白雪に散った紅のように

星美里 蘭

白桜が降る朝に。

 春。白い雪の代わりに咲いた薄桃色のソメイヨシノが街を染め、ひらひらと降り注ぐ美しい花弁はなびらは降り積もり、人々に踏みにじられ、薄黄色に汚れていく。期待と不安に彩られた道を進みながら、僕は今日も学校へ向かう。

 登校初日特有のざわざわと騒がしい教室がいつものように僕を迎える。

 まだ軽いランドセルを背負いながら、黒板に書かれた自席に座り、本を開く。

 オススメの一冊として挙がっていたそのライトノベルは所謂学園ものというやつで、煌びやかな学園生活とは裏腹に、ドロドロとした暗躍する大人の政治が入り混じっておおよそ僕らが通り抜けるような学校とは違うものになっている。

 それでも、この窮屈な学校生活を進むには十分な輝きを放っている。4つ上の姉曰く、ライトノベルなんて子供の趣味、辞めたほうがいいとは言われたが、しかしそんな姉の本棚の奥、小難しそうなロシア古典に封じられたそこに大量のライトノベルが隠れていることを僕は知っている。

 先生が来るまでの平穏にただ静かに読み進める。ざわざわ騒がしい教室は誰と誰が一緒になったとか、誰が一緒になれなかったとかしましい。それだけでも五月蠅いのに男どももそれをするから姦しいなんて話じゃない。

「よっ! 今年も一緒だな、ひとみっ!」

「……おはよ、よっくん」

 そんな僕の平穏も、いつものように破られる。

 いつものように僕の読書を邪魔する彼は幼稚園からの幼馴染で、気付けばいつも一緒のクラスになっていた。ただ、別段何かあるというわけでもなく、ただ暇な日の帰りに僕の読書時間に割り込んできたり、たまの雨の昼休みに少し話をしたりする位の仲だ。特段仲がいい、というわけでもないし、友達じゃないというわけでもない。そんな中途半端な関係が、僕にとってはちょうどよかった。

「今日は何読んでるんだ?」

「んー……現代ファンタジーかな? ハーレムモノだよ」

「へー、それ面白いか?」

「面白いよ。読んでみる?」

 いつものように僕の読書に興味を示すから、いつものように勧めてはみるが、よっくんは苦笑いを浮かべながら首を振る。

「瞳が本読んでるの見るのは好きだけど、読書は全然わかんないから良いわ。それよりボール追っかけてるほうが俺には合ってるからな!」

 ドヤと胸を張るよっくんに適当な返事を返して読書を続ける。

 以前も似たようなことがあり、青い鳥文庫をオススメしたが、それですら挫折して寝落ちていた。いかにも健康優良児ステレオタイプなよっくんらしい。

「はーい、みんな席着いてー。始めるよー」

「やべっ、先生きた! またな!」

 先生が教室に入ってきたことを合図に、よっくんが嵐のように消えていく。

 こうして、私の朝は始まっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る