第12話

「おそらく犯人の目的はおっぱいハンマーよね。思い返すとあの人、おっぱいガン見してたし」


 私のおっぱいが狙いなら、犯人の方から私に近付いてきたっていいのに。

 そんなことを考えながら現場周辺を歩いていると見事に期待通りの展開になった。


 さっきの杖を背負った青年があたりを見渡しながらゆっくりと自転車を走らせている。


「なるほど。あんな目立つ物を背負っていればすぐに私に見つけてもらえると考えたわけね」


 あれだけゆっくりなら今の私でも追い付ける。


「ちょっとそこのキミ。杖を背負っているキミ。止まりなさい」


「……っ!」


 私の声に気付いた青年は猛スピードで走り去っていく。止まれと言われると逃げたくなるのは人間の習性として染みついてしまっているのだろうか。


「止まりなさいって言ってるでしょ! ま、待って……」


 普段ならロケットおっぱいですぐに追いつけるところも、巨乳を担いだ状態の私では到底無理な話。あれだけ特徴的な犯人ならすぐに誰か捕まえてくれるだろうと思った矢先……。


「おい! なんで追いかけてこないんだよ!」


 彼は自ら引き返して私に説教を始めた。


「ハァ……ハァ……これには……事情が」


 久しぶりに自力で走った私の息は切れてまとに話せない。


「そのおっぱいで勢いよく押しつぶされたくてこんなことをやったのに、どうしてくれるんだ!」


 なんで私が悪いみたいになってるのよ。反論したくても息が上がって声が出ない。


「モテない。金もない。出会いもない。そんな俺が唯一おっぱいを堪能できるチャンスだと思って勇気を振り絞ってひったくりしたのに」


「そ……その勇気を……ハァ……フゥ……別の方向に活かしなさいよ」


 少し呼吸が落ち着いてきたけど胸元に汗がたまって気持ち悪い。早くボタンを外して風を通したい。


「あ、あの、おっぱい揉ませてくれたら大人しく捕まるんじゃダメですか?」


「なに言いだすの⁉」


「だって勇気を別の方向に活かせっていったのはあなたじゃないですか」


「そういう意味じゃないわよ!」


「ほら、この杖だってちゃんと返しますから。揉むだけ! 揉むだけですから」


 ジリジリと近付いてくる青年に対して私も少しずつ後退する。集団の暴走族が相手なら華麗に攻撃をかわして同士討ちなんてことができた。

 だけど今は大きなおっぱいを担いで動きも鈍い。きっと攻撃をかわせず相手の意のままにおっぱいを揉まれてしまう。


「ねえ、ここでおっぱいを揉んだら何年も拘留されて本来掴めたチャンスを逃すかもしれないよ?」


「チャンス? それは今ですよ。こんなに大きいおっぱいには二度と出会えない。それを揉めるチャンスなんてこれが最後なんだ!」


 青年の目は血走っていて私の話なんて聞く耳を持ってくれない。おっぱいを揉ませて大人しく捕まってくれる可能性に賭ける覚悟を決めかけたその時、


「あ、ここにいらしたのですね」


 金髪をなびかせながらプラートルさんが現れた。


「プラートルさんどうしてここに?」


 もしかして杖の力で魔王を始末するために? 目の前のひったくり犯と突如現れた魔王の敵に緊張感が高まる。


「いえ、もしかしたら直接お願いすれば杖を返していただけるかと思い、こうして自分の足で探し回っていたのです。なにやら騒ぎがするので寄ってみたいのですが、どうや正解だったようですね」


 たしかに杖が欲しかったわけではないので頼めば返してくれるかもしれないけど、それは私のおっぱい次第なんだよな。


「犯人はちょっと興奮気味なので今話しかけるのは危ないかも」


「その興奮の原因はあなたのデカ乳にありそうですが?」


「デ、デカ乳⁉」


「そのデカ乳で青年を懐柔かいじゅうすればよいではありませんか。男はみんなデカ乳に弱いのですから」


 プラートルさんが丁寧に巨乳への怒りを燃やしている。杖を奪われたことではなく、完全に私のおっぱいに矛先が向てるよ!


