第7話 ライゼンデの旅物語

「けっきょく、何も見つからなかったね」


 次の日、倉庫をすべてあさったところで、ルーチェは言った。

 そう。また何もわからないままに終わってしまったのだ。


「しかたないよ。まだまだ時間はあるんだし」


 わたしはルーチェをはげます。


 言ってから、ニンゲンのルーチェには悪いかなと思ったけど、そういえばわたしがニンゲンじゃないことを言っていないことを思い出して、べつにいいかなと考えた。

 

「ルーチェはきのうわたしが帰った後で何か見つけた?」


「ううん、何もなかったよ」


 あの白いのはよくわからなかったけど、家にたくさんあったものだから、珍しくもなんともないんだろう。

 ルーチェに言う必要もないかな。


「じゃあ、今日はどうしようか」


 ルーチェが帰るまで、まだ時間はある。

 わたしは、ルーチェの希望を聞いてみた。


「ルーチェは何がしたい?」


「わたしがしたいこと……。うーん……」


 ルーチェはしばらく悩んだ後、何か思いついたようだった。


「あの写真の本、もっと見たい」


 そういえば、ルーチェは全部読んでないんだっけ。


「いいよ。二階にあるから、今からいこうか」


 部屋につくと、わたしは棚からあの本を出して、ベッドに広げた。


 そのまま寝そべって、本をながめる。


「ルーチェも来なよ」


 となりをたたいてルーチェをさそう。

 だけど遠慮しているのか、なかなか来てくれない。


「どうしたの?」


「だって、お母さんにダメって言われてるから。体に悪いよって」


 いくらニンゲンでもちょっとくらい良い気がするのに。

 ルーチェはまじめだなぁ。


「ルーチェ、今ここには誰がいる?」


「え? アスールだけど……」


「そう。そして、ルーチェのお母さんは今どこにいる?」


「……わたしの家」


「……つまり?」


「少しだけなら……、いいよね」


 よし、ゆうどう成功。

 ルーチェはわたしのすぐとなりに遠慮がちに寝そべる。

 

 風にのって、ルーチェの甘い香りがふわっと漂ってきた。


 わたしは思わずルーチェの体の匂いををかいだ。


「な、なに?」


 ルーチェが困惑している。


 私はルーチェの声で正気に戻った。


「ごめん。いい香りだったからつい……」


 そういうと、ルーチェは少してれた様子で笑った。


 気を取り直して、二人で本を読み進める。


「そういえば……」


 しばらくそうしていると、ルーチェがふと表紙を指差して言った。


「この、ライゼンデって誰なのかな」


 それは、この本の題名のことを言っているのだろう。

 ――『ライゼンデの旅物語』


「ルーチェは知らないの?」


「うん。聞いたことない」


 この本は、あまり有名ではないのだろうか。

 そもそもしゃしんが珍しいものだから、そうなのかもしれない。


 すこし、残念だった。

 こんないい本をみんな知らないなんて。


「この本、この人が通った順番で書いてあるのかな」


 いわれてみれば、そう見えなくもない。

 実際、それぞれの場所は道できれいにつながっていた。


「わたしたちも、どういう順番で旅するのか決めてみようか」


 ルーチェがそう提案する。

 

 旅をするのはまだまだ先になりそうだけど、考えてみるのは楽しそうだった。

 わたしはあるページを指さす。

 

「まずは、ここだよね」


 それは、『星観の塔』について書かれたページだった。


 今そらを覆っている雲の上には、星というきらきらした粒が無数に輝いているらしい。

 『星観の塔』は雲よりも高いところにあるから、夜の間はずっとその星を見ることができるのだ。

 

 わたしも、一回星を見たことがある。

 それは今でも覚えている、ずっと忘れられない光景だった。

 それがずっと見られるなんて、とてもすてきだ。


 何より、そこはここから一番近いところにあるらしい。

 旅の最初にぴったりの場所だった。


「つぎは、ここ」


 ルーチェは次のページを指さす。


 それは、『幻想庭園』。


 外から見れば荒野にあるただの霧だけど、その中には永遠に続くように思えるほど広大な花畑が広がっているという。

 すごいのは、それが幻でも何でもないことだ。

 そこにはまさしく異空間が広がっていて、どこまで歩いても終わりはない。


 ……この本の作者は危うく迷いかけるところだったらしい。

 中にはいくつかとびらがあって、そこが外とつながっているから、なんとかそれを見つけたと書いてある。

 わたしたちも気をつけよう。

 

「行きたいところがたくさんあって、先にどこ行くか中々決まらないね」


 ルーチェの言うとおりだった。

 とりあえず近いところは先に行くけど、他をどうしようか迷う。


 特に迷うのが、『世界の展望堂』。この本の最後のページに書いてある場所だった。


 そこを開いて、ため息をつく。


「どうしようかな……」


 この場所を一言で言うなら、世界を見渡せる場所だ。

 ドーム状の建物の真ん中にある機械が世界中の景色を映し出すのだ。


 これも不思議なもので、世界を一目で、それもすみずみまで見渡すことができるそうだ。

 そんなことができるのかと不思議になる。


 ……そんなところを旅の始めに見てしまっていいのだろうか。

できるなら、最後に残しておきたい場所だった。

 


「悩むけど、でもわたしは一番ここに行きたい」


 ルーチェが身を乗り出して言う。

 わたしも同じ気持ちだった。


 ここだけは、どうしても行きたい。


「でも、アスールの体がいつ治るのかはわからないから、後回しにするのはよくないと思う」


 それもそうか。ルーチェはニンゲンだから、すぐに死んじゃう。

 だから、これだけはできるだけ早く見なければいけない。


「そうだね。なら、ここを目指す道で旅しようか」


「そのほうがいいと思う」


 少しずつ、旅の予定が出来上がってきた。

 実際に旅をしているところを想像すると、ワクワクしてくる。


 この体も早く治ればいいのに……。

 



 

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