見えない彼女の行くすえ Ver2.0

丸尾累児

第1話「……私の秘密、知りたい?」

はじめてのデート

「ハァッ、ハァッ……!!」



 ようやく、たどり着いた下車駅。

 そこからは全速力も全速力。走って、走って、ひたすら走って、遅れを取り戻そうと必死に足掻いて、目的の南口ロータリーへとたどり着く。

 その頃には、もう汗だく。

 息苦しさを堪えつつ、どうにか顔を上げてあたりを見回す。すると、右手10メートル先の案内板のたもとで読書にふける女の子の姿を発見。

 どうやら、静かに誰かを待っているらしい。

 それに気付いた途端、待っているのがオレだと言うことに気付かされた。



「は、春森ぃーっ! ゴメン、おまたせ!!」



 慌てて名前を呼び、全速力で駆け寄っていく。

 ああもうっ! なんて最悪なことしちまったんだろう! まさか今日という『初デート』を真夜中にシミュレーションしまくってたら、寝れなくなるなんて思ってもみなかったよ。

 でも、それだけ女の子とのデートは楽しみだったんだぜ?

 だから、この大失態を取り繕うと必死の形相で深々と頭を下げた。



「ゴメンッ! 本当にゴメン!!」

「いきなり遅刻してきて、そんな大声で謝られても」

「春森が困惑するのもわかるよ! でも、オレは今日が来る日をずっと楽しみにしてて、それで春森とどんな風に過ごせたらいいなとか考えてたら――」



 嗚呼、本当にオレってヤツはダメダメだ。

 きっとこのまま春森に嫌われちまうんだろうなあ……なんて思っていたのも束の間、俺を待っていた女の子こと『春森いちず』はオレが遅刻したことを怒らなかった。

 それどころか、「とりあえず、やっときたことだし」と笑われる始末。



「改めて、おはよう――三田村君」



 その一言にゆっくりと顔を上げる。

 どうやら、本当に怒ってはいないらしい。

 むしろ、何事もなかったかのような涼しい顔をしている。そして、春森はもたれ掛かっていた案内板の柱から上体を起こした。

 眼前の美少女、春森いちずはオレの彼女である。

 赤茶色のクセ毛の強い髪。その髪は、うなじのあたりでバッサリと切られ、逆三角形の凜々しい顔立ちを印象づけるアクセントになっている。

 チャームポイントは長細い目の左目元にできたホクロで、背丈はオレよりも高く、わずかに見上げなければ相対することもできない大きさだ。

 ――って、そんなこと言ってる場合じゃない!  もう一度、遅刻したことをきちんと謝らないと……。



「ゴメンっ、春森! 本当にゴメン!」

「もういいって……。別に謝るほどのことじゃないし」

「いいや、そういうわけにはいかないよ――次からちゃんと気をつける。だから、許して欲しい!」

「そんなに仰々しくなくていいのになぁ~。その間、私はゆっくり読書して過ごして待ってたんだしさ」

「え? あ、そ、そうなの? 相変わらずマイペースだね」

「マイペースというか、周りと合わせたいという気が起きないだけ。それに最悪三田村君が来なかったら、このままどこか街まで繰り出そうと思ってたし」

「そんなぁ~……。じゃ、じゃあオレが必死になって謝ってたのは……」

「フフッ、冗談だよ。正直に言えば、本当に来なかったらどうしようって、ちょっと考考え込んでた」



 なぁ~んて言って、はにかんでみせる春森。

 まったく以て、どうしてこうもイジワルなんだよ。

 でも、直視する瞳はまるでブルーサファイアの宝石がみたいで、ついぞ心惹かれちまう。それにあわせて、フッと笑うとミステリアスな微笑みが生まれる。

 この表情がオレをトリコにしている――いや、ゾッコンと言っていい。

 ぶっちゃけ口数が少ない春森が何を考えているのかよくわからないけど、凛とした姿形を見ると可愛く思えてしまうんだ。


「それじゃあ、映画館に行こうか」



 と言って、春森が歩き出す。

 オレはその後ろをついて行き、ゆるふわの波打つ髪がゆらゆらと揺れる様を見続けていた。

 その姿をじっと眺めながら、あらためて春森の可愛さを実感する。

 だって、要所要所でちゃんとオシャレしてるんだなってわかるんだぜ? たしかに制服姿しかみたことねーけどさ、白いワイシャツにパンツルックスの春森はなんか新鮮でたまんねえ。