「そ、そうだそうだ! 金髪おねえさんの言う通りだ。おっぱいに顔をうずめさせてくれれば全て解決するんだ」


「ちょっと! さっきと要求が変わってるじゃない」


「状況は刻一刻と変わってるんだ。この杖を返してほしければ言う通りにしろ」


「そうですよ。どうせそのデカ乳で何人もの男を誘惑してきたのでしょう? 書体面の男の一人や二人、今更変わりませんわ」


 いつの間にか犯人とプラートルさんがコンビみたいになって追い詰めてくる。魔王は相変わらず息を潜めてるし……あ、この作戦はどうかな。でも警察官としてあるまじき行為な気が……。


「あ、あの。一つ提案なんですけど」


「なんだ? 交渉か?」


「はい。あなたというか、プラートルさんになんですけど」


「わたくしに?」


「彼にはプラートルさんのおっぱいを揉んでもらって、それで杖を返してもらうというのはいかがかなと……」


 被害者を犯人に差し出す最低の警察官になってしまった。でもほら、このおっぱいは魔王だし、プラートルさんは別の世界から来たみたいだし、なんとなくセーフな気がする。


「ふざけてるのか!」


 声を上げたのは犯人である青年だった。


「世の中には着やせというものがある。だがな、これは絶対に着やせじゃない。そもそも胸がないんだ。ない胸は揉めない! 顔を埋められない!」


 いや、そんなことは……あるかも。以前の私に負けず劣らずの貧乳。さらに童顔の私と違い、顔が大人びているから胸のなさが際立つ。


「だいたいそのお姉さんの胸で満足できるならひったくりなんて面倒なことしねーよ。その時に揉んでるよ。揉むものがないけど」


 青年のプラートルさんに対するディスりは止まらない。


「顔が綺麗なだけならおとの(この)だっていいわけじゃん? やっぱり女の子と言えばおっぱいなわけ」


 うわー。これはモテないわ。普通に一発殴りたい。この気持ちはプラートルさんも同じなようで。


「さっきから黙ってきいていれば好き勝手言ってくれますわね。自分のデカ乳を棚に上げて人を生贄のように捧げたり、胸がない女には人権がないなど差別をしたり……。やはり諸悪の根源はデカ乳です。デカ乳が滅べば世界は平和になるのです」


 プラートルさんの怒りって魔王に対してなんだよね? デカ乳って魔王の別称なん

だよね? このままだと魔王おっぱいごと私も消されそうなんですけど。


「まあまあプラートルさん、彼の言ってることは暴論だけど少し落ち着いて。私もプラートルさんのおっぱいを揉ませようなんてどうかしてた」


「わたくしには揉むものがないからですか?」


 ニッコリとしてるけどその瞳の奥には怒りの炎がメラメラと燃え上がっているように見えた。


「いやいや! そういう意味じゃなく被害者を犯人に差し出すなんて最低だなーって」


 私のおこないが最低なだけであってプラートルさんの胸がどうとかは関係ない。


「あーもう。俺はどっちにしろダメなんだ。そのお姉さんも胸はないけど綺麗な髪してるじゃん。なんか聖職者っぽいし身体も綺麗なんでしょ? ふひひ。その綺麗な身体を俺みたいなゲスに汚されて泣き叫ぶのも悪くないな」


 欲望を口にして吹っ切れたのか青年の考えはどんどん最低な方向に堕ちていく。


「大人しく杖を返せばそんなに罪は重くないよ? まだやり直せるって」


 もはや聞く耳を持っていなさそうだが警察官として説得を試みる。これ以上何か騒ぎを起こせば彼はいろいろな罪を背負って生きていかなければならない。

 もしこのおっぱいがそのきっかけになっているのだとしたら、不可抗力で手に入れた巨乳だとしてもその責任は私にある気がしていた。


「こんな杖でもさあ、頭を殴ったら気絶するよね」

 じゅるりと舌なめずりをして彼は杖を握る。


「どうせ愛なんてないなら、気絶してるところを無理矢理でも同じ……」


「傷害事件なんて起こしたら人生を棒に振るわよ」


「その前に腰を振るからいいんだよ! わああああああああ!」


 彼は私ではなくプラートルさんの方に向かった。警察官である私は逃げないと踏んだのか、それとも弱そうな方から狙ったのかわからないが、彼女の身に危険が迫っているのは間違いない。


