勇者科でたての40代は使えない 【ファーストシーズン完結】

重土 浄

第一話 池袋駅 「おじさん、若者たちの窮地を救う」

1 【第一話 開始】



 新宿発池袋行きの山手線の車内には武装した若者たちしか乗っていなかった。


 日はまさに暮れようとする時間。列車の進行方向左手の車窓には、壁面を赤く照らされたビルが流れていく。どの建物も半壊状態、窓も壁も崩れ落ち、穴だらけのチーズのようだ。山手線の線路の西側は赤い廃墟があるのみだ。


 振り返って右手の車窓には、真っ暗な影だけが見えている。西日も差し込めぬ超巨大なクレーター。


 そのへりの際を山手線は走っている。


 窓からみえる光景はシンプルな図形だ。窓の下半分がクレーターの黒、上半分は夕焼けから夜の間を進むグラデーション、黄昏の色だ。その二分割の間に一本の線のように茜色が走る。はるか彼方の千葉県側の断崖が夕日を反射しているのが見えているのだ。


 巨大な、人には地平線としか認識できないほどの巨大な穴。沈没し生命を失った東京都心のキワを山手線が走っていた。


 冒険者達を乗せて。


 電車内に客はまばらで。それぞれが揺れる電車の中で到着までの僅かな時間を持て余していた。端末をいじり情報を漁る者、古びた文庫本を読む者、ただ微睡む者。だが全ての乗客が若者で全ての乗客が鎧を着、武器を傍らに備えていた。


 大剣を、まるでギターケースのように抱えてまどろむ男。


 弓を手荷物の一つとして棚の上に置いて談笑する少女。


 大きな盾を座席の隅に立てかけて、揺れで倒れるたびに戻す少年。


 若者たちは武装はしているが、みな普通の乗客として電車を利用していた。


 


その車内に緊張感を持ちピリピリとした空気を周辺に撒き散らす一団があった。


 男一人、女三人のパーティー。全員若く、二十歳前後といった感じだ。頼りなさを若さと勢いだけでカバーしようとする人種、そんなどこにでもいそうな若者たち。


 ただ、彼らだけは他の乗客と違い、緩みがなかった。まさにこれから戦いに向かう緊張感を発していた。


 二つのつり革に両手を突っ込みながら若い男が言う。


 「やっぱりまずいよ、姉ちゃん。時間を使いすぎた。今からいっても本当に間に合うかどうか、ギリギリだと思うんだ」


 姉と言われた女は座席で前腕の裏に装着した電子端末をいじりながら答える。


 「うるさいジンク。いまさら言わないでよ。装備も備蓄も尽きたあの状態じゃ撤退しか選択肢はなかったし、リザレクションのタイムリミットから言ってもまだ十分余裕があるはずだから。あなたは私の指示に従って行動すればいいの。今は…私がリーダーなんだから」


 言葉では問題ないと言っているが、発声した段階で焦りという音に微妙に変化していた。特に「リーダー」という言葉の自信のなさは顕著であった。


 彼女の隣に座る歳上の女性がも、彼女のフォローに回った。


 「でも、こうして装備を再準備出来たし、スケジュールだって、行って、回収して、帰ってきても、リザレクションの限界時間に間に合うってのはわかってるんだし、焦んなきゃ大丈夫」


 「スケジュールって言ったって、あのクモ野郎を倒す時間がどうなるかわかんないじゃないですか、ほんとに上手くいくかなんて…」


 男の返答は姉と呼んだ女にしたものと比べると、だいぶ弱い口調になっていた。姉以外のの異性には態度が弱くなるようだ。。


 そんな”弟クン”をさらに気遣うって年上の女が言う。


 「それに、ギルドに派遣を頼んで一人用意したじゃない。今回はお金かけてるから大丈夫!」


 「派遣かぁ…」


 それには隣りに座っていた姉の方がため息を漏らした。


 今回、四人だけでダンジョンに潜るのはさすがに厳しいとの意見がパーティーメンバー内で上がったため、今回に限りとギルドに派遣の冒険者を送ってもらうことにした。


 当日の急な要請で依頼料が割高になるうえ、その送られてくる人材の選択の権利がこちらに与えられなかった。


 誰かもわかないギルドが用意した人材を、そのままパーティに迎え入れなければいけないという不安がある。


 さらに言えば、パーティーでの行動が必須な冒険者という職業でありながら、派遣として生活しているということは、もれなくはぐれ者、一匹狼、嫌われ者、異端者のどれか、という印象が若い彼らにはあり、本来なら付き合いたくない類の人種がやってくるのではないかという心配があった。


 話していた三人共に、今回参加することになっている派遣冒険者に対して不安があるようだ。姉は腕についた端末を操作しギルドから送られてきた派遣冒険者の履歴書を見る。


 「この人、一年くらい前に、予備校の勇者科出てるんだよね…」


 「う…大丈夫、それ?」


 弟が不安の声を上がる。それも無理からぬことだ。


 冒険者予備校の勇者科卒、それは使えない奴の代名詞。


 画面を覗き込み三人とも同じ様に顔が曇る。


 いくら時間がなかったとはいえ。


 いくら予算がなかったとはいえ。


 もう少しまともな奴を送ってこいよ、と彼らも所属する冒険者ギルドへの不満が口から出る。こっちは救助ミッションだから頼んだんだぞ。派遣依頼の書面だけみて適当に暇な奴に割り当てたのではないか。


 この先、彼らが行う予定の「彼らのパーティーのリーダーをダンジョン奥底から救出する」作戦は、開始前にすでに暗雲が立ちこめ始めていた。


 彼女ら三人の向かいに一人座る、最後のパーティーメンバーは長身の美しい女性であった。彼女は話に参加することなく一人静けさを保っていたが、その眉根は山を作り、口も苛立ちに歪んでいた。内心、彼女も焦りを感じていたが、それを外部に漏らさないように努めていた。


 


 電車は速度を落とし、車内に車掌のアナウンスが響く。


 「次は池袋~池袋~」


 車内の半数の冒険者が動き出す。棚に乗せてあったバックパックをおろし。立て掛けてあった武器の入ったケースを持ち上げる。


 四人の目的地もここだ。荷物をそれぞれに持ち、電車の扉の前に並ぶ。


 それぞれが長物の武器を背負い、上着の下に鎧を着込んでいた。目線なは前だけを見てゆっくりと流れる駅のホームを睨みつけたいた。


 アナウンスが続く。


 「池袋~池袋ダンジョン入り口~、停車する際に車両が揺れますのでご注意ください」




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