初対面ながら

いよいよ冷たい笑みを浮かべた彼は、それにも増して冷たく問うた。

対して梁は、自分の考えが過小評価であったことを、これによって強く思い知らされていた。


「…くそ…、思いのほか炎を使いこなせるようだな。こうなりゃ仕方がない…!」


とっさに梁は、左手が塞がっているので、右手で彩花の腕を掴んだ。


「え? え!?」


彩花は訳も分からないまま、梁に手を取られて、落ち着かない様子だ。

だが、そんな彩花に構ってはいられない。


「逃げるぞ!」

「え!? 今まで散々煽っておいて、逃げるって…」


「分からないか!? あいつの能力は半端じゃない!

今はただ、力を見るために煽ったが、奴はその気になれば、俺たちを一瞬で灰に出来るだけの力を持っている!

このまま奴と対峙するのは、あまりにも危険すぎる!」


「梁…、じゃあ最初から煽らなきゃいいじゃない!」

「!そりゃそうだが、奴の力は俺の予想を遥かに超えていたんだ…

まさか、あれ程の力を持っているとはな…!」


梁は心底から歯噛みした。しかし、それを聞きつけた稔が黙っている訳がない。


「俺から逃げられるとでも思っているのか…? 甘く見られたものだな。逃げようとするその足を炭屑すみくずに変えることなど、俺には容易いことだ…!」


言い捨てて、稔はまた先程の炎を作り出した。

だが今度は、脅しではなく、彼の言葉は裏付けられていた。


何故なら、炎が先程とは異なり、複数だったからだ。


(…これだけの炎をまともに食らえば、まさしくひとたまりもないだろう…)


梁が漠然とそう考えていると、ひどく容赦のない稔の声が飛んだ。


「命が惜しければ、彩花をおいてすぐに去れ」

「…、お断りだね」


はっきりそう答えると、梁はいきなり、先程から手にしていたスケジュール帳のようなものを、稔の方へ向けた。

途端にそこから、稔が作り出した炎と寸分違わぬ大きさの、【炎】が現れた。


これには、さしもの稔も度肝を抜かれた。


「!何っ…!? 俺と同じ【炎】だと…!?」


稔にしては、本当に一瞬の驚愕だった。

それはまさしく刹那と呼ばれる時間そのものだったが、それによってわずかに出来た隙を、梁は見逃さなかった。

次には、すぐさま彩花の腕を掴むと、脱兎の勢いでその場から走り去る。


「!…奴め…」


稔は見事にしてやられたことを自覚した。

だが。



「まあいい…、彩花を手に入れることはいつでも出来る。それに、奴の正体も気になる…

しばらくは泳がせて様子を見るか…」





…さて、こちらは稔から逃げ出した、件の二人組…


先程から走りっ放しなため、彩花の息遣いや体力は、もはや限界に達していた。

ついに耐えきれなくなって、彩花が息も絶え絶えに放しかける。


「!ちょっ…とぉ…、りょう…っ!

ま…、まだ… と、止まらないの…!?」

「…だな。そろそろいいか」


呟くと、梁はいきなり急停止した。

彩花と同じ距離を走ったはずなのに、全く息があがっていない。


「!ば…、バケモノ…?」


それに気付いた彩花が、ひいこらしながら辛うじて話し…

結果、立ち止まった『梁にぶつかる』。

そしてそれによって、ようやく立ち止まれた彩花の足は、すっかり力が抜けて、へなへなになっていた。


「!あぁ…疲れた…」


…そこまで話して。

彩花はまたしても、ようやく気が付いた。


「っていうか! 何であたしが梁と一緒に逃げなきゃいけなかったの!?」

「はぁ? 何を今更…」


梁は半眼になって問い返す。


「違うでしょ! …そもそも梁って何者なのよ!?

