っている。


 ここで、彼・を追うのは、あえて止めておく。




 さて、これで下ごしらえも、好感度も十分になったはずだ。


 後は、ライブで勝負に出るだけ。


 上手く行くように祈りながら、俺は店から離れるのだった。 

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