 とにかくだ――こんな可愛い女の子が彼女になってくれたってことを思うと、ついついまわりに自慢したくなっちまう。

 どうだい! オレの彼女ってばよ!



「……三田村君? 三田村君ってば」




 ところが、その意識も春森の呼び掛けに現実へと引き戻された。

 どうやら、話をしても返事が為されないことに気付いたらしい。慌てて謝罪の言葉を述べると、春森は心配そうな顔つきでオレを見ていた。



「あ、ゴメン。ボーッとしてた」

「大丈夫? 急いで走ってきて疲れた?」

「い、いやそんなんじゃなくて……。改めて春森が彼女になってくれたんだなあという実感を噛みしめてたんだ」

「フフッ、なあにそれ?」

「だって、告白してからちょうど一週間だよ? 正直、告白も断られると思ってたし」

「私、そんなにかたくなに見えた?」

「見えるというか……。春森が坂下さん以外と話しているところ見たことないし、なんか人を寄せ付けないぞオーラ出まくってるし」

「ふ~ん、私ってそんなイメージなんだ」

「い、いや違っ! 悪い意味で言ったんじゃなくて――」

「冗談だよ。そもそも私知ってるし。言わなくてもわかってるから」

「えっ、ちょ……もしかして、いまのからかわれた?」

「フフフッ、ゴメンゴメン」

「ひどっ!」

「だから、ゴメンね。まあ、確かに三田村君がいま言ったことはだいたい合ってるし、それに自分でもその自覚はあるから」



 今度はイジワルっぽく笑う春森。

 こうしてコロコロと表情が変わるから、春森は余計可愛く見えるんだよな。読書をしているときはほとんど無表情なのに、誰かと話すとなると愛想よくなる。

 だから、好きになったとも言うんだけれども……。

 春森に追いつき、歩道を横並びで歩く。



「あ、あのさ……。最初のデートが映画ってベタだった?」

「そんなことない思うよ。私は基本的になんでも好きだから」

「そっか。よかったぁ~チョイス間違えたかと思ってたし」

「気にしなくてもいいのに。誘ってくれたこと自体ありがたいんだし、こっちはあまり文句は言えないもの」

「別に文句言ってくれたっていいんだって。それにオレだって、見たい映画、見たくない映画のひとつやふたつだってあるんだし」

「そう?」

「そういうもん」

「じゃあ、私はホラーモノが観たくないかな?」

「あれ? 春森って怖いのに苦手?」

「苦手というか人の血を見るのが苦手。幼稚園生の頃に仲良くしてた子が深い擦り傷負っちゃって、それで血を見るだけで怖く感じるようになったの」

「なんとなくわかるなあ、それ」

「だから、暴力的な映画とかは好きじゃないかな」

「よかったぁ~ラブコメ選んで。春森に抱きついてもらうの狙ってホラーとか選んでたら、絶対帰ってたオチだわ」

「フフッ、それはないから安心して」

「うん、でもまあ今後の参考にさせてもらうよ」



 さて、そんなこんなで話し込んでいるうちに映画館に到着。

 繁華街の複合商業施設に建てられているだけあって、今日みたいな休みの日は人の数がハンパない。いま並んでる券売機の列もヘビみたいに蛇行して、映画館の入り口まで続いている有様だ。

 これ時間通りに入場できるかなあ……?



