魔王はおっぱいになりました

くにすらのに

第1話

 魔王サタ・マストスは歴史上最強最悪と恐れられている。

 これまでの魔王は誕生した時から身に付けていた能力におごり高ぶり、勇者の力を舐めていた。それが魔王にとっての敗因であり、人類にとっての勝因となっていた。

 

 しかし、サタ・マストスは違う。歴史を学び、現状に満足することなく研鑽けんさんを積み続けた。その結果、皮膚は弾力と張りを備えどんな物理攻撃も跳ね返し、強大な魔力で己の肉体を強化し機敏に動くこともできる。ビームでの遠距離攻撃もお手のものだ。

 

 そんな最強の魔王に立ち向かうのが勇者ムートと神官プラートルである。

 過去の勇者は剣も魔法も使える、よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏とも言える存在と記録されている。


 ムートはその歴史に囚われていて魔王に勝てないと考えた。彼はひたすらに剣術のみを磨いたのである。ムートの剣技は岩や鉄どころか、時間や空間といった概念までも斬り裂けるレベルに到達した。

 

 一方、神官のプラートルは魔法を一切使えない勇者のサポートに徹している。回復や肉体強化の魔法はもちろん、聖なる攻撃魔法をも扱える呪文のスペシャリストだ。

 

 彼女がここまで頑張れたのもムートへの恋心があってこそ。年上のお姉さんとして戦闘だけでなく私生活のあんなことやこんなこともサポートしようと試みているが、生真面目なムートにいつもはぐらかされている。

 

 さて、ムートとプラートルは魔王の手下を倒して村を救ったり、時には他の人間に裏切られながらも支え合い、勇者と神官としての絆を深めながら魔王城へと辿り着いていた。


「勇者様、いよいよですね」

 

 プラートルは旅の途中で手に入れた伝説の杖をギュッと力強く握りしめる。


「ああ、ついに魔王との最終決戦だ。プラートル、ここまで付いてきてくれてありがとう。剣技しか能がない俺一人だったらここまで来られなかった」

 

 真っすぐな眼差しを向けられてプラートルはつい視線を逸らしてしまう。


「いやですわ勇者様。そういうのは魔王を倒し終わってからにしてください。死亡フラグになってしまいます」


「たしかに。それはすまなかった。だが俺は、俺達は死ぬ気なんてさらさらない。二人で一緒に魔王を倒そう」

 

 剣も魔王もない世界に転生した主人公が、裏でライバル会社と繋がっていた副社長の悪事を暴くべく立ち向かうシーンを思い出しながら力強く宣言した。


「勇者様の身の安全はわたくしがお守りします。だから勇者様は全ての力をその剣に注いでください」


「ありがとう。プラートルがいてくれるなら安心だ。よし……行こう!」

 

 すでに禍々しいオーラを放つ扉に手を触れ力を込めるとゆっくり開いた。そして眼前に現れたのは人間と同じサイズにまで縮んだ魔王だ。これまで多くの魔物と戦ってきた二人だからわかる。見た目に騙されてはいけない。圧倒的な強さをその身に感じていた。


「勇者ムートと神官プラートルよ。よくぞここまで辿り着いた。褒めて遣わす。歴代の魔王は腹心に裏切られ内乱もあったと聞くが、余のあまりの強さにそれも起きず退屈であった。貴様らがこれまで倒してきた全ての魔物が束になっても勝てぬ余に、貴様らは挑むというのか?」

 

 脅しでも冗談でもない。全ての魔物よりも強いとのが真実であるということは対峙するムートが一番よく理解していた。


「それでも俺は戦う。これまで倒してきた魔物だって俺達よりずっと強かった。それでも勝てたのはプラートルがいたからだ」

 

 チラリとプラートルに視線を向けて力強く頷くムート。それに応えるように彼女が杖を構えると、ムートも魔王の方に向き直って剣を構える。


「これが最後の戦いだ。旅のことを考えて余力を残す必要はない。全身全霊をこの剣に込める! はああああああ!」


  ムートの剣に光が集まる。聖なる力を蓄えている状態だが完全に無防備。それを魔王が見逃すはずがない。


「フハハ! 確かにその力は余にとって弱点になる。だが、今の隙だらけの貴様を放置するほど余はお人よしではないぞ」


  魔王は手の平をムートに向けるとそこから極太のビームを撃ち出す。勇者と違いチャージも予備動作もないにも関わらず城の半分がこの一撃で吹き飛んだ。


「ほう、なかなかやるではないか」


  城壁はごっそりとえぐれたものの、ムートとプラートルは光の玉の中で詠唱を続けている。村全体などの広範囲ではなく、二人分の空間を守るだけなら結界を濃縮してより強固なものにできる。敵陣地ならではの戦い方だ。


「わたくしがこの結界で守りを固める限り勇者様にダメージを与えることはできません。せいぜい今のうちにこれまでの思い出でも振り返っていることですね」


「ふん。おもしろい。それならば余も全力で勇者の剣を迎え撃つとするか」


  先程のビームとは違い、明らかに気合を入れて魔力を蓄え始める。そしてそれを放つのではなく、まるでその肉体にまとわせるかのようにオーラが溢れ出す。


(これが魔王サタ・マストスの真の力……。肉体を鍛えているだけでなく、あのような技法まで身に付けるとは、歴代最強最悪の噂は本当のようですね)


  自分達もこれまでの旅で強くなったという自信があったが、プラートルの心は魔王を目の前にして折れかけていた。


「安心しろプラートル。お前が守ってくれたおかげで聖剣が完成した。これなら……勝てる!」


  プラートルの不安を払拭するような力強い言葉を残すと、ムートはゆっくりと一歩を踏み出した。そして次の瞬間、すでに剣の間合いにまで詰め寄っていたのだ。魔王までの距離は30メートルほど離れていた。空間転移でもない。ただ純粋にムートの脚力だけで距離を詰めたのだ。


「うそ……! まだ肉体強化の魔法は使ってないのに」


 強化状態でもないのに身体能力が向上していることに驚いたのは、これまでずっと勇者の支援をしていたプラートルだった。


「まだ準備が整っていないようだが世界が掛かってるんだ。悪く思うなよ魔王」


 そうつぶやくとムートは聖剣を振り下ろした。一切の攻撃が通用しないと思われた魔王の身体は真っ二つになり、このまま魔王は滅んでいく。……かに思えた。


「フハハハハ! 感謝するぞ勇者! 余をこの世界から滅ぼせるのは貴様しかいないと信じていたよ」


 身体が朽ち果てながらも、負け惜しみとは思えない心からの感謝を述べる。


「これで余は異世界に転生できる。勇者のいない異世界へとな。何度復活しても滅ぼされる運命から解放される」

 魔王は先程まで蓄えていた魔力が空間に穴を開けると朽ちた身体ごと吸い込まれていく。


「待て! そんなことはさせない。今ここでお前の魂ごと全てを消し去ってやる。時空斬り!」


 空間を切り裂き別の次元に閉じ込める勇者の必殺技の一つが炸裂する。しかし、異世界への扉は勇者の聖剣をもってしても届かないまた別次元の話。魔王は確実に異世界への転生を果たそうとしていた。


「仕方ない。こうなったら……」


 一か八かムートも魔王が開けて穴へ飛び込む。


「勇者様! お待ちください」


 それに続くようにプラートルも飛び込むと穴があった空間は何事もなかったかのように元の状態へと戻った。

 こうして、勇者ムートと神官プラートルが行方不明という形にはなってしまったものの世界から魔王の存在が消滅したことが確認され世界に平和が訪れた。


 あくまでもこの世界に……。

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