第10話 甘い甘い

 先生から聞いた住所へ向かうために、バスで少し揺られ、どんどん知らない風景へ進んでいく。

 私の家より少し遠いだろうか。

 この時間は、朝や帰りと違って人が少なくてのんびり出来る。嬉しい。


 あんまりのんびりしすぎて、一度通り過ぎてしまったので時間が少しかかったが、何とか教えられたバス停に到着出来た。

「えと、天音さんの家は、と……」

 スマホに送られた、天音さんの住所を検索し、マップに映し出す。さほど遠くない。

 ゆっくりと歩を進める。自転車ですれ違う男性、信号待ちしているおばさん、飼い犬に引っ張られる主婦。全てが日常で、落ち着いていた。

「平日の昼間は平和だなぁ」

 こんな所で急に叫んだら、みんな驚くのかな。たまにそんなことを考えてしまう。

 やらないけどね。


 たまに、すれちがう人が私の方を見てきた。最初は何事かと思ったが、お昼に制服で歩けば、そりゃ気にもなるだろう。少しだけ、歩調を早めた。


「着いた~。ここか!」

 少し歩いて、ようやく天音さんの住所に辿り着いた。少し大きめの、二階建ての家。入り口にはウェルカムボードが下がってあり、足元には可愛い赤い花がお店のように並んでいた。これはスイートピーかな? 小さい頃、食べたことある気がする。そしてお腹を壊した気がする。

 さっそくインターホンを押す。家の中から、チャイム音が聞こえた。

 その後、足音が聞こえた。小さな足音は、どんどんと大きくなり、玄関の鍵を開けた。


 そして、1人の少女が出てきた。

「あれ? 天音さん、小さくなった?」

 出てきた少女は、私が知っている天音さんとは違う人に見える。私より背が高かったはずなのに、今では私より一回り小さいし、何より髪の毛が短い。ロングヘアだった天音さんは、首に掛かるほどの長さの髪をサイドテールにしていた。

「まぁ、風邪ひいてるからかな?」

 風邪を引いたら弱る。それで背も縮んだんだろう。うんうん。

 私は納得したが、天音さんは首を横にぶんぶん振っていた。サイドテールが振り回されている。

「私は、天音です!」

「うん。知ってるよ。風邪ひいたんだってね~びっくりしたよ!」

「それは私ではありません!」

「え? でも、天音さんでしょ?」

「私は天音ですが、違います!」

 …………えと?

 脳内が混乱していく。何を言ってるんだ、天音さんは。

 ゲシュタルト崩壊していく音が聞こえてくる。トン、トン、トン……違う、これは足音?

「…………玄関で何をしているのですか、あなたたちは……」

 玄関の奥で、冷えピタを貼った天音さんが現れた。こっちは見慣れている天音さんだ。クマの顔がプリントされたパジャマがダサくて可愛い。

「あ、本物だ~」

「偽物ではありません! 私も天音です!」

「えと……静かにしてもらえます? 頭に響くので……」

 本物の天音さんが言うことに甘えて、家に上がらせてもらうことになった。



「天音さん、妹ちゃんがいるんだね~」

「えぇ。天音加奈と言います」

「てっきり天音さんが小さくなったのかと思ったよ~」

「もっと他に選択肢は無かったのですか……?」

 天音さんはベッドに腰掛け、少しきつそうに話してくれた。声の節々に辛さが見える。

「寝込んでるときにごめんね~。先生からプリントを頼まれていたから、それを届けに来たの!」

「ありがとうございます。それは助かります。あとで確認するので、机の上に置いておいてください」

「おっけ~」

 言われた通りに、部屋の隅にある勉強机に載せた。その下に、例の置手紙も。

「綺麗に使ってるね~。整頓もされてるし、教科書も綺麗に並んでるし」

「はい、たのもしいです」

 え、たのもしいって何が?

