第7話 「俺が魔王として目覚めた理由」




 適当に本を見繕って、俺は窓際にあるテーブルに腰を下ろした。

 この世界の成り立ちとか歴史とか色んな本があるけど、今はとにかく魔法のことだ。異世界に来てまで勉強とかやりたくないけど仕方ない。

 魔導書によれば、魔法とはすなわちその者の持つ潜在能力らしい。人によって使える魔法が限られているのは、そのせいなんだって。

 そして魔法を使う上で大事なもの、属性だ。基本の五大属性、そして特殊な光と闇の力。これらの属性は基本的に一人に対して一つしか使えない。生まれ持った属性の魔法しか使えないのが当たり前だが、稀に多種類の属性を使える人間が現れるらしい。そういう人間が、特殊な職種に選ばれる。

 そう、勇者のように。

 そして、魔王のように。

 つまり俺は今、何種類かの属性の魔法を使えるみたいだ。そういえばゲームでもそうだったな。確か勇者はプレイヤーによって属性が変わる。光属性の魔法は確定だけど、もう一種類使えるようになる。

 魔王は確定してるのが闇属性。そしてプレイヤーが最初に選んだ属性によって使える魔法が決まる。だから勇者が何の属性なのかは、今俺が何の属性を持ってるかで分かる。それを知るためにも魔法を使えるようにならないとな。


「……潜在能力……精神統一……心との対話……全然わからん」


 もう少し分かりやすい解説を書いておいてほしかった。料理のレシピみたいにここをこうしてください、みたいな感じに書いてあればサクッと使えそうだったのに。

 まぁとにかく、自分の心に問いかけるんだろ。精神統一とか無心で何かを考えたりするのは得意じゃないんだけど、やってみるしかないか。


「……ふぅ」


 俺は椅子の上で胡坐をかく。

 一つ、息を吸って。そして吐く。

 ゆっくり、呼吸を整える。

 雑念を捨てる。雑念。

 今頃勇者って何してるのかな。俺がゲームを始めた直後はとにかくレベル上げと素材集めを必死にやってたっけ。しっかり装備固めていかないと不安だったし、サブクエ進めるのも楽しかったな。

 いや、こういうのがダメなんだって。考えないようにすると余計なこと考えたくなっちゃうのはなんでだろう。


 今は無心になれ。

 俺の中に眠る魔法の力。以前の魔王に使えた魔法の力。

 俺が魔法を使えないのは記憶がないから。むしろ魔法の使い方を知るより先に、魔王の記憶を知ることの方が優先なのかもしれない。

 だったら、この精神統一は確かに大事なのかもしれない。魔王の心に触れるためにも。


 魔王が何を思い、何を願って魔族の王を名乗り出たのか。どんな思いで人間達を戦ってきたのか。俺はそれを知らなきゃいけない。

 だって、魔族たちはみんな、そんな魔王に付いてきてくれているんだ。だったら彼の志を俺も知る必要があるはずだ。

 だから教えてほしい。

 魔王。クラッドの中に、いま俺がいる意味。今になって俺の意識が目覚めた意味を。


 俺は、知りたいんだ。


 深い、深い闇の中に入り込む。

 眠りにつくときのような、意識の落ちる感覚。

 暗い視界。何も見えないし、聞こえない。

 よく見ると暗闇の中で何か揺らぐものが見える。あの場所に何かあるのだろうか。俺はあそこに行こうと意識を集中させる。

 何となく、体が動いてる気がする。何も見えないからそんな感覚がするだけなんだけど。でもあの揺らぎに近付いてるから、俺の意識なのか身体なのか分からないけど動けてはいるってことだな。

 揺らぎに近付くにつれ、何か音がする。これは誰かの声だろうか。


「……だ。このままじゃ……」


 揺らぎの前に来ると、その向こうに何か映像が見えた。

 あれは、魔王だ。俺が知ってるラスボスの姿。あの書斎で何か頭を抱えてるようだけど、どうしたんだ?


「人は増え、魔族は減るばかり。これでは、ダメだ……」


 何か悩んでいるようだな。やっぱり人間との戦いのことだろうか。俺は今までプレイヤー目線でゲームをしていたから気にしたことなかったが、確かに人間はずっと魔物をひたすら倒し続けているもんな。


「魔王になり、人を支配できればこの争いも終えられる……そうすれば、誰も傷付かずにに済むのに……」


 魔王。ずっと悩んでいたんだな。100年も続くこの争いに心が疲弊していたのかもしれない。

 揺らぎに手を伸ばそうとすると、後ろで何かが光った。

 薄ぼんやりとした青白い光。なんだろう、何となく悲しくなる。いや違う、寂しさを感じる光。この光のおかげで今の俺の姿も見えるようになった。

 俺はその光に歩み寄る。近付いていくにつれて、その光が何なのか見えるようになってきた。

 ああ、魔王だ。


「我では何も変えられない。我では、無理だった」


 背中を向けた魔王が、悲しげに話す。


「人間を支配するために、人間の気持ちを理解しようとしたが我にはできなかった。我には魔物達を守るだけで精一杯だ」


 必死だったんだな。「今」を変えようと、頑張っていたんだな。


「でも、ダメだった。だから我は、託すことにした。我の中にいる、別世界に生きるもう一人の我に」


 ああ、そうか。俺たちは元々同じだったんだ。生まれ変わりとかじゃない。最初から同じだった。鏡合わせのような、もう一人の俺が魔王だった。それがあの事故で俺が死んで入れ替わったんだとしたら、この魔王はもう、向こうの世界で死んでしまったことになる。

 魔王はそれを知っていたのだろうか。それを知って、俺をこの世界に転生させたのか。いや、この場合はもう転生と呼ぶのか分からないけど。でも俺は向こうで死んでしまったんだし、ある意味で生まれ変わったようなものか。


「我が望みはただ一つ。誰も傷付かない世界。もう人に脅えることもなく、ただ平穏を手にしたい」


 元の世界で俺は同じ人間に虐げられていた。そんな俺だからこそ、魔王の気持ちを分かってあげられるのかもしれない。

 俺だって、争うのは好きじゃないよ。

 俺に何ができるのか分からない。クラッドの考えとは違うかもしれないけど、人間と争わずに済む方法があるならそっちの方がいい。

 俺は勇者と戦いたくないんだ。

 それでクラッドの気持ちに少なからず応えることができるのなら、この世界で魔王として転生してきた意味はあるのかもしれないな。


「お前ならできる。我はそう思う。人を憎み、そして愛することができるお前なら」


 クラッドが振り向き、悲しげな笑みを向けた。

 100年。俺には想像もできないような長い時間、ツラかったな。俺にどこまで出来るか分からないけど、頑張るよ。


 だから、今は休んでてくれ。

 おやすみ、クラッド。




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