第2話「ホワイト企業」

「おい……おい!!」


 んぅ……なんだよ……。


「大丈夫か?」

「あ……はい……」


 そうか、道端で倒れてたのか。

 くっ、頭痛いっ……。


「酔っぱらうのも良いが、ほどほどにしろよ」


 そう言って声をかけてくれた男性は去って行った。

 こんな世界でも、親切な人はいるんだな……。


 異世界か……過労死して転生した先がファンタジーだったなんて……あれ? ここどこだっけ?


 だめだ。頭が混乱している。


 今の俺エレンと、前世の男としての記憶がごっちゃになってパニックだ……。


 俺はあくまでも【雑用】ジョブ持ちのエレン。


 クランをクビになり、恋人を寝取られ、最悪な前世の記憶を思い出したエレンだ。くうっっ、泣きたい!


「なんて日だっっ!!」


 思わず叫んでしまった。

 俺は好奇の目を浴びながら宛もなく歩いた。


 所持金は銀貨1枚と銅貨5枚。

 宿屋に泊まるには銅貨3枚必要だから大体5日分か。


 食費を抜いたらせいぜい4日分。

 それまでに金を稼がさないと……。


 泊まり込みの仕事でも探すか?

 いやいや、俺は腐っても冒険者。

 クエストをこなして稼げば良いんだ!



 そう思ってギルドに来たのは良いが……。


「俺が出来るクエストこれだけ?」


 掲示板に貼り出されていたクエストは、モンスター討伐系、護衛系、採取系。


 戦闘なんか出来ない俺がこなせるクエストと言えば、採取系に限られる。


 その採取系でも、


『ダンジョンに咲く虹色の花を採取しろ』


 だの、


『魔領の森で解毒薬の材料を採取しろ』


 なんて危険そうなものばかり。

 俺が唯一出来るものと言えば、


『周辺に生える下級ポーションの材料"しなしな草"を摘んでこい』


 というクエストだけだ。

 しかも『しなしな草』5つにつき鉄貨1枚。


 それでやっと果物1つでも買えるぐらい。こんなの、他のクエストのついでに受けるような類い。だが、


「すいません……このクエスト受けます」


 背に腹は変えられない。


「あ、こちらは物と一緒に持って来て下さい。特に受領するようなクエストではありませんので」

「で、ですよねっっ」


 恥かいた。受付嬢に笑われた気がする。いや、多分新人だと思われて"ほっこり"されただけだと思っておこう。


 次の日――


 宿屋で一泊した俺は、さっそく『しなしな草』の採取に向かった。


 壁に覆われた"首都デサイア"の外へ一歩踏み出すと、一面の平原が広がっている。


 とりあえず弱いモンスターしか出ない近場で採取しよう。


「お、さっそく発見」


 葉っぱがしなしなになっているから『しなしな草』

 分かりやすくて助かる。


 俺はただひたすらに『しなしな草』を集め出した。

 しかしあれだ。俺はこんな事ばかりしている気がする。


 前世も含めてそうだが、単純作業をひたすらこなす呪いでも受けたのだろうか。

 そんな馬鹿な考えさえ浮かんでくる。



 日も暮れた頃、ようやく近場の『しなしな草』がなくなった。持ってきた袋はパンパンだ。


 袋を担いでギルドに持って行き、クエストの紙と一緒に報酬を申請した。


「お疲れ様です。『しなしな草』300個で銅貨6枚になります」

「あ、ありがとうごさいました……」


 あんなに苦労してこれだけ?

 これじゃ宿賃2日にしかならない……。


 しかも近場で取れる『しなしな草』は全て採取してしまった。後は、危険だが少し遠くに足を伸ばす……。


 いやいやダメだ!


