第5話 甘いもの好き

 華々しい高校生活は、あまり輝かしいものではありませんでした。

 本来予定されていた入学式は直前で中止になり、自己紹介をしたホームルームの後、そのまま放課後ということになりました。

 噂では、他のクラスで暴動が起きたとか、上級生の反乱が起きたとか。この高校は内戦でも行われているのでしょうか。

 入学式は想い出にもなりますし、何より立志式にもなりうるので、叶うことならしたかったです。


「帰ろ、天音ちゃん! 美味しいデザートが食べられるお店を知ってるんだ!!」

 早々に高梨さんが話しかけてくれました。まだ初日ということもあり、宿題は出ませんでした。教科書も後日配布ということで、今日は勉強のことは考えずに遊べます。

「えぇ、行きたいです」

 私は簡単に帰り支度を済ませました。

 ふと津田さんに目を向けると、彼は何かスマホをいじっていました。前かがみになり、より表情が見えにくくなっています。

「津田さんは帰らないのですか?」

「うん、どうせ帰っても暇だし……ゲームしてから帰ろうかなって」

「じゃあ一緒にデザート食べに行こう!!」

 高梨さんが提案しました。

「え…………僕が女子と!?」

 椅子から落ちそうなくらいに驚き、津田さんが顔を上げました。前髪が一瞬上がり、案外整っていた顔が見えました。

「うん! 人数は多い方が楽しいよ!」

「で、でも……」

 嫌がってる感じではありませんでしたが、気まずそうに私にチラリと視線を向けてきました。

「女の子の遊びに男が混ざっても、邪魔にならない……?」

「いえ、私も津田さんと仲良くなりたいと思っておりました。せっかくですし、御一緒してくれませんか?」

「あ、もしかして女の子とまともに遊んだことない感じ? 津田くんって!!」

 あぁ、津田さんの顔が一気に真っ赤に……。

 ごめんなさい、津田さん。知っての通り、高梨さんは脊髄反射で発言するのです。

「う、うん……ごめんね」

「なんで謝るの? 私も中学の時は友達いなかったよ!」

 笑顔で高梨さんは言っていますが、発言と表情がミスマッチ過ぎでは。

「どんなことにも初めてはあるんだから! やったこと無いってのを理由にやらないのは勿体ないよ! 行こうぜ!」

 高梨さんは強引に津田さんの手を取り、私を置いて教室を駆け出してしまいました。

 私は今から、嵐のように去っていった高梨さんを追わなければいけないようです。

「ちょっと……待って……!」

 廊下の遠くで津田さんの悲痛な叫びが聞こえてきました。

「僕……鞄が教室に……!」

 それは待ってあげてください、高梨さん。



 津田さんが鞄を取りに戻り、三人でバスに揺られること数十分。少し見慣れない土地に降り立ちました。

 地元ではありましたが、この方面に出掛けることは今までなかったので、新鮮な気分です。

「こっちこっち!」

 高梨さんが元気に手を振りながら先導してくれます。

「高梨さん、元気だよね……」

「そうですね。スタミナ切れることあるのでしょうか」

 あれだけ動いても汗1つかいてないのも、もはや不気味です。

「謎が多い人です、高梨さんは」

 元気なのは大変喜ばしいことなのですが、私も津田さんもインドア派なので、少し疲れてきてしまいました……。

「高梨さん、お店まであとどれくらいですか?」

「もう着くよ! ほら、あそこ!」


 やっと辿り着いた先にあったのは、ラーメン店でした。

 一度、目を擦って改めて見てみても、ラーメン店でした。

「津田さん、あのお店、何の店に見えてますか?」

「ラーメン店だね……」

 やっぱりラーメン店でした。


「えと……私たち、デザートを食べるために来ていたのですよね……?」

「まぁまぁ、騙されたと思っておいでよ!」

 最早すでに騙されているような気もしますが、津田さんと渋々ラーメン店に入ることにしました。

 もしかしたら、見た目はこんなですが、中身は改装して可愛い内装になってたりする可能性もありますから。

 先に入ってしまった高梨さんを追い、お店のドアを開けました。


「へいらっしゃい!!」


 お店のおじさんの、気前のいい声が響きます。やっぱりラーメン店です。

「お、今日は可愛いお客さんだ! カップルかい? カップルなのかい!?」

 お店のおじさんがとても話しかけてきます。女子高生には少し辛いかもしれません。

「席空いてる~?」

 動揺している私と津田さんを尻目に、高梨さんは一切臆することなくお店のおじさんに話しかけていました。しかもタメ口です。かなりの常連客なのでしょうか。

「奥の座敷が空いてるよ! なんなら、どこもかしこも空いてるよ!」

 それは経営としてどうなのでしょうか。なぜそんなに笑顔なのでしょう。

「注文は何にするんだい!」

「いつものでお願い! 三つね!」

「お前いつも違うの注文するじゃないか!」

「じゃあ昨日食べたやつ!」

「あいよぉ!!」

