第10話

 一歩外へ出ると、久しぶりの街の様子に大層ご機嫌なようだった。街の人は姫の存在に気付いて、挨拶を交わしている。


「テレジーナ様、少し先に馬車を用意しているそうです。そちらまで参りましょう」


「あら、キトラさん。今日はたっぷり時間があるのよ。それに久しぶりに会う方がこんなにいっぱいいらっしゃるのに、どうして急がないといけないのかしら?」


 突然の砕けた話し言葉に、僕は目を丸くしていた。城の中ではもう少し畏まっていたと思うが……。

 するとテレジーナ様はぺろりと下を出して、ウインクをした。所作の一つ一つが、年相応の街娘と変わらない。


「お城じゃ、皆が私を見ているんですもの。しゃんとしなきゃって、気を張っているの。でも外に出るときくらい、いいわよね? キトラさんがお喋りでなければいいのだけれど」


 必死に上目使いでこちらを見る少女に、僕は強張っていた表情を少し緩めた。


「城で話すのは国王陛下と僅かな下働きたちのみですが、生憎仕事の話しかしていません」


「まあ、それは信用できるわね! 素敵だわ」


 無邪気にくるくると回る。膝までのスカートの裾を指摘すると、ばっとスカートを押さえて、顔を赤くしていた。

 そんな所を見ると、決心が揺らいでしまう。今更後には引けない。家族を護るためなら、僕は何だってできる。


 姫を、殺す。


 決心を揺らがせないように、背負った銃に少し触れる。父さん、僕をどうか導いてくれ。正しい道へと。僕の家族が無事でいられるように。


 馬車に着くまでに、数歩歩いては止まり。また歩き出したと思えばまた止まりを繰り返して、馬車に辿り着いたころには僕のほうが疲れてしまった。

 しかも見つけるなりいきなり走り出してしまい、余計な体力と精神力を削られる。


 こっちは貴方を殺そうとしているんですよ。わかっていますか。


 そんな八つ当たり以外の何物でもない気持ちを押し込める。当の本人は大好きな自然の元へ行ける、とむしろ元気になる一方であった。


 馬車に乗り込み、備え付けられた椅子に座ると、僕も向いの椅子に腰を下ろした。

 それからも馬車の傍までやってきた国民に手を振り、疲れた僕をよそに屈託のない笑顔を振りまいている。


 やれやれ、これが年の差か。若いというのは、羨ましいものだなあ。


「そんなに若さが羨ましいかしら。義母様だってご結婚されてからずっと、美しく若いままだけれど、それが全てとはとても思えない」


「こ、声に出ていましたか……。それと、あまりそういう事はいわない物ですよ」


 走り出した馬車。窓の外を見つめる、純粋で汚れを知らない姫君。まだ不安定な殺意。

 全てを乗せて、それでも目的地まで走る。

 ズボンの後ろポケットに忍ばせたナイフが、砂利を跳ね飛ばす度にお尻に当たり、自分が成そうとしている事の重大さを噛み締めた。

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