第2話 老いを感じるおっさんと怪しき剣#1

「只今、世界に適合した肉体を生成中......完了しました。

 これにより、『異世界言語』が発動されました」


「『剣術』『射撃術』『体術』『魔力操作』『無詠唱』『暗黒魔法』『身体強化』『直感』『気配察知』『鑑定』『気配遮断』を獲得しました」


「称号『創造神の加護』『厄神の標的』『奪い返す者』『異世界からの侵入者』を獲得しました」


「オリジナル魔法『略奪』を獲得しました」


 *****


「ん、ここは......」


 カイが目を覚ますと正面には枝葉が見えた。

 どうやらここは木陰の下らしい。


 カイは不思議な言葉が脳内に流れたのを感じつつ、上体を起こすとすぐ前面に広がる景色を見る。


 どこまでも緑が続く草原、太陽の光に煌めき風に踊る草花、周りを覆う森に青々とした空。

 影があるのは今いる場所ぐらいで後は日差しにさらされている。


 それらを見てカイが最初に思うのは――――


「マジか徹夜じゃん......」


 実のところ、魔法陣発動に成功したのはもとの世界で午後十時頃。

 今の太陽の位置を簡単に確認しても真昼間。

 四捨五入してアラフォーのカイには実に堪える。


 一先ずすぐに動き出したいところだが、その前にタバコを出してジッポライターで火をつけて一服。


「別世界に来てもタバコの味は変わらんか」


 白い煙を口から吐くとタバコを片手に、もう片方の手で左のポケットを探る。

 取り出したのはカイが世界が渡った理由でもある行方不明者リスト。


 そのリストに書かれた名前を見つめていく。

 生きていることを切に願いながら。

 タバコを吸い終わると吸い殻ケースにタバコを捨てて立ち上がる。


「さてと、こういう時にまず向かう場所は街だけど、当然スマホは使えねぇよな......」


 念のために持ってきたスマホを持ってくるも当然圏外。

 カイはため息を吐きながらコートとジャケットを脱ぎ、天敵の日差しのもとへと身をさらしていった。


 全く知らない世界。辺りを見渡してみる。

 日本にいた生物に似たようで全く違う生物が草原を移動している。


 日本の角を生やした黒い馬に、空中を漂う顔面カエルの魚。

 明らかにド〇クエぐらいでしかみたことないスライムに、はさみが四つあるカニも。


「ほう、珍しいもんしかいねぇな」


 カイは興味をそそられるようにその生き物を観察していく。

 よそ見をしていると正面からは一匹の角の生えたクリッとした赤い瞳のウサギが現れた。


 ウサギはカイを見ると鼻をヒクヒクさせながら首を軽く傾けた。

 その目に合わせるようにカイは視線を移し、そっと右ふとももにあるホルスターに右手を近づけていく。


――――バッ


 その瞬間、その角ウサギは地面を抉るように蹴り上げて額にある角をカイに向けて突撃。


 しかし、“直感”によってウサギが行動を仕掛けてくると感じたので、その攻撃を素早く避けてリボルバーの銃口を角ウサギに向ける。


――――バンッ


 カイは容赦なくウサギの頭に向けて引き金を引いた。

 その直後、撃ち出された銃弾がウサギの頭を貫通して、ウサギは衝撃で吹き飛んで地面を転がっていく。


 撃ち終わった後も少しの間、銃口を向けていたカイは銃を持つ右手をそっと胸元に近づけて眺めた。


「撃てないかと思ってたが、案外撃てるもんだな」


 その言葉はどこか冷たかった。

 ただ生き物を殺せるか試しただけという感じであった。


「だが、むやみな殺生は良くないな。せめて美味しくいただこう」


 リボルバーをホルスターにしまうと角ウサギの角を持って、カイは森へと移動を始めた。

 それからカイのサバイバル生活が始まった。


 カイは出来る限り撃ち殺した生き物を調理して食べるようにしながら、脳内に残るゲームでいうスキル的なものに思考を割いた。


 しかし、どうにも使えてるような感じがせず、何か体に変化が起こるわけでもなかった。

 ただ頭には「~より~を獲得しました」と謎のアナウンスが聞こえて来るばかり。

 なのでその思考をこの森をどう抜けるかにチェンジさせる。


 それからは太陽が昇る位置と夜空に浮かぶ星座の位置を頼りにした。

 どうやらこの世界の星座は日本で見たのと同じらしく、太陽は西から昇り、北極星があるから方角も確認しやすい。


 加えて、星座が同じということは宇宙は繋がっているということなので、もし全員を無事に発見した時にもとの日本に戻れる確率が上がるというものだ。


 数日のサバイバル生活が過ぎ、あごひげもまばらに生えてきたところでカイは一つの声を捉えた。


 ――――暗き波動を持つ者よ。聞こえているのなら、この声のもとへ。


 少女の声だ。それも小学生ぐらいの年齢の感じだった。

 木に寄り掛かって寝ていたカイは静かに目を開けるとその声に向かうか迷う。


 そして迷った挙句にカイは向かうことにした。

 その理由はもしその声が少女なら警察として少女は保護対象であるから。


 カイが森の中を当ても彷徨っていくと聞こえてくる声もだんだんと大きくなっていく。

 近づいている証拠らしい。


 ――――暗き波動を持つ者よ。そっちではありません。


「あ、こっち? ちょっと辺り木ばっかで迷ちゃってね。ごめんね~。

 ところでさ、『暗き波動を持つ者』って何か教えてくれない?