 席へ移動する間、高梨さんが注文まで全て行ってくれました。

「有難う御座います。こういったお店は私、あまり行かないので勝手が分からず……」

「良いの良いの! 私にお任せ!」

 自信満々に胸を叩きました。心強いです。もうデザートは諦めました。

「でも……ここデザート屋さんじゃないよね?」

「うん、ラーメン屋さん」

「あ、そうだよね、やっぱ……」

 津田さんが諦めたように相槌を打っていました。気持ちが手に取るように分かります。

「まぁまぁ、騙されたと思ってさ!」

「完全に騙されてますよね、私達」

 もうここまでされたら何が来ても動じない自信が湧いてきますよ。


「へいおまちぃ!!」


 お手拭きで手を拭いていたら、もう注文の品が届きました。まだ着席して2分とかなのに。

「『ミルクチョコレートフランデルタパフェ~春風に火照る体を冷まさせて~』でございまぁぁす!!」

 頭がバグりそうになってきました。


 いかにもラーメン屋なお店で、いかにもラーメン屋なおじさんが、東京でも流行りそうな豪華なチョコパフェを運んできました。

 見るだけでワクワクするような大きさで、カップの中はシリアルとバニラアイスとチョコソースが何十層にも重なり、その上に、綺麗に渦巻いた生クリームがそびえたっています。周りに刺さっているクッキーもお手製なのでしょう。手書きのクマの絵が可愛く載っています。おめめが妙にウルウルして、食べるのが少し勿体ないくらいでした。サクランボも瑞々しくて、最後に振りかけられたナッツの欠片が丁度良くパフェの雰囲気を整えていて、非の打ちどころがありません。


「高梨さん……ここって、ラーメン屋じゃ……?」

 津田さんが完全に混乱しています。私もです。

「ラーメン屋だけど、なんかラーメンよりデザート作る方が得意なんだよね~もぐもぐ」

 スプーンで豪快に掬いながら、高梨さんが答えます。さすが常連、慣れています。

「い、いただきます」

 私もスプーンを手に取り、生クリームから一口……。

「ふわぁぁ……」

 私は初めて、美味しくて声が洩れました。甘いだけじゃない、スッキリとした美味しさと、ふわっふわな食感が今まで食べてきたものと比べ物にならないレベルの代物です。これは美味しい。美味しすぎます。

「うわ、美味しい……凄いね、ここ!」

 津田さんが、少し声が大きくなってました。これはかなりの衝撃的美味さです。

「へっへ~ん、どうよ!」

 自分のオススメが喜ばれ、鼻高々になりながら高梨さんは頬にクリームをつけていました。

「私のお父さんが作るデザートは世界一なのさ!! どやっ!!」

「ならお店の外観も変えれば流行りそうなのに、勿体ないですね」

 もぐもぐ……。


「え、お父さん!?」

 つい敬語ではなく普通に聞いてしまいました。

「うん、お父さん。言ってなかったっけ? ここ、私の家だよ」

 正しくは2階が家だな、とお店のおじさんが遠くで訂正しました。

「言っていませんよ!?」

「ぼ、僕、女の子の家に来たの初めてなんだけど……!」

 津田さんが顔を真っ赤にしています。気にするとこ、そこなのですね。

「まぁまぁ、でも美味しいでしょ? 美味しければ問題ないっしょ!!」

 まるでハムスターのようにパフェを頬張る高梨さんが幸せそうな顔をしているので、何も言い返せませんでした。

 確かに、美味しければ幸せな気持ちになってくるし、問題ないのかもしれませんね。

「近所じゃ意外と人気のお店なんだよ~。おじさんよりも学生が多いお店」

「完全にラーメン屋としての認識が薄れていますね、すでに」

 今度ラーメンも食べてみるのも良いかもしれません。気になりますし。ただ、今日はもうお腹いっぱいになるので、またの機会に。


 店の扉が開きました。

「へいらっしゃぁい!!!」

 高梨さんのお父さんが、威勢良く叫びます。

「お嬢さん、いつもありがとね! いつもの席、空いてるよ!」

 いつもの。ここは常連が多いのですね。

「常連が多いお店って、良いお店ですよね」

「うん……美味しいし、僕もこのお店好きかも」

「えへへ~ありがと!」

 すでに嬉しそうな顔が、さらに嬉しそうになりながら体を揺らして喜んでいます。可愛い仕草に、津田さんが少し恥ずかしそうに見ていました。おやおや。


「そこの女の子も、いつも来てくれてありがとね!!」

 あまりに嬉しくてテンションが上がったのか、今来た女の子にも高梨さんは声をかけました。

 いきなり声をかけられ、遠くに座ろうとしていた女の子がチラリとこちらに寄ってきます。


 そこにいたのは、猪川さんでした。


「…………甘いの好きなの?」

「うるせぇ!!」

 猪川さんは顔を真っ赤にして出て行ってしまいました。

 高梨さんのお父さんが、焼き立てのパンケーキを手に、あわあわしていました。

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