相対する者は

「!…っ」


判別するような目で見られて、彩花は、我知らず一歩引いていた。

…知らないうちに、後退りしていたのだ。



この男は、どこか怖い。

外見ばかりではなく内面に、何か…酷く、禍々しいものを感じる。



彩花の身体が強張った。

すると、それに気付いた梁が、ソファーから立ち上がり、彩花をかばうように前に立った。


「…貴方が直々に来るとは思わなかった」


頭ごなしに警戒し、常に冷静にあろうとする梁を相手に、男は、それ自体がさも楽しいかのように話しかける。


「まだ、我が組織に力を貸す気にはならないか…? 梁」


親しげに話すことで、自分と梁が知り合いである…

しかもこの言い回しから、以前にも接触したことがあると、間接的に稔と彩花に教えた、彼の頭の回転の早さに、梁は密かに舌をまいたが、


「それは既に断ったはずだ。…例え、Crownの長…『皇帝エンペラー』と呼ばれる貴方が直々に来たとしても、返事は同じだ」


次には、それを逆手にとってやり返す。


これを聞いた男は、苦笑した。だが、その目の奥深くには、何か絡みつくような感情が見え隠れしている。


「惜しいな…、お前の、その父親譲りの炎の能力があれば、我が組織の戦力は、一気に倍になるというのに…!」

「……」


梁は唇を噛み締めて、じっと相手の言葉を聞いていた。


「力を貸さないと言ったな? …ならば、お前には死んでもらうしかない」


はっきりとそう告げて、男は、隣にいた少女を、目だけで促した。

すると、それまで静観していたはずの少女が、いきなり梁に攻撃を仕掛けた。


「…え…!?」


声をあげた彩花の視線は、少女の右手に集中していた。


少女はいつの間にか、左手に炎の短剣を作り出していた。

彩花が驚いたのは、この少女が超能力を使ったこと、それ自体ではなく、それが『炎』であるということだ。


先程からの梁の説明からすれば、『炎』の能力を使えるのは、今のところ、稔の…『緋藤』の血族しかいないはずだ。

だからこそ梁は、それを稔が父親であるということの証明としてきた。


だが、目の前の少女が炎を使っているとなると、話は変わってくる。


“稔の血族のうちの一人なのだろうか”?


そんな考えが浮かんだその時、同じ疑問を覚えたらしい稔の、惑うような感情が伝わって来た。


「どういう事だ…?」

「!え、あの人のこと、知らないの…!?」

「緋藤の一族は男系だ。あんな女は見たこともない」


言いつつも、稔は少女から視線を外さなかった。

動きや炎の威力を見る限り、少女は自分よりも能力は劣る。だが、それでも、“自分と全く同じ能力を持つ”少女。

…それ故に油断がならない。


「…稔、アイカのことが気になるか?」


男が問いかけた。アイカ、というのは、恐らく少女の名前だろう。


「…気にならないと言ったら嘘になるな」


稔は慎重に返答した。すると、男からは思いがけない言葉が返って来た。



「そうだろうな。アイカは、稔…、お前の娘だからな」



「!」


稔は驚きで、その美しい黒銀の目を大きく見開いた。が、驚いたのは彼だけではなかった。


「!えっ…」


彩花が唖然とし、しかし次にはしっかり立ち直って、稔に噛みついた。


「稔さんっ! 貴方、たった今、家系が男系だって言ったばかりじゃない! なのに娘って…どういうこと!? 何なのよ!?」


耳元で、謂れのないことで金切り声をあげられて、自然、稔が片目を瞑り、彩花に近い方の耳を離した。


「そんなことは奴に聞け。俺が知るはずもないだろう」


お説ごもっともなのだが、既に怒り絶頂で、カリカリしている彩花には、それが通用しない。


「だって! 貴方の娘ってことは…、って、あれ…?」


彩花は先程までの怒りは何処へやら、またもや疑問が湧いたようである。


「貴方の娘って事は… え? まさか…、梁とは兄妹!?」

「何を馬鹿な…」


稔があっさり否定する。

しかし、それでも釈然としない彩花が、再度、稔に絡もうとした時、


「…アイカ、“退け”」


男の声が響いた。


「!…はい、シオン様」


男…『シオン』の命令に、アイカは素直に従い、彼の側へと戻った。

それを待ちかねたように、彩花は梁へと駆け寄った。


「梁! …だ…、大丈夫!?」

「…ああ」


梁は軽く返事をしたが、服が所々、燃えた痕を残して焼け落ちていた。

ただし、それは相手も同じだ。焼け焦げているばかりではなく、各所に、煙草の火を押しつけたような、小さい穴も開いている。


そして、両者、致命傷となる傷はない。

ということは、二人の力は全くの互角だということだ。


「くそ…、アイカの奴…!」


梁が毒づいた。その失言を、稔は聞き逃さなかった。


「…梁、お前はアイカを…、あの少女を知っているのか?」

「!…」


梁が、ぎくりとして動きを止めた。

自分の失言を悔いているようにも見える、目の前の息子を、稔は更に追求した。


「お前はあの、シオンとかいう奴も知っているようだな。

…仮に、未来の世界の奴等なら、お前と顔見知りでもおかしくはない。だが、そうだとすれば、奴等には彩花と同じ力があるということだな?」

「…、ああ」


梁は、諦めたように呟いた。


「貴方の言う通りだ。あいつ…

藍花あいかは、俺の双子の妹なんだ…!」

「!? …えっ…」


そう言ったきり、彩花は言葉を失った。そんな母親を後目に、梁が話を続ける。


「だからあいつは、俺と同様、炎も、空間転移も使える。

あの人が、藍花を貴方の娘だと言ったのも、藍花を同じ力を持つ俺にけしかけたのも、全てそのためだ…!」

「成る程な…、だが、お前は肝心なことを話すのを避けているようだな」

「…、シオンの事か?」

「ああ」


「……」


梁は、しばらく話すのを躊躇っていた。

が、稔にはとうてい隠し事など出来ないと判断したのか、意を決して話し始めた。


「あの人の名は…、“緋藤紫苑ひどうしおん”。俺と藍花の、実の兄だ…!」

「!な…、何だと…!?」


意外な事実に、稔は動揺を露にした。次々に血族が現れたことで、さすがの稔も驚きを隠せなかった。


すると、そんな彼らの様子を見ていた紫苑が、静かに…冷たく笑った。


「…梁、真実を話したようだな」

「ああ…」


梁は、雪を背にした、窓際にいる兄を、まっすぐに見つめた。

その視線を享受し、紫苑は笑みをひそめた。

そのまま、冷めた口調で呟く。


「…梁、ここは一度退いてやる。何も知らない両親に、事の次第を教えてやれ」

「!それは…、その事実は、貴方が最も嫌っていたことだろう…!?」

「…いずれは知れる事だ」


言い捨てると、紫苑は藍花を促し、共に姿を消した…




→Bluemoon第1部・完

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