「どうしたの?」

「ん? いや、なんかものすごく人がいっぱいだから上映時間間に合うか心配になってきちゃった」

「大丈夫だよ。まだ二十分もあるし」

「でも、チケット買うだけでもこの様相だし、ドリンク買ったりしてたら間に合わなくなりそうな気がする」

「焦らなくても平気だって。たぶん、三田村君が思ってるよりも深刻じゃないから」

「どうして、そう思えるのさ?」

「ひと言で言えばカンかな?」

「カンなんて、そんな当てずっぽうな……」



 本当に大丈夫なのか?

 春森はなぜか自信たっぷりの笑みで事の成り行きを見守ってるし。彼氏のオレとしては、ここで上映時間に間に合わないなんてシャレにならないとすら思ってるのにさ。

 まあ、それもこれもオレが遅刻したせいだけどね……。

 だけど、やっぱり春森と映画が観たい! この行列を耐え忍んで、楽しいふたりだけの時間を過ごすんだ。

 ……なんて言っているうちに行列は捌けちまった。

 おかげでチケットとドリンクは颯爽と変えちまったし。ある意味、春森の言うとおりだった。

 カンって、マジであるんだな。



「さあ、ホラっ! 両方買ったんだし、早く中に入ろ!?」



 と言って、当人はあっけらかんとした様子で入場口へと向かって行く。

 その後ろ姿はまるで子供みたい。ちょっと小走りになりつつも、楽しそうにはしゃいでいる姿は普段のおとなしい様相からは考えられないよ。



「ま、待ってよ! 春森!」



 対して、オレはその姿を追っていくのが精一杯。

 こんなにも楽しそうにされると、今日のデートを計画して正確だったなって思う。

 なにより、今日はふたりとっての初デートだもの。そりゃあ、気合い入れてなにかしたいって思うのが普通じゃん?

 だから、劇場の座席に着いた瞬間から映画が始まるのが待ち遠しかった。

 待っている間、オレたちは楽しくおしゃべりした。



「映画、楽しみだね」

「……うん。今日は春森と来られてよかったよ」

「私の方こそ、連れてきてくれてありがとね」

「いえいえ、どういたしまして」

「ところで三田村君」



 と、突然春森が別の話題を切り出す。



「もしも、女の子の秘密をひとつだけ知ることができたら……キミならどうしたい?」

 それは、突拍子もない一言。



 当然、オレは呆気にとられちまった。だって、女の子の秘密だなんて、いったいどんなモノを想像すればいいんだ?



「それを聞いてどうするの?」

「いいから、いいから――早く答えて」

「うーん、そうだなぁ~内容にもよるかな?」

「どうして?」

「だって、事と状況次第では深刻なことだってあるでしょ? もし春森の身に危険なことが及んでるなら、オレは正義のヒーローにだってなってみせるよ」



 それが男ってもんだろ?

 映画じゃないけど、もしそういうことがあったら守ってあげたいってのが彼氏としての心情ってもんだろ。


 ……って、あれ? 春森が完全に固まってる?



「春森?」

「…………」

「おーい、春森さん?」

「――あ、ゴメン……。そんなこと言われるなんて思ってもみなかったから」

「え? いまの発言、そんなにヘンだった?」

「ううん、ヘンじゃないよ。むしろ、カッコイイと思う」

「そ、そう……?」



 なんか面と向かって言われると照れくさい。

 しかも、春森はオレの一言を聞いてか笑ってて、こっちは返された言葉で恥ずかしがってる。

 なにこれ? おかしな状況――でも、カップルだって感があっていいなあ。



「ねえ、そのうち三田村君に見てもらいたいものがあるんだけどいいかな?」

「えっ? あ、うん……別にいいよ」

「じゃあ、そのときが来たら教えるね」



 と、言い含めるようなことを口にされる。

 それがなんだか喉の奥で引っかかったみたいで気になったけど、途端に劇場内が暗転してそれどころじゃなくなってしまった。



「映画始まるよ?」



 春森のその一言を単に発して、オレたちは映画を楽しむことにした。

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