 確かにネガティブ思考寄りだけどそこまでハッキリ言われると傷つくからさ」


 質問してみる。しかし、それに対する応答はなかった。

 どうやら一方的に声をかけられるだけのようだ。


「(なんかホラー映画の冒頭に出てくる一番最初の被害者みたいだな......)」


 おっさんカイ、ちょっぴり不安気味。

 消えた仲間を探しにここまで来たのに、そんなので死んでしまったらさすがに悔やんで化けて出てしまうかもしれない。


 ――――暗き波動を持つ者よ。考え事をやめて歩くことに集中しなさい。行くべき道は右じゃなくて左です。


「あ、ごめん」


 明らかに年下の声の主に怒られてしまった。

 年々脆くなっていくガラスのハートにちょっぴり傷がつく。

 

「(っても、樹海みたいで右も左も分からないんだが)」


 そう思いつつもカイはすぐに「言い訳は良くないよな」と呟きながら雑念を拭う。

 そして言われた通り歩くことに集中する。

 すると遠くの方から何やら巨大な建物が見えてきた。


「これは......巨大な寺院?」


 そこにあったのは所々欠けたり、崩れ落ちたり、コケに覆われツタが絡まった建物であった。

 パッと見た感じでも軽く数百年は経過していそうだ。


 大きさは元の日本の日光東照宮よりも大きい。

 言うなれば、世界遺産に認定されるぐらいの代物である。


――――階段を上って来てください。


「はいよ」


 カイは開けた場所にあるその寺院の階段を上っていく。

 横に長い階段が見た感じかなり続いている。

 それだけでおっさんには大ダメージだ......特に膝関節辺りが。


 カイは嫌々ながらも上がっていくと案外“スイスイと”進めていった。

 膝が痛くない。それだけでおっさんの心は踊る。

 調子乗って駆け上がってみる――――すぐに失速した。

 どうやら心肺機能は変わらないようである。


 カイは「ゼェハァ」と荒く呼吸をしながらなんとか階段を駆け上がるととりあえず休憩の一服――――


 ――――階段だけでどれだけ時間かけてるんですか! 早く来てください!


「おっさんには体の休憩の他に、『まだ老いてない』って思う精神的休憩も必要なの!」


 そう言ってカイが取り出したタバコに火をつけようとすると不意に“気配”を感じた。


 その気配は正体を現わすように、すぐ正面にある入り口の両端に転がっていた骨がカタカタと動き出したのだ。


 それは勝手に組み合わさって人間一人分のがい骨の姿になるとその手に剣を持った。


「へぇ、筋肉がないのによく動くもんだ」


 それを見たカイは日本じゃ全くあり得ない光景にもかかわらず、身じろぎ一つしない。

 煙を出すタバコを赤く光らせて、咥えながらゆっくり吐くと襲ってきたがい骨の一体に素早く銃口を向ける。


 引き金を引いて頭を吹き飛ばす。

 だが、もう一体は攻撃の隙を与えないように剣を突き出してきた。


 カイはその剣を半身で避けると左手でがい骨の伸ばしている腕を掴み、リボルバーの銃身を口に押し込んだまま右足で両足を払う。


 それによって、がい骨が地面に叩きつけられ寝転がった。

 その無防備な頭に銃口を向けて引き金を引いて仕留めていく。


「ふぅー、一服ぐらいはゆっくりさせて欲しいものだ」


 カイはタバコを一回吸って吐くとタバコケースで火元を消し、胸ポケットにしまっていくと寺院の入り口に近づくとそっとすぐそばによって、こっそりと中を覗いてみた。


 中は真っ暗で何も見えない。

 しかし、通り道であろう階段の両端の壁には一定間隔でたいまつがついている。


「おっさん、こう見えてもビビりなんだけどなぁ」


 相変わらず多い小言を呟きながら、カイはその中を慎重に歩いていく。

 “気配”を感じる様子もない。

 しかし、何か嫌な感じがするということは“直感”が告げていた。


「ははっ、ほんとに怖いな」


 そう言うカイの表情は先ほどからまるで変わっていない。

 むしろ恐怖なんて既に慣れきってしまっているように。


 カイが階段の一番下までやってくるとそこは真っ暗だった。

 しかし、その直後にカイが現れたのを認識したように中央に一つの炎が浮かび上がるとそれが二つに分かれ、それぞれ両端へと移動していく。


 その炎がある場所でピタッと止まると今度はその炎の前後にまた別の炎が灯る。

 そうして次々に炎が灯っていき、やがて体育館の半分ほどの開けた空間が現れた。


 さらにその正面には謎の壁画とともに祭壇らしきものがあり、そこには黒紫色をしたいかにも禍々しい剣が刺さっている。


「ようやく来ましたね。暗き波動を持つ者よ」


「もしかして、その声の主って剣か? さすがファンタジーだな」


「その割には表情にあまり動揺が見えませんね」


 その剣の言葉はどこか冷ややかな感じであった。

 それに対し、カイは相変わらずの態度で返す。


「おっさん、表情筋が衰えて表に出にくいだけだから」


「そうは見えませんが......まあいいでしょう」


 怪しき剣は独りでに納得すると本題へ移るように話しを続けていく。


「ここにあなたを呼んだのは、あなたが私を振るえる人間だからです。

 しかし、私を振るうにも私の基準を満たさなければいけません」


「なーんか嫌な予感がするんだけど......」


 その返答に「だとすれば、その予感通りですね」と怪しき剣は答えると続けていく。

 

「これから私はあなたに試練を与えます。

 その人間がギリギリ超えられるか超えられないかというものです。

 それであなたの成長のふり幅を見ます」


 その剣の言葉と共にゴゴゴゴと地響きが起き、開けた空間の中央の地面が盛り上がり、そこから全身に岩をくっつけた人型のようなものが現れる。


「これってゴーレムだよね?」


「はい。あなたの野望のためならば死ぬ気で頑張ってください」


 そう怪しき剣は冷たく言い放った。

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