 振り返ると、天音さんの表情がより辛そうになっていた。会話がはっきりしてないのも、そのせいだろう。

「ほら、まだキツいんだったら早く寝ないと! 私はもう帰るね!!」

「あの……お気遣いは有難いのですが、もう少し声を小さく……」

「静かにしてて! 病人なんだから!」

 何か言いたげな天音さんを布団に寝かせ、そっと布団をかけてあげる。

「じゃあね、早く治すんだよ!」

 天音さんの返事を聞く前に、私は天音さんの部屋を飛び出した。

 部屋を出ると、少しだけ気温が下がって感じた。その涼しさが心地よい。

 玄関まで向かうと、他の部屋からテレビの音がした。妹ちゃんがいるのかな。

「…………」

 帰るのを思いとどまり、そのテレビの部屋に向かった。

 ドアを開けると、ドラマを見ていた妹ちゃんが驚きのあまり飛び上がった。

「な、なんですか!?」

「一緒にコンビニ行かない?」

「な、なんで!?」

「理由は特にないけど、アイスを奢るよ?」

「え……行く……」

 ちょっと可愛すぎて笑いそうになった。



「妹ちゃんは、今何年生なの?」

「三年生です」

「小三か~」

「中三です!」

 妹ちゃんのほっぺが膨らんだ。仕草も小学生みたいだ。

「そうなんだね~全然見えないや!」

 軽く肩を殴られた。ビックリするほど痛くない。

「こう見えても私、学年でトップ3に入る学力の持ち主なんですよ!」

「おぉ、じゃあナンバーワンを目指さないとね~」

「少しは褒めてくれたって良いじゃないですか……!」

「妹ちゃんならナンバーワンが目指せるよ。だから、それまで褒めるのはお預け。ここで満足されちゃ、勿体ないからね!」

 妹ちゃんは、馬鹿にされたのか応援されたのか分からなくなって首を傾げていた。

「妹ちゃん、苦手科目は国語でしょ。読解力」

「な、なんで分かるんですか!?」

「適当に言ったら当たっただけだよ。自分でも驚いてる」

 また肩を殴られた。ポフッて音がしそうなパンチだった。

 

 コンビニでアイスを買い、近くの公園のベンチに座った。

 遠くの砂場では、小さい子を連れたお母さんたちが遊んでいる。みんな、一心不乱に砂を掘って楽しそうだ。私にもあったな、無心で穴を掘ってた時期が。先月。

「はい、これ妹ちゃんの分ね。袋に入っているのは、お姉ちゃんの分だから持って帰って」

 コンビニの袋に入ったアイスを妹ちゃんに渡した。

「ありがとうございます!」

 お礼を言うのと同時に、自分のバニラアイスクリームを一口食べた。その甘さに唸りながら、本当に幸せそうに飲み込んだ。

「美味しいです!!」

「美味しそうに食べるなぁ……」

 私も同じの買えば良かった。チョコモナカじゃなくて。

「えと、凄く今更なのですが、お名前はなんと呼べばいいですか?」

「私は高梨雀。高梨さんで良いよ~」

「高梨さんは、どうしてうちに来たのです?」

「それは、天音さんにプリントを届けに来たんだよ~」

「私に?」

 どうしてそう思うのだろう?

「お姉ちゃんに、ね」

「なるほど」

「学校で先生に渡してほしいって言われたから、来ちゃった!」

「でも、この時間は学校では?」

 あ~チョコモナカ美味しいな~。

「もしかして、学校抜けてきたんですか!?」

「…………アイスを食べたよね? もう共犯なのだよ、これは」

「__! 謀りましたね!!」

 咄嗟にアイスを放り投げようとして、思いとどまり、苦悶の表情でまた一口舐めた。

 表情が一気に緩和する。

「ま、まぁ? 今回は重要なプリントを届けてくれたのでしょうから許しますけどね!」

「ありがたき幸せ~!」

 アイスって凄いな。人をここまで掌握できるのか。

 でも、ちょっとおバカな部分が見受けられるがしっかりした子だ。悪い子ではない。ちょっと変わっているが、しっかり芯を持っていそうなところは、姉妹なんだな。

「私は一人っ子だから、妹ちゃんみたいな弟が欲しかったな~」

「私みたいな弟?」

「うん。弟がいいな。妹だと、色々と口うるさそう」

「それ遠回しに私を馬鹿にしてませんか……?」

「してないしてない! アイス美味しい?」

「美味しいです~」

 女兄弟は大変だって友達から聞いているからそう思っただけなのだが、こんな妹なら本当に欲しいかもしれない。


 それからも二人で雑談をし、私は最後の一口を頬張った。

「さて、帰ろっかな」

「もうですか?」

 少し寂しそうな声で聞いてきた。可愛いな。

「うん。それに、妹ちゃんもお姉ちゃんが心配でしょ? 早く戻ってあげないと!」

「はい……分かりました!」

 妹ちゃんは立ち上がると、私に軽くお辞儀をした。

「アイス、ありがとうございました! 美味しかったです!」

「喜んでくれて良かったよ! 今度は私のうちに遊びにおいで! もっと美味しいの食べさせてあげるから!」

 うちのパフェを食べたら、妹ちゃんは失神するかもしれない。恍惚な笑みを浮かべて。

「楽しみにしてますね! では!」

 大きく手を振り、そのまま家に走っていった。元気な子だなぁ。

 時間は、まだ五限目が終わった頃。戻れば六時限目に間に合う。

「ま、戻る気は無いけどね~。かーえろっと!」

 学校に間に合うのに戻らないなんて! と妹ちゃんに聞かれていたら怒られていたかもしれないが、帰りたくないものは帰りたくないのだ。

 鼻歌を歌いながら、近くのバス停へとのんびり向かうことにした。


 そういえば、平日なのにどうして妹ちゃんは家にいたんだろう……?

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