「ひっ!」


 プラートルさんの身体は恐怖でこわばってしまっている。もしかしたら杖があれば魔法か何かで防御できたのかもしれない。ただ、今の彼女は丸腰で仲間もいない。

 魔王は妙に彼女を恐れていたが、杖がなければ一人の女の子なのかもしれない。


「プラートルさん!」


 大声で彼女の名前を叫んだだけでは状況は変わらなかった。

間に合え! せめて彼女の盾になれればいい。その一心でただ走った。


「ひゃっはあああああああ!」


 青年は杖を大きく振りかざす。


「もうおしまいだああああああああ!」


 これは彼自身にも向けられた言葉なのかもしれない。やけくそになって杖を振り下ろす瞬間、ドンッとプラートルさんの身体を突き飛ばした。


「きゃっ!」


 どこか擦りむいたらごめんね。でも、この隙にどうにか逃げて。この世界のことはよくわからないかもしれないけど、きっと味方がいるはずだから。

 私はそんな想いをプラートルさんにたくして目をギュッとつむる。もう自分の身体はどこも動かせない。ただ杖の一撃を耐えられるのを祈るだけ。もし意識が残っても応戦は難しいだろうな。今の私は身体が重いから。


「……ん?」


 覚悟を決めて二秒くらいは経った気がするのにどこも痛くない。ピンチになると世界がスローモーションに見えるあの感覚なのか? もしかしたらまだ杖が振り下ろされる前なのかもしれない。恐る恐る目を開けるとそこには驚きの光景が広がっていた。


 おっぱいが杖を挟んでいたのである。


「す、すげえ。こんなデカい杖がすっかりおっぱいに沈んでる」

 青年は息を荒げながら感動している様子だ。


「あ、あの。これは……」


「そうだ! 感動してる場合じゃない。今度こそ頭にくらわせてやる! え?」


「?」


 彼は杖をおっぱいから取り出そうと引っ張るが、抜けない。本気でやってるのに杖は胸の谷間に挟まり続けている。


「おい! どうなってんだ⁉」


「私が知りたいわよ!」


 もし接着剤でくっ付いたなら皮膚が引っ張られる感触があるはず。でもそういうのは全然なくて、単純におっぱいが杖をしっかり掴んでる感じ。


「まあいい。それだけこのおっぱいの弾力がすごいってことだろ。ふひひ」


 杖から手を離すと、指を触手のように動かしながらジリジリと近付いてくる。

 ここまでされているのだから正当防衛で一発殴っても良さそうだけど、おっぱいに挟まった杖が邪魔で動きにくい。


「魔王。これあなたのせいなの?」


 彼に聞こえないように小声で話し掛ける。すると、


「そこの小僧。よくもこんな汚らわしいものを余に当てがってくれたな」


 さっきまでピクリとも動かなった杖がおっぱいから放り出される。それは吐き出すと言ってもいいような、嫌いな食べ物を拒絶するような印象すら受けた。


「は? なに? この声なに?」


 突然の低音に怯える彼の顔から少しずつ血の気が引いている。


「この状態なら杖に残ったわずかな聖なる力で滅せられると思ったが、そんな力もなく、ただただ不快なだけであった」


 魔王が言葉を発するのに合わせて青年は後ずさりしていく。


めぐるが蹂躙され闇に堕ちたところで余が身体を乗っ取ってやろうと考えていたが気が変わった」


 こいつそんなことを企んでいやがったのか。さすが魔王。


「余に聖なる杖を向けた罪、その身をもって償うがよい」


「ちょっ! なに⁉」

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