これは、家族に出会う話

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山での暮らし

00 - おはようはナイフとともに

 ぽい、と綺麗な弧を描いて山菜を籠に放り込み、少年はふと顔を上げた。空はすでに白み始めており、ややもするとこの辺りにも日が差してくる頃合いだ。


――しまった、熱中し過ぎた。


 慌てて籠を拾い上げ、彼は道もない中を迷わず歩き出した。歩きにくいはずの山をすいすい進み、沢を飛び越え、茂みを上手に回避する。ついつい山菜採りに興が乗って、普段より時間をかけてしまっていた。迷いはしないがいつもの採取地からも外れていて、帰るのにも時間がかかる。


――怒られなければいいんだけど。


 怖くはないが、淡々と悪かった点を指摘され、次回以降どう改善するのか、自身で検討させられるというのは、少年にとってはきつい時間である。できれば回避したい。


 心持ち足を速め、ようやく見えてきた家を前にして立ち止まり、彼は中の気配を探った。まだ起きていなさそうな気がする。よかった。

 そっと中に入って台所に向かい、採ってきた山菜を水で洗う。軽く茹でてから刻み、昨日のスープの中に追加して味を調え、皿によそった。たぶん、美味しいはず。それから硬パンを取り出して少し湿らせ、火に当てる。少しでも柔らかくしたいのだが、なかなかいい方法が見つからない。昔もらったふわふわのパンみたいになってほしいのだが、硬パンでは難しいだろうか。

 今日の挑戦もうまくいかず、少年は肩を落としてパンを食卓に乗せた。ただの硬パンよりはいくらか、ほんの少しは柔らかいはずだから、良しとしよう。スプーンを取り出して並べてから、いつもとの違いに気づいて首を傾げる。

 まだ起きてこない。

 昨日も普段と変わらない暮らしをして、普段と同じように寝たはずなのだが、もしかして、自分が寝ている間に何かあったのだろうか。不安になって眉尻を下げ、彼が寝ているはずの部屋に向かう。

 こんこんとノックをして声をかけてみる。


「イケ、朝だよ」


 返事がない。自分が寝ている間に出かける時は、それとわかる合図を残してくれているので、今日はまだ家にいるはずだ。

 ますます不安が募り、少し悩んでから、言い付けを破ってドアを開ける。それから大人しくその場で動かなかった。

 声がかけられるまでに動いたら、死んでしまう。


「…………ユキ」

「おはよう、イケ」


 首筋に当てられた刃がそろそろと下ろされる。気づかわしげに青年の手が首に触れ、それから大きなため息が聞こえる。


「……返事がない限り開けるなと、言っただろう」


 手に持っていたナイフを鞘に納めると、青年はそれをベッドに投げた。カーテンすら開けられていないが、朝の陽ざしのおかげで部屋の中は少し明るい。


「ごめんなさい」


 言い付けを破ったのはユキだ。素直に謝った。

 謝ったのに、またため息が聞こえてくる。


「……悪かった」


 イケはほとんど無表情に近かったが、ユキは辛そうな声音を正確に読み取った。ただ、発するべき台詞が思いつかないから、にこりと笑って彼を見上げる。


「朝ごはんできてるよ。顔洗ってきて」


 青年の顔が歪む。ユキはかけるべき言葉が見つからない。

そんな顔してほしくないんだけどな、と思いながらにこにこしているうちに、イケの方が折り合いをつけたのか、ため息をついてユキの横をすり抜けた。


「冷めちゃうから、急いでね」

「ああ」


 返事が聞こえ、ユキは急いで食卓に戻って、スープ皿に布巾をかけて悪あがきをした。

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