第25話

 ちゅうううううううううう


「あん♡あああああ! ああああああん♡」


 自分でもこんな声が出るのかと驚くくらい甲高い声を上げてしまった。

 勇者は私の乳首にむしゃぶりついている。私と魔王を引き離す方法って、まさかこれ?


「ちょ! ま、まっへ」


 乳首にこんな刺激を受けた経験がないのでろれつも回らない。ただ成すがままにおっぱいを吸われている。


 ハッと視線を横に移すと早乙女さおとめくんが鬼の形相で立っている。鬼瓦おにがわらくんと戦っていた時もあんな表情を見せてないのに。

 まさか、早乙女さおとめくんも私のおっぱいを狙って⁉ お前だけズルいぞ的な⁉


「ま…ひゃ♡あん♡…おう、いま、あ♡あ、な…た、どうなって」


 全く止むことのない吸い付きに変な声が漏れてしまう。少なくとも私へのダメージは十分にあるのだが、魔王は


「クソっ! 勇者め。まさかこんな方法で余を苦しめるとは」


 まさかの乳首吸い作戦が効いているようである。


「うおおおおおおおお!!」


 早乙女さおとめくんが大声を出しながらこちらに走ってくる。まさか、もう片方のおっぱいは早乙女さおとめくんが⁉ 片方でこんなありさまなのに両方を責められたら私……!


「むううううううとおおおおおおおおお!」


「ら……らめ……ひゃおとめ……きゅん」


 勇者に乳首を吸われながら必死に抵抗の声を上げるが早乙女さおとめくんには届かない。その勢いはおとろえぬまま距離が詰まる。ああ、私もうお嫁に行けない。そう思った瞬間、


 バゴオオオオオオ!!!!


 早乙女さおとめくんが勇者を殴り飛ばしていた。およそ人が人を殴ったとは思えないほどの音が響く。


「え? 一体、どういうこと?」


 足腰に力が入らずぺたんと座り込みながら胸を腕で隠す。早乙女さおとめくんはフーフーと荒い息を上げているけど、ひとまず私に何かする気配はない。


「あ、あの。大丈夫……じゃないですよね。すみません。武藤むとうがあんなことをするなんて知らされてなくて」


「あ、う……うん」


 早乙女さおとめくんはこちらを向かずに言葉を続ける。きっと私への気遣いからだろう。


「その……お……おっぱいが魔王というのは武藤むとうから聞いています。急に大きくなったんで変だなとは思ってたんですけど、でも、どうにかする方法がオレにはわからなくて、それで魔王を倒したいっていう武藤むとうに手を貸したんですけど……すみません」


 私には魔王の都合があるように、早乙女さおとめくんには勇者の都合があったようだ。それぞれ敵対する立場でなければすぐに仲良くなれるのに。


「そっか。私を助けてくれようとしたんだね。ありがと」


 早乙女さおとめくんに悪気わるぎがないことはわかったし、魔王だけを倒そうとする勇者の気遣いもありがたい。でも、だからっておっぱいを吸うのはどうなの!


町尾まちお……さんが、変なことされてるのを見てられなくて思わず勇者を殴り飛ばしちゃったんですけど、魔王はどうなりました?」


「おっぱいが健在だから魔王もたぶんいると思うんだけど……」


「フフフ。小僧、よくぞ勇者を退けた。余が本来の力を取り戻した暁には一番の配下にしてやろう」


「いえ、お断りします。オレはもう、やりたくないことはやらないって決めたんです」


早乙女さおとめくん、それって」


 もしかして暴走族を抜ける決心が付いたのかと思った矢先、新たなトラブルが私に降りかかる。


「このデカ乳いいいいいいいい!」


 突如空から降ってきたのは背中から光の翼が生えたプラートルさんだった。その手には光のオーラに包まれた杖が握られている。


町尾まちおさん危ない!」


 その杖を白刃取りのように受け止めてくれたのは早乙女さおとめくんだった。もし私に当たっていたら、光の力で魔王が消し飛ぶだけでなく、私自身が死んでいたかもしれない。


「は、はは。早乙女さおとめくんは相変わらず強いね」


「腕っぷしには自信があるので。ケガはありませんか?」


早乙女さおとめくんが守ってくれたからね」


 お礼を言うと早乙女さおとめくんの耳が真っ赤になった。私のおっぱいを見ないようにしてるけど、その表情は手に取るようにわかる。暴隠栖ぼういんずのヘッドになって変わってしまったんじゃないかと不安だったけど、素直で優しい彼のままでいてくれたみたいだ。


