常雨の箱庭から

天片 環

1章 雨籠の中

第1話 常雨の箱庭

 いつものてんじょう。いつものベッド。

 わたしが目をさましたところは、いつもとなにもかわらない場所だった。

 分かっていたけれど、きょうもいつも通りの一日を過ごすことになるのかと思うと、気分がゆううつになる。

 

 それでもわたしは、いつもとちがう変化をきたいして、まどの外を見た。

 

 ――雨が降っていた。

 残念ながら、なんら変化のない、いつもどおりのけしきだった。

 まあ、見なくても雨音で知っていたけど。

 

 ため息をついて、ベッドからおりる。

 それから廊下に出て、今日はなにをしようか考える。


 楽しいことなんて、なにも思いつかない。

 ぜんぶのことが、あきてしまった。

 大抵のことは何回も、繰り返しやったことだから。


 本当にこまった。

 何もやりたいことがない。


 そんなことを考えながら歩いていると、不意に肩に激痛が走った。


「痛!?」


 肩を見ると、緑色になって腐っていた。


 一歩引きながらてんじょうを見上げる。

 雨漏りがあった。

 わたしの肩に雨水があたったようだ。


 急いでバケツをもってくる。

 下にできた水たまりをうっかり踏んでしまったら、また痛い目に会うから。

 雨水に当たらないよう慎重にバケツを置いた。


 この家もだいぶ古くなったから、こういう不具合が起こることも多くなった。

 石造りの家だけど、もろくなって穴が開いているところもいくつかある。

 

 金属に雨水がおちる音をせなかに聞きながら、わたしは地下へと向かった。

 さっきバケツを取りに行ったとき思いついたのだけど、今日は図書室で本でも読んでいることにした。


 二階から一階へ下りる途中、窓から中庭が見えた。

 そこには屋根がないから、雨が降りそそいでいる。


 わたしは、雨が恨めしい。

 こうして外にも出られなくて退屈な思いをしているのは、全部この雨のせいなのだ。


=====================================================


 地下の図書室には、たくさんの本が置いてある。

 ずいぶん前までは、読んだらきちんと元の場所に戻していたのだけど、途中から面倒になって、いまではあちこちに本が散らばっている。


 どの本も、もう何度も読んだから、飽きてしまった。

 だけど、あの本だけは、何回読んでもおもしろい。


 その本をみつけるため、図書室の中を探しまわる。

 本だなのほとんどは、背が足りなくて届かないから、ほとんどの本が床にある。

 そんなぐちゃぐちゃなところを探す羽目になった。


「……あった」


 そんな中から、やっと目的の本を見つけた。

 他は汚れたり破れたりしているけど、その本だけきれいなままにしておいてある。

 

 何回も何回も読んだものだから、全部覚えてしまった。

 題名は、『イデアル探偵事務所』


 名探偵イデアルが、親友のアスピラシオンと共に街でおこる事件を解決していく話だ。

 この話では、雨の日なんて一日もないのに……。


 いや、そんなことを考えていてもしょうがない。

 楽しいことを考えよう。

 

 わたしが特に好きなのは、イデアルの奴隷が罪を犯してしてしまう話だ。

 その街にはニンゲンの奴隷がたくさんいて彼もそうだったんだけど、ニンゲンをいじめる悪い奴に殺されそうになったから反撃したんだ。

 もちろん彼はそのことを話したんだけど、みんな信じない。でもイデアルは彼を信じて、見事にそれを証明した。

 その時のイデアルの言葉も好きなんだよな。


 『ニンゲンは俺たちに比べて弱いだけで、他はほとんど変わらないじゃないか。彼はとてもやさしくて、君たちなんかよりよっぽどいい奴なんだよ。僕は推理をしたんじゃない。彼を信じただけなんだ。』


 わたしはニンゲンを見たことないけど、その言葉には感動した。特にそのシーンはたくさん読み返したなぁ。


 それと、この物語全体で、イデアルとアスピラシオンがおたがいに助け合っているところ好きだ。

 アスピラシオンが悪い奴にだまされたときは、イデアルがそいつをぶちのめした。

 イデアルが襲われたときは、アスピラシオンが身を挺してかばった。


 よくわからないけど、そんな二人のかんけいは、どこかかっこいいと思う。

 けどなんだろうな。このちょっと物足りない感じは。

   

 最初に読んだときの感動がないからなのかな。

 まあ、そんな前のこと、おぼえてないんだけど。




 

 ――しばらく図書室にこもってたけど、すぐに飽きて、一階に上がることにした。


 そして、階段のすぐ近くにある部屋に入った。


 その部屋には大きな窓があって、光をたくさん取り込んでいる。図書室なんかよりもずっと明るかった。


 わたしは、部屋の真ん中に置いてあるぬいぐるみに話しかけた。


「ねえ、アミーカ。一緒に遊ぼ?」


『うん、いいよ』


 この子の名前はアミーカ。しゃべるぬいぐるみ……ということにしている。

 まあ、わたしが声を当ててるだけなんだけど。


「みて、雨がやんだよ」


『やったね。今日はなにして遊ぶ?』


「じゃあ、おにごっこしようか」


 アミーカが逃げる役で、 わたしが鬼。

 目の前にアミーカをかかげて、それを追いかけて走りまわった。

 ……もちろん、外は晴れてなんかないから、部屋の中でだけど。


「まてー! アミーカ!」


『はやいよ~』 


 でも、こんなあそびもずいぶん前に思いついたものだから、しばらくそうしていると空しくなってきた。

 

 アミーカを放り投げて、窓辺に寄りかかり外の景色をぼんやりながめた。

 この家の周りは深い森。窓から見える景色も、別に大したものでもなかった。





 ……どれくらいそうしていたんだろう。

 気が付くと、外は暗くなっていた。

 今日も、一日が終わる。

 本当に、退屈な一日だった。


 ベッドに入ると、より一層沈んだ気分になった。

 

 わたしは、ずっとこんな暮らしを続けなければいけないのだろうか。

 いつか、退屈じゃない生活が来るようになるのだろうか。


 ――そうだ。

 外に出てたくさん雨に打たれたら、どうなるのだろうか。

 それは、試したことがなかった。


 痛いのはいやだけど、でも、おもしろそうだな。


 どうなっちゃうんだろう。


 全部くさってなくなっちゃうのかな。


 それとも、ずっと痛いままなのかな。


 それでも別にいいかな。


 どんどん思考が危ない方向へ進んでいくのを実感した。


 でも、別にいいか。


 こんなつまらない日常を忘れられるなら。


 ――あした、試してみようか。




 けれど次の日、そんな狂ったことをすることはなかった。


 それどころではなくなったのだ。


 ずっとずっと楽しい、生きる目的を見つけたのだから。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る