概念

…眩しい程に木漏れ日が差し込む、美しい庭。



否、庭と言うよりは、その見た目は森に近い。


多種多用な植物が、そこに息づいている。

しかし少しも重苦しくない。



樹々の隙間から漏れるいっぱいの光をその体に浴び、己の美しい銀髪をそれに溶け込ませ、風になびかせるようにして──

その中央に、紫苑はいた。



四方は光に満ち溢れ、風に煽られた紫苑の稔譲りの銀髪が、きらきらと輝く。

その一風景は、まるで天上の絵画のように美麗だった。

それに、梁は不覚にも目を奪われる。




…己の兄でありながら。

紫苑の存在は、それ程までに美しかった。




不意に、顔を少し上げるようにして、うっすらと天を仰いでいた紫苑が、梁の存在に気付き、ゆっくりとその動作を戻す。


その瞬間からその一角は、“天上の風景画”のそれでは無くなった。



…梁は静かに紫苑に近付いてゆく。

先程の、幼い方の紫苑の口ぶりだと、成長した目の前の紫苑は、既にここまでも、これから先をも想定…

否、認識済みで事を起こしている。

そしてそれは自分も先程、確信したはずだ。


“兄である紫苑が、何を考えているのか分からない”──

それ故に、油断は出来ない。


現に自分は先程、紫苑から離れ、逃げるような形でここまで来たはずだ。

…なのに、いつの間にか先にいる。



またしてもだ。

常に先手を打たれ、逃げることは到底、叶わない。



そして、紫苑もそれが当然のように自分を扱う。

まるで、この存在が己の所有物であると言わんばかりに、周囲に知らしめている…!


「……」


梁の表情が、自然、曇った。

紫苑が“用がある”と言って来た時。それは大抵はろくな結果にならない。

恐らくは今回もそうなのだろう…

と、更に梁がやりきれない表情をプラスすると、



「その表情はやめろ」



それだけで周囲全てのものを圧すような、紫苑の声が響く。

それに、梁は瞬間、身をすくませた。



「…紫苑…」



…彼から刻まれた腕の傷が疼く。



「どうして…また俺を…?」


紫苑の気まぐれぶりは知っている。

だが、こうまで短時間に立て続けに接触されたことは──



未だかつて、無い。



「弟に会いに来るのに、理由が要るのか?」


紫苑は冷酷な笑みを落とす。


それを遮るように、梁は多少、声に苛立ちを交えて呟いた。


「…幼い紫苑に聞いた」

「……」


紫苑は無言で梁の傍まで歩を進める。

そしてぴたりと足を止めると、黙ったまま梁を見下ろした。


「…紫苑、お前も…そうなのか?

俺が大人しく煌牙の元へ行けば、父さんを見逃すと…

そう考えているのか?」

「そこまでは他愛ない駆け引きに過ぎないが…

それが本来、お前の在るべき姿なのではないのか?」

「!」


紫苑の言うことが余りにも的確すぎて、梁は一瞬、言葉を失った。

模索するように脳内の、言葉という名の単語を繋ぎ合わせようとする。


すると、そんな梁を見かねてか、紫苑が動いた。



…梁を見下ろしたまま、腕を組む。



それは元々身についた、いわゆる自然体のものなのだろうが、紫苑のような、ただでさえ威厳も力もある者が腕を組むと、その迫力や威圧感は、否が応にもいや増す。


…結果的に梁も、畏怖の上に更に警戒を重ねる形となり…

しかしそれでもそれを振りきるかのように、次には紫苑の双眸へと、正面から目を向けていた。


程なくして、紫苑が口を開く。


「ひとつ、お前の言葉を訂正しよう」

「…!?」


梁は紫苑に視線を捕えられたまま、愕然と兄を見る。


「訂正…?」


その縋り、迷い、不安がるような梁の様相は、紫苑の中の支配欲を更に煽るには充分だった。


「お前は今の口ぶりでは、幼い頃の俺と今の考えが変わっているのではないかと、そのような期待を持っているようだが…

分からないか? 俺が今まで、どれだけそれを示して来たのか」


紫苑は交差していた腕を解き、その手で梁の右腕を掴む。

心境が反映されたかのように、傷付いた腕を強く捕まれて、梁の表情は、一時、苦しそうに歪んだ。


「…紫苑っ…!」

「あれだけ言っても、体を従わせ、心を傷付けても──

まだ、お前には分からないのか?

以前も今も、俺自身がそれを強く望んでいるという事を」

「!お前が…例え昔からそれを望んでいても、俺は…!」


興奮した梁が、声を荒げる。



「──俺は、ずっと…

緋藤梁のままで生きたい…!」



「…、この兄の心境を理解していても…か?」

「それは…本当に済まないと思っている。でも、駄目なんだ…」


梁は伏せ目がちに視線を逸らした。



「俺は今まで、緋藤稔の子どもだと、何の疑いもなくそう信じて育ってきた…

なのに、今更それを変えることなんて出来ない…

今までずっと敵だと思っていたあの男を…

煌牙を、父親だなんて思えない…!」



「それが事実であっても…か?」


紫苑は更に腕に力を込める。

それによって、いったんは止まっていたはずの梁の傷からの血が、再び流れ出した。


梁は痛みを堪えながら紫苑に訴える。


「ああ。それが真実でもだ」

「ではお前は、稔が煌牙に殺されてもいいと言うのだな?」


「…!?」


梁はぎくりと身を震わせ、慌てて視線を紫苑へと向ける。

その当の紫苑は、極めて落ち着き払って答えた。



「あの二人の能力を見ても分かることだ…

お前も知っているだろう、炎よりも、雷の方が殺傷能力が高い事を。

俺が見た所、あの二人の実力は拮抗している…が、雷の能力を持っている以上、有利であるのは明らかに煌牙の方だ」

「……」

「稔が殺されるのは時間の問題だろうな…

それでも、お前は煌牙の元へ下るつもりはないか?」

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