「なんですの! あなたもご存知でしょう。その品のないデカ乳が魔王であると。あまつさえその乳で勇者様を誘惑するなんて……!」


「いや、武藤むとうは全く誘惑されてる感じじゃなかったけど」


武藤むとう? 勇者様のお名前はムートですわ。お間違えのないように」


「ムート。ああ、オレの聞き間違えじゃなかったのか。てっきり武藤むとうなのかと」


「そんなことはもういいのです! あのむしゃぶり付き方は完全にこのデカ乳に篭絡ろうらくされていました。もはやこの女も魔王です」


 やっぱりプラートルさんの怒りの対象は魔王ではなくおっぱいの持ち主である私に向いている。やり方がおかしかったとは言え、魔王だけをどうにかしようとしてくれた勇者の人徳が伺える。


「いたたたた。やっぱり豪拳ごうけんくんは強いなー」


 その勇者がちょっと転んだみたいなテンションで起き上がる。結構鈍い音がしたのにケガはしてないのだろうか。


武藤むとう……いや、ムート。さっきはすまなかった。だが、あれはお前が悪い。いきなり女性にあんなことをしたら失礼だろう」


「ごめんごめん。豪拳ごうけんくんの目の前ですることじゃなかったね。それに、よく考えたら豪拳ごうけんくんの方が適任じゃないかな」


「は?」


「だって豪拳ごうけんくんは町尾まちおさんのことがす……」


「ああああああ!」


「え? なに?」


 早乙女さおとめくんが突然大声を上げた。


「な、なんかあの車おかしくないか?」


「うーん。言われてみると確かに。速度が遅いしフラフラしてるような。まさか居眠り運転⁉」


「くそっ!」


 早乙女さおとめくんは車に向かって走り出す。


「おーーーーい! 後ろから車が来てるぞー!」


 そう叫ぶものの、近くを歩く女の子達はおしゃべりに夢中で気付かない。


「ねえ、ムートさん、プラートルさん。ここは一時休戦にしない? 目の前の善良な市民を見殺しにして魔王討伐なんて後味あとあじ悪いでしょ?」


「いけません勇者様! 誰も邪魔する者がいない今こそが絶好のチャンス。このデカ乳女ごとその剣で!」


 プラートルさんは本当に勇者の味方なのかな。私に対する当たりが強すぎるよ。


「……魔王。貴様はこちらの世界で彼女と協力してたくさんの悪人を捕まえているという噂を耳にした」


「ふん! 余が完全に復活するまでの暇潰しだ」


町尾まちおさん、あなたが魔王の力を使えば彼女達を、豪拳ごうけんくんを悲しみから救うことができますか?」


 そう質問する勇者の瞳はとても澄んでいて、おっぱいを吸われたことを許せそうな純粋さがあった。


早乙女さおとめくんの正義感を正しい方向に進ませたいと前から思ってたし、さっきの一撃を見て警察官に向いてるって確信できた。最後に決めるのは早乙女さおとめくんだけど、とにかく今はあのトラックをどうにかしないと何も始まらない」


