第12話

「それとも何か別の動物かのぉ。……ん? なんじゃ? 何かついておるか?」


「ついてないですけど……。貴方は誰、いや、何者ですかね?」


 鼻の下をぽりぽりと掻いて、眉をしかめた。少し失礼だっただろうか。


「わしは見ての通り小人じゃ。名はドク。この先に七人の兄弟と住んでおる。しかしまあお主、あんな年端もいかぬ少女を打ち殺そうとしていた訳ではあるまいな?」


 ぎらりと鋭く光る眼。ぎくりと肩を揺らし、僕はしゃがみ込んだ。小人や妖精は珍しいものではない。

 しかし滅多にお目にかかれるものでもなかった。それにこの森には、小人が人を迷わし、二度と帰れなくなるという噂もある。


 だからこそ、なるべく声を落として、いきさつを説明した。

 事情も知らない誰かに話す事で、楽になりたかったのかもしれない。ぼろぼろと出た、これまでの日々。

 マルゼッタ様の亡くなられた瞬間。ハッセンへの不満。テレジーナ姫へ向けざるを得なくなってしまった殺意。それに伴う罪の意識。

 全てをぶちまけると、小さな老人は同情の目を向けていた。


「それは、厄介事に巻き込まれてしまったのお……。しかし、それは理由にはならんぞ、若造よ」


 こほん、と咳払いをすると、ドクは声を荒げるでもなく、ただ流れるように話を進めていく。


「護りたいものがあるのは痛いほどわかる。じゃがな、それが人殺しを正当化する理由にはならぬ。お主は護り抜いた代わりに、その身に罪を背負う事になる。迷っているくらいならやめた方がマシじゃ」


「ならどうしろと……!」


 のしっのしっ。ばきばき。何の前触れもなかった。

 僕らの話し声以外だと小鳥のさえずりや、木々のざわめきしか聞こえなかったこの場に、唐突に聞こえてきた足音。

 枝を踏み砕く、いつもの狩場で聞くものであった。


 こんな時は静かにその場を去る事で、命を護る。もし仕留めたとしても重すぎて運べない。単独行動の時は避ける相手である。


「いいか、若造。お主は猪を射止めろ。その心臓を持ち帰り、これが姫の心臓だと差しだすのじゃ。見事仕留めた際には姫をわしらが匿ってやろう。さすればお主も姫も、ついでにわしらも幸せじゃ」


 考えている暇はなかった。もう近くまで迫ってきていたソイツに標準を合わせる。

 引き金に指を置き、呼吸をする度に揺れる銃口。いつもと変わらない、と心を落ち着かせ、ぎりぎりまで引き付ける。

 ひょっこりと頭を覗かせいる。幸いにもこちらにはまだ気付いていない。


 ぱあん! 森の静寂を破り、乾いた銃声は薬きょうをその場に落として響いた。そして直後にどしんと倒れる音が聞こえた。

 きっと今の銃声は姫の元まで届いているだろう。


「心臓を抉ってこい。わしは姫に声をかけてこよう。お主は森にて迷子だと伝える。さあ、行くのじゃ」


「ありがとう……! 本当にありがとう!」


 僕は駆け出した。突っ込んでいたナイフを取り出して、猪へと駆け寄る。眉間に弾が命中しており、光を写さない目は涙が少し。

 いつものように黙祷を捧げ、腹を割る。どす黒い血がどろどろと流れ出すのもよそに、内臓を引き千切ったり、硬い内臓はナイフで切り取ったり。

 ぐにゅぐにゅとした感触を探って、ようやく見つけた。


 内臓と内臓を繋ぐ器官を切り取り、ようやく心臓を取り出すと、僕は来た道を辿った。

 血だらけの手で、心臓を持ったままひたすら歩いた。何も考えられずにいたが、それでも僕の心は家族とテレジーナ様を護り抜いた! と達成感で満ち足りていた。


 途中の小道で見つけた川で手に着いた血と、心臓を綺麗に洗って腰に結わえていた麻袋に入れた。

 馬車が待つ森の入口に着くころは、大きな夕日が辺りを照らしていた。じきに夜が来る。馬車を出してもらい、それまでの間は死んだように眠った。

 城に着いた時、朝に見送ってもらったメイドがそこにいた。僕一人だけがその場に降り立ち、表情は曇っていくばかり。


「キトラさん。姫様はどうしたのです」


 厳しい声に、僕は陰りを見せる。生涯する事はなかったであろう、演技を見せなければならない。


「僕を振り切って森の奥深くへ行ってしまい、テレジーナ姫はそのまま見つからず……。僕がいながらっ!」


 ぐっと拳に力を入れる。


「とりあえず、ドロシーさんといいましたか。貴方は陛下に先に報告を。後で僕もそちらへ参ります。僕は先にハッセン女王陛下へ事の全てを伝え、協力を申し出てきます。魔力を持ったあのお方ならば、きっと力になってくれるでしょうから」


 ドロシーさんは、あの日の国王と同じように、血の気の引いた顔を引きずって陛下の元へ走って行った。僕も、少し小走りでハッセンの待つ部屋へと向かう。

 城の廊下を走っていると、たくさんの城仕えの者たちとすれ違う。僕の事を知っている人も少なくない城内では、逆に目立ってしまった。

 だからこそ、僕は少し足を速め、扉の前に着いた頃には肩で息をしていた。


 こんこんこん。三度ノックすると、扉を開けて僕の顔を見るなり、粘り気のある笑みを湛えていた。


「これはこれは、キトラ。そんなに息を切らして私に何の用でしょう? まあ中へお入りなさい」

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