第28話 天音はそこに

 全く信じられなかった。

「加奈のお姉さんが……あの天音だと……?」

 確認にため、加奈の方を見た。

「加奈……フルネームは……?」

「天音加奈です」

 あまりの衝撃に、すぐに次の言葉が浮かんでこなかった。


 あいつと加奈が姉妹だったなんて。

 言われてみれば似てなくもないが、噂に聞いていたストイックな完璧お姉さんが、あの正義心に狂った馬鹿だったなんて。

「信じらんねぇ……けど、加奈が言うなら本当だしな……」

「うん、加奈ちゃんもだけど、私も言ったんだからその時点で信じてほしかったな」

 高梨が加奈の頬を揉みながら溜息を吐く。

「で、それを確認するためだけにわざわざ戻ってきたの?」

「いや、そうじゃないんだ」

「お姉ちゃんが、男の人たちに連れていかれちゃったのです!」

 加奈が高梨に伝える。頬を揉む手を緩めて、私の方を見た。

「どういうこと?」

「簡単にいえば、不良に誘拐された。どこか心当たりないか? 不良の巣があるとか、どこかで変な集会が開かれてるとか」

「う~ん。そういう情報はそもそも興味無いからなぁ……」

 パーカーのポケットからスマホを取り出し、連絡先を眺めた。

「駄目だ、高校に入ってから誰とも連絡先を交換してないや」

「使えねぇな!」

「猪川さんの方は、そういう情報を持つ友達はいなかったの?」

「友達はいなかった」

「『友達自体』なのか『情報を持つ友達』なのか、どっちがいなかったの?」

「殺すぞ貴様」

「猪川さんって、怖いから友達いなくてもおかしくないよ! 大丈夫!」

 怖いと思っている相手に言う言葉じゃないだろ。


「くそ……高梨も心当たりが無いなんて、どうすりゃいいんだよ……!」

 しらみつぶしに町を探すか? そんなことをしている時間はきっと無い。

 加奈の家にいた雑魚が言っていた『お楽しみ会』とやらが近々行われるのなら、悠長に探している時間は無いんだ。

「奏良お姉ちゃん……どうしよう……」

 不安そうな目で加奈が私の服の裾を摘まむ。せっかく頼りにしてくれているのに、これ以上悲しませたくない。

「おい、高梨! どうにか出来ないのかよ!」

「どうにかって言っても……まぁ賭けになるけど……」

 高梨が渋々スマホを操作し、悩みながら番号を打っていった。

「どこに電話するんだ?」

「どこだろうね」

「どこだろうね……?」

 高梨の言動が理解できない。何を言ってるんだ、こいつは。


 そのまま番号を押し、呼び出し音が流れるのを確認して、相手の返事を待った。

「だから、誰に電話してるんだよ」

「分かんない」

 …………病気か、こいつ?


 すると、呼び出し音が止まった。

『はい、もしもし……』

「初めまして! どちら様ですか?」

「高梨……?」

 あろうことか、自分から電話しておいて何を言ってるんだ?

『え……いや、そちらこそどなたですか? 僕の携帯に登録された番号ではないようなのですが……』

「私は高梨と言います。関ヶ原高校一年、高梨雀です」

『え、高梨さん? な、なんで僕の携帯の番号を知ってるの……?』

 電話の向こうの人物が慌てていた。だが、声色から知り合いのようだ。

「そちらはどなたですか?」

『え……津田ですけど……』

「おぉ、津田君!? やった!」

 高梨は跳んで喜び、そのままスマホを私に渡してくれた。

「はいどうぞ!」

「待て待て、誰だよ津田って」

「猪川さんが陰キャ呼ばわりしてる男の子だよ」

「あいつか」

 高梨からスマホを受け取り、すぐに津田と話した。

「もしもし、津田か? 私だ、猪川だ」

「猪川さん!? どうしたの……?」

「単刀直入に聞く。天音は見なかったか?」

「天音さん?」

 津田は少し考えてから、弱弱しく答えた。

「いや、僕もさっき病院から出た所だからね」

「くそっ、役に立たねぇ奴だな!」

「ご、ごめん……」

 もどかしさで悪態をつく私に、加奈がつんつんとつついてきた。

「奏良お姉ちゃん」

「ん? どうした?」

 なぜか不機嫌そうだ。

「電話の向こうの人に失礼ですよ? あんまり悪い言葉は良くないのです」

「…………ごめんなさい」

 加奈に叱られると、異常なほどに罪悪感を感じてしまう。苦虫を何匹も噛み潰した顔をしているのを、高梨に見られた。めちゃくちゃニヤニヤしている。

「なんだよ……」

「ううん。面白いなって」

 この事件が解決したら一発殴ってもいいだろうか。


『もしもし、猪川さん?』

 電話の向こうの津田が何か話している。

「あぁ、すまん。こっちの話だ」

『もしかして、天音さんがどこか行っちゃったの? それなら、僕も一緒に探すよ』

「それはありがたいが、悠長なことをしてられる状況でもないんだ」

『そうだね。なんか……いつもより柄の悪い人が多いんだよ、今日』

 津田が声を抑えて話した。近くに誰かいるのだろうか。

「柄の悪い奴が多い?」

『うん、僕の周りにもちらほら……。今学校の前を通ってたんだけど、やたら出入りしてるんだよ……こんな時間におかしいよね……』

「学校って、関ヶ原高校ってことだよな?」

『うん、なんか、数十人はいるかも……集会でもあるのかな……』

「ナイスだ陰キャ! お前は今日から津田だ!」

 返事を待たずにスマホを切り、高梨に返した。

「天音は学校にいる! 黒幕もそこだろう」

「なんか壮絶な話になってるみたいだね。失礼ながらワクワクしてきたよ」

「ったく、あいつの電話番号を知ってるなら、さっさとかけてくれりゃ良かったのに。こっちは急いでんだから」

「いや~津田君の電話番号、知らなかったから責任持てないじゃん?」

 スマホをポケットに直しながら、少し照れ臭そうに笑っていた。

「知らなかった?」

「うん。適当に番号を押したら、たまたま繋がった」

「…………」

 うん、まぁ、なんか高梨ならそれくらいしそうだわ。

「ともかく助かった。じゃあな」

「え、待ってよ。ここまで話をしておいて、置いていくつもりなの?」

 高梨は適当に履いていたサンダルをスニーカーに履き替え、ついてくる準備を始めた。

「待て待て、今から不良の巣窟に行くんだぞ。お前なんかが来ても邪魔になるだけだ。大人しく家にいろ」

「私はあくまで加奈ちゃんの護衛に行きたいんだよ。猪川さんの様子だと、加奈ちゃんを人質にでも取られたら服すら脱ぎかねないくらいの勢いなんだもん。そっち方面の援護、欲しくない?」

「舐めんな。私が加奈に指一本も触れさせるわけねえだろ」

「いやいや、猪川さんも私を舐めないでもらえるかな?」

 高梨は、その時初めて私に見せた表情をした。


 その目は、怒っていた。

「友達が危険なんでしょ? 体、張らせてよ」

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