空から降って来ただなんて、ある意味、あの人より余程危なくない!?」

「…またストーカー呼ばわりか?」


梁が露骨に顔をしかめた。…これでは話は堂々巡り…というより、振り出しだ。

途端、そんな梁の心情を察したのか、彩花が鼓膜を突き破るような大声で喚いた。


「!ちっがーうっ! そんなんじゃ全然話にならないでしょ!?」

「!うるっせー…」


梁は、思わず耳を押さえた。

破れはしなかったものの、超音波にも似たその奇声をまともに捉えた鼓膜は、穴が数ヶ所開いていてもおかしくない。


「分かったよ、洗いざらい話してやる。でも、それにしたって此処ではな…

じゃあ、まずはホテルに行くぞ」

「!な…」


梁が言い終わるか終わらないかのうちに、すっかり沸騰し紅潮した彩花の、凄まじい威力の右平手打ちが、梁の頬にクリティカルヒットした。





…とある高級ホテルの一室で。


「…何か激しく勘違いしてないか?」


…ひりひりする頬を押さえ、むっつりとした表情で、梁。

対して彩花は、


「だって、どう考えたって梁の言い回しが悪いんじゃないの!」


と、豪語して一歩も退かない。

梁が、頬を押さえていた手を離すと、そこには見事なまでの紅葉マークが、くっきりと浮かんでいた。


「これだけ強くひっぱたいといて、言いたいことはそれだけか?」


むっつりを通り越して、もはや梁は仏頂面となっていた。


「俺はただ、落ち着いた場所で話がしたかっただけなんだが」

「それが何でホテルなのよ!?」


彩花が噛みつく。その勢いに、梁はしどろもどろになりながらも答えた。


「だ、だから…誰かに聞かれたらまずい話もあるから、個室の方が都合が良かったんだ」

「だったら最初からそう言いなさいよ!」


再び彩花に噛みつかれ、梁は溜め息混じりに肩を落とした。


「…分かった分かった。頼むから少し冷静になってくれ。こんな調子じゃ、いつまでたっても話せやしない」

「…分かったわよ…」


彩花は渋々黙り込んだ。

それを確認してから、再び梁が話し始める。


「先に言っておくが、これから俺が言うことは全て本当だ。それだけは頭に入れておいてくれ」

「…分かった」


…冷静に、と言われた手前、彩花は今度は静かに頷いた。



「よし。…実はな、俺は…

今から18年後の未来から、この世界へ来たんだ」

「!…はぁ…!?」

「で、実は俺、“紫藤彩花”… つまり、貴女の息子なんだ」

「!な…、あ…、あたしの…息子!? 梁が!?」



梁をまともに指差して尋ねる。

あまりの驚きで、その指はわずかに震えている。


「…嘘みたい…だけど、みんな“本当”なんだよね…? 確か」


興味深いことには、『無理やりにでも納得しようとしている』…!

そんな彩花を、面白そうに一瞥すると、梁は深く頷いた。


「そう。…さっきまでは便宜上、呼び捨てもしていたが、俺は…いつもは貴女のことを“母さん”って呼んでるんだ」

「!それだけはやめて! お願い、呼び捨てでいいから!」


彩花はすぐさま、禁止令を出した。が、この答えを、梁は予測していたらしい。

不敵に笑うと、あっさりと答えた。


「了解。彩花でいいんだな?」

「…老けて聞こえなけりゃ、もう何でも構わないわよ…」


がっくりと肩を落として呻く。


「…ところで、そこまで言うからには、その言葉に信憑性はあるんでしょうね?」

「勿論」


梁は即答すると、例のスケジュール帳らしきものを開き、ぺらぺらと捲った。


「…“紫藤彩花に関するデータ”。これだな」

「!? 何、それ…」


彩花の顔が引きつった。それを後目に見た梁が、そこに書かれていることを目で追いつつ、事細かに話すと、彩花の顔は、まるで顔面神経痛のように、更に引きつっていった。


…梁の話したそれは、全てにおいて、本人でなければ知り得ないことばかりだったのだ。

例え探偵や興信所などを使ったとしても、こんなに些細なことまで知っているはずがない…というレベルの内容が、梁の口から淡々と語られていく。


彩花の顔が、さすがに青ざめた。


「!も…、もういい! 分かったよ、認めるから! …梁…、頼むから余計なことまでバラさないで!」

「…降参か?」


梁は、ぱたりとスケジュール帳もどきを閉じた。

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