 近場だったらスライムぐらいしか出てこないからなんとかなるが、もっと先に行けば狼型や虫型のモンスターが出現する。


 今の俺じゃ呆気なく殺されて終わりだ。


 は~、やっぱり、冒険者なんか辞めてコツコツ働こうかな……。


【雑用】なんて使えないジョブの俺は、コツコツ働く事ぐらいしか出来ない。


 なんで俺は、S級冒険者なんて夢見てたんだろ……。


『母さん。僕、母さんが読んでくれたご本に出て来る伝説の冒険者になるね!』

『そう。私は体が弱くてなれなかったけど、きっとエレンならなれるよ』


 今は亡き母さんとの、幼い頃の記憶。

 俺は大切な事を思い出した。


 前世の記憶に侵食され忘れかけていた大切な記憶。

 そして、俺の原動力となる夢を。


「まだ諦め切れない! だけど、俺1人でどうにかなるのか……はっ!!」


 そうだ。わざわざ1人でやらなくても良い。

 仲間達と共に、その夢を目指せば良いんだ。


「すいません! クランを立ち上げたいんですけど!」


 ギルドの受付嬢へと興奮気味に詰め寄ると、ひきつった顔をしながら1枚の紙を差し出された。


「こちらに設立したいクラン名をお書き下さい。登録料は金貨2枚になります」

「金貨2枚……ですか?」


「はい……こちら設立に関わる初期費用だと思っていただければ……それに、クラン税一年分も含まれております」

「そうですか……」


 クラン設立に費用がかかるなんて知らなかった。

 クラン税ってなんだよ? 会社じゃないんだからさ。


 当然、金貨2枚なんて金は持ってない。

 俺は一旦ギルドを後にし、とある所に向かった。


「すいません! これを担保にお金貸して下さい!」

「ああ、いらっしゃいませ。とりあえずお掛け下さい」


 俺が向かったのは、ギルド連盟が運営する銀行。


 冒険者ギルドや商人ギルド等の様々なギルドが存在するこの世界で、労働金庫のような役割をする銀行だ。


 金が無いなら借りれば良い。


 だが、まともな所から借りるにはそれなりの実績だったり、担保が必要。


 実績のない俺が借りるには、担保を差し出すしかない。


 だから俺は、首からかけていた紅色の宝石が付いたネックレスを担当の前に差し出した。


 このネックレスは両親からの形見。


 俺が生まれてすぐ父親が亡くなり、女で1つで育ててくれた母さん。


 その母さんも5年前に亡くなった。残ったのは、父さんからプロポーズで貰ったと自慢していたこのネックレスだけだった。


「ほう……これは"人喰い宝箱"から極たまに取れる紅色宝石ですな。中々珍しいものですよ」

「それで融資して貰えますか!?」


 ターバンを巻いた担当の男がネックレスを感心したように眺めた後、俺の方に視線を向ける。


「因みにですが、資金の使い道はなんですか?」

「クランの設立資金です」


「ほう、確かにそれは入り用ですな。クランとなれば、メンバーに固定給を払う必要もあるでしょうから」

「そ、そうですね」


 固定給の事すっかり忘れてた……。


 俺が雑用係として給料を貰っていたように、当然他のメンバーも給料を貰っていた。


 クランでの立ち位置や貢献度で金額は変わるが、全く仕事が無いときでも給料が貰えるのがクランの強みだ。


「このネックレス。というより、宝石の価値自体は金貨50枚ほどですね。あなたのこれまでの実績にもよりますが融資額は金貨50枚から――」

「金貨50枚で良いです!!」


 実績などないので食い気味に答えた。

 てか、それだけあれば十分だ。

 あんまり借りると、返すのも大変だし……。


「で、では、融資額は金貨50枚。返済期間は3年とし、完済まではこのネックレスを担保としてお預かりします。利子は……月々、銅貨五枚でどうでしょうか?」

「それでお願いします!!」


「分かりました。ご返済が3ヶ月遅れた場合は担保を売却し、ご返済に当てますが宜しいですか?」

「宜しいです!!」


 なんとか流れに乗り、クラン設立の資金を融資して貰えた。


 すまない母さん。

 絶対全額返済してネックレスは取り戻すから……。


 融資を受けた俺は、クラン創設に必要な金額の内、冒険者ギルドに払う金貨2枚を受け取って労働金庫を後にした。


 金貨50枚なんて大金、怖くて持ち運べないからな。

 残りの金貨48枚は口座を作り入金して貰った。


 口座の認証は指紋と網膜を認証出来る装置があるので心配ない。


 なんでも、【錬金術師】というジョブの持ち主が作り出した装置だとか。現代も顔負けだね。



 その後、冒険者ギルドへ戻り受付へ一直線へ向かった。


「これでクランを設立したいんですが!」


 金貨2枚を叩きつけ受付嬢の答えを待つ。


「クラン名はどうしますか?」


 あ、名前考えるの忘れてた。

 どうしようかな? どうせなら格好いいのが良いな。


【ドラゴンの鉤爪】なんてどうだ?

【聖域の黄昏】なんてのも良いな!


 いや、待てよ……クランリーダーが【雑用】ジョブなのに、そんな格好いい名前にしてどうする。


 絶対に名前負けして恥をかくだけだ。

 というか俺は、どんなクランを作りたいんだ?


 和気あいあい? 清廉托生?

 違う。そうじゃない。


 ブラック企業で散々こき使われて過労死した俺が作りたいのは……。


「クラン名は【ホワイトカンパニー】でお願いします!!」


 俺は考え出したクラン名を声高々に宣言した。


 世界一のホワイト企業ならぬ、ホワイトクランを作りたい俺の意志がこもった良い名前だと思った。


 こうして、俺の壮大な計画プランは、始まったのだ――

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