第7話 混乱ばかりが募る

天野はただただ混乱していた。

確かに、珪素生命体が原因となって、天野がこの場にいることは間違いない。

だが、これまで見たこともない、まるで普通の生き物のような外見で、存在している。

元々、あの巨体が消えて小さな結晶が残ること自体、解明されていない事柄ではあったが、何も体躯が小さければ納得できるというわけではない。


「中尉。精神状態が危険域です。落ち着いて、休憩を。」


茫然自失というと、違うのだろう。

天野は、頭の中で散発的に浮かぶ疑問、あまりに理解の外にある出来事に対する、怒りのような何かが沸き上がり、天野自身が自覚できるほどに、大いに取り乱していた。


「わかっている。わかっているさ。

 だが、これはなんだ。一体俺は何に巻き込まれている。」


天野は愚痴のようなものを思わずこぼす。


「不明です。」


AIからは常套句。

ただ、その、この状況でもいつもと変わらない態度が、天野に安心を与え、落ち着きを取り戻す一助となる。


天野は頭を数度振りながら、大きく息を吐きだし、どうにか一度すべての感情を棚に上げ、落ち着きのようなものを取り戻すことに成功する。


「ここまでの活動内容は、記録できているか?」

「はい、中尉。取得した情報は全て記録されています。」

「先ほどの敵性生命体と、珪素生命体に一致する特徴はあったか?」

「活動停止時に、結晶を残しそれ以外が消滅しました。」

「それ以外は?」

「現在取得している情報では、見受けられません。」


天野はAIからの返答を聞き、頷く。

そう、これまで幾度も人類が交戦してきた珪素生命体と、目の前で起きた事柄における共通項はそれだけだ。


「レディ、作戦検討。」

「指令受諾:作戦検討、作戦内容の入力を。」


天野は、これまでの自由会話状態から、作戦時への移行を促す。

AIからの返答がすぐにらしいものに切り替わる。


「原生生物の拿捕を行い、調査。珪素生命体との共通項の特定。」

「作戦内容受諾:検討開始。」


AIが作戦の検討を行っている間に、天野はその場にただ転がっている結晶上の物質に近づく。

結晶生命体との遭遇、戦闘時における行動指針を思い返し、それを確保するための方法を模索する。


その時、彼の頭に、この状況に陥る原因となった事柄が頭をよぎる。


天野は考える。

確か、こうなる直前に、多数の珪素生命体を撃破し、この結晶状の物質が、これまで見たことがない構造物を形成していたはずだと。

その中心に、どのような力が働いたかは不明であるが、飲み込まれた結果として、自分がこの状況に至ったのだと。

似た状況を作れば、いったい何が起きるのだろうか。

その疑問は、天野にとってとても魅力的な再現実験のように感じられた。


「検討終了:現在の当機の設備では有意な結果が得られません。」


返ってきた、作戦内容の結果を聞き、先ほど探索系の装備が不足していると聞いたことを天野は思い出す。


「いや、そうだったな、すまない。

 珪素生命体の残留物に関して、取り扱いの規定は存在するか?」

「はい、戦闘の結果として取得した際は、密閉処理を行い、隔離。最寄りの珪素生命体調査機関へ輸送。」

「密閉処理は現在の装備で可能なレベルのものか?」

「はい、問題ありません。」

「では、装備の遠隔操作を行い、必要な処理を行ってくれ。」

「はい、作業を開始します。」


撃破後に起こった事態から、天野は徐々に落ち着きを取り戻してきているのを感じる。

先ほど脳裏に浮かんだ、天啓のような発想を一度保留として、あくまで軍人としての本分を全うするように努める。

遠隔操作により、自分の体が、装備越しに動かされるのを感じながら、現在密閉処理の行われている、結晶状の物質を改めて確認する。

これまで珪素生命体を撃破した経験が彼にはあったが、改めて近くでこの残留物を視認することはなかった。

その物体は、一見すれば、ガラスの塊にも、水晶の塊にも見える物体であった。

計上は、何か結晶構造により、規則的な形というわけでもなく、球状というわけでもない。

乱雑な多面体としか言いようのない形状をしていた。

それこそ、資源採取を行う際に砕いた、隕石や流星物質の破片が近いだろうか。

その行為が、特定の形状を保証するものではない以上、近いというのも、また違うのかもしれないが。

うっすらと青みが勝ったその物質は、向こう側がある程度確認できる程度に透き通っている。


天野は、密閉作業が終わるまで、何とはなしにその物体を観察し続けていた。

そして、その中でふと思いつく。

この惑星の生命体が全て、珪素生命体と同様の性質を持つとして、樹木からその表皮や、枝葉、果実の採取が行えたのは何故だろうか。

これまでの道中、採取してきたものが健在であるのは、積載物の重量の総量が変わっていないことから、うかがい知れる。

動物と植物で何か違いがあるのだろうか。

天野はまた実証するべき項目が増えたと感じると同時に、自分はそういった学者ではないのだがと、思わず自重してしまう。


そんな益体もないことを考えているうちに、密閉作業が終わり、装備の制御が戻ってくる。


「指定処置完了、制御を戻します。」

「ありがとう。本日はコーンに帰還する。これも隔離しなければいけないしな。」

「了解です。当機への帰還経路の案内を行います。」


AIからの応答聞きながら、天野は一度機内へと戻り、改めて今後の方針を吟味しなければと、そう考えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る