「ええ、豪拳ごうけんくんは勇者の資質がある。こちらの世界に勇者という存在は不要かもしれませんが、その心意気は本物です」


「プラートルさんと違って話がわかりますね」


「ちょっとデカ乳! なに勇者様と通じあってますの!」


 いい感じの雰囲気をぶち壊す神官プラートル。向こうの世界のみなさんはこの人の本(性を知ってるのだろうか。


「中の人ごと斬るのは簡単なのですが……誰も傷付けずに世界を救うというのは難しいですね」


「私もそう思います。こちらが手を出さなくても、自分ではどうにもならない所で争いが起きて人生が狂っていく」


 だから私は、そんな人生を少しでも良い方向に歩いていける手助けをしたい。

町尾まちおさん、そして魔王。豪拳ごうけんくんを頼みます」


「はい!」


「…………いくぞめぐる


 勇者の言葉を無視して魔王は私に声を掛ける。あれだけの身体能力を持つ勇者が魔王に託すのだから、やっぱりこいつの力は本物なんだ。


「あの豪拳ごうけんとかいう小僧ではトラックに追い付かない。だが、全力を出した余なら間に合う。ちょうどブラもはずれておるしな」


「やっぱり、胸を隠してたら……」


「本気を出せぬな。やはり封印とは辛く悲しいものなのだ」


「……ですよねー」


 私は渋々腕を胸からどかす。重力に引っ張られた二つのおっぱいがポロリと零れ落ちる。


「いくぞ。全速力のロケットおっぱい!」


「あひゃあああああああ!」


 おっぱいがラグビーボールのような形になるやいなや、私の身体はおっぱいに思い切り引っ張られる。ブラのホックを外しただけでなく、完全におっぱいをあらわにした状態でのロケットおっぱいの速度は想像を遥かに超えていた。


「あばばばばばば」


「どうしためぐる。もっと足を速く動かさないと転んでしまうぞ?」


「あぶあばばば」


 人間の限界を超えた速度によって風圧で私の顔はおもしろいことになっていた。とても返事をできるような状態ではなく、ただひたすらに足を動かした。


「え⁉ めぐるさん⁉」


 今追い抜いたのは早乙女さおとめくん? なんか『めぐるさん』って聞こえた気がするけど、風圧でちゃんと聞こえなかった


 ひとまずこれで早乙女さおとめくんに無茶をさせることは回避できたのかな。あとは本職の警察官に任せなさい。ほとんど魔王の力だけど。


 それにしても、あの子達は本当におしゃべりに夢中になってるわね。こっちに気付いて何かアクションを起こしてくれれば事故は回避できそうなんだけど、このおっぱいを見られるのも恥ずかしい。やっぱりトラックを止めて居眠り運転を注意するのが一番警察官らしいってことなのかな。


「……めぐるよ」


「あばべ?」


 頭の中ではいろいろ考えられるけど、やっぱり言葉を口にすることはできない。


「ふん。喋れないのならちょうどいい。最後に言っておくことがあってな」


 最後? なんの最後?


「余が全力を出せばあの程度のスピードで動く物体を止めることなど造作もない」


 はいはい。さすがが魔王様ですね。頼りにしてます。


「本来の姿なら片手、いや、指一本でも足りるだろう」


 わーすごい! どんな交通事故も未然に防げそう。


「だが、今はこんな姿だ。まさに全身全霊をすことになる」


 まさか、私の気力を使い果たしてその隙に身体を乗っ取るんじゃ⁉


「こんなことを言うのは柄ではないのだが、まあ、その、なんだ。なかなか楽しかったぞ。転生したのがめぐるの乳で良かった」


 は? 急に何言ってるの? そんなお別れみたいな。認めたくないけどあなたは私の一部なんだから、魔王だけ消えるなんてありえないでしょ。


「余を見くびるでないぞ。無傷だ。めぐるは無傷で全てを終わらせる」


「あば! あぶべぼ!」


 魔王に伝えたいことがたくさんあるのに言葉が出ない。

 急に大きくなって困惑した自分のおっぱい。

 ブラで締め付けると大人しくなる魔王。

 二人で解決した事件の数々。


 楽しかったのは私だって同じ。鬱陶しいと思うこともたくさんあったけど、一生この魔王おっぱいと過ごすのも悪くないかなって思い始めてたのに。


「フハハハ! 余は魔王だぞ。人を泣かせるのが本来だ。どうだ? 悔しいか?」


 悔しいよ。一方的に別れを告げて、私は何のお礼も言えないなんて。


「では、さらばだ」

 

ぽよよよよ~~~~~~ん


 おっぱいがトラックに当たるとまばゆい光を放った。

 そのまぶしさに思わず目をつむってしまい、何が起きたかは全く見えていない。


 でも、確かなのは、トラックは止まり、誰もケガをしなかったこと。私のおっぱいが以前のような真っ平らになったこと。


 そして、勇者とプラートルさんは姿を消していた。魔王がいなくなった世界には存在が許されないとでも言わんばかりに、忽然と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る