第5話 姉、参戦

「どうした?精も根も尽きた顔して」

「ははは……マジに精と根が尽きたんだよ………」

「マジでどうした。まぁ、大体予想はつくけどよ」

「なら察してくれ」


 あれから地球が半分ちょっと回転し、翌日の朝になった。宇宙の法則が乱れ、自転が止まり、永遠にあの夜が続いたらと思うと寒気がするが、どうやらいつも通りに回ってくれたみたいだ。


 トリプルアクセルしてたらあの夜がもっと早く終わったかもしれないが、それだとバレンタインデー前日になるから、地球をプロフィギュアスケーターに推薦する必要性はない。


「お前も大変だな」

「…………地球は勤勉だけどね」

「……………………マジで大丈夫か?保健室行っといた方がいいんじゃね?」


 我ながら精神クリニックに行った方が良いと思う。


 現在ホームルームの1分前。いつもギリギリになって学校に来る直と、ギリギリに自分のクラスへ戻る愛奈甘は、今日も僕の席の前で挨拶を交わして入れ替わる。だから僕の朝は、1人にしてくれるような時間は一切ない。


 言い換えればプライベートも無い。家の外も中も。


「………………………………………」


 人の悩みは全て人間関係と言われる。


 そして悩みにも種類があって、聞いてもらうだけで解決するものや、吐き出したからといって変化なしの解決しないものがある。


 本当は解決ではなく解消なんだが。


 僕が今悩んでいる事も人間関係によるもので、誰かに聞いてもらえば、多少は肩の荷物を押し付け楽になれるのかも知れない。


 しかし残念ながらそんな悪巧みが成功する確率より、「は!?紗藤さんと一夜を共にしただと!?野郎ぶっ殺してやる!!」と、殺意を向けられる確率の方が圧倒的なのだ。


 だから僕の身に起こった出来事は、僕の身に留めておくに越したことがない。


「……………はぁ…………」


 ホームルームが始まって担任の話を耳から耳へと受け流し、頭にこびり付く記憶をなんとか振り払い、ワイヤレスイヤホンを頬杖で隠しながら、なるべく変な事を考えないよう努力した。


 暖房の効いた部屋と緩やかな曲調のBGMのお陰で、見事に現実逃避を成し遂げ、夢の世界に逃げ込む事が出来た僕だった。




「…………………ただいま……」

「おっじゃまっしまーす!!」

「お?おかえりと、お邪魔されまーす!」


 口を洗いたい一心で家に帰ると、姉の声がとんで来た。そっか、試験が終わって暇だーとか言ってたな。


 リビングの扉を開くと、そこには炬燵に入ってみかんを食べ、ファッション誌をペラペラめくるメガネの女性が1人座っていた。


「みく姉ひさしぶり〜」

「まなちゃんお久〜」

「……………姉貴、なんちゅーカッコしてんのさ」

「んー?何って、下着だけど?」

「見てるこっちが寒いからやめてくれ」

「はーい」


 下もパンツ一丁かよ。


 そこら辺に脱ぎ散らかしたブカブカセーターを拾い上げ、すぽっと着ては、いそいそと炬燵に戻る姉貴。あれ?そのセーター僕のじゃないの?


 僕より小柄な姉がブカブカなセーターを着ると、それはそれで履いてないように見える不思議。むしろこっちの方がハレンチなまである。


「帰ってきてたんだ」

「うん。体目当てっぽかったからバレンタイン前に振って逃げてきたー」

「みく姉やるぅ〜」


 彼氏さんも可哀想に。そこそこ長く続いてた気がするけど。


 「ほい戦利品」と言って高そうなお酒をキャリーケースから取り出す姉貴。ラベルの文字は当然のようにアルファベットで、英語で読もうとしても変な発音になるし、当てずっぽうでフランスかな?


 手を洗い、うがいをいつもより念入りにした後、自室に戻り制服をハンガーにかけ部屋着に着替える。リビングに戻るとガールズトークが盛り上がっていた。


「ねぇねぇ、なんて言って振ったの?」

「『貴方とのS○Xには、愛ではなく恋を感じました』って置き手紙してきました」

「……………ロマンチストだぁ……」

「どこがだよ」


 アホみたいな会話を聞かされながら、愛用のマグカップを取り出す。


 ミルク多めのカフェオレを作っていると、「私コーヒー。ブラックでいーよー」と姉貴に言われ、「私はゆーにぃと一緒の」と姪に言われた。「自分でやれ」と言うとブーイングが帰ってきた。こぼしたらお前らのせいぞ。


「どーぞ」

「「わー、ありがとう」」

「……………はぁ」


 今更ながら、僕は6人兄弟の末っ子である。そして目の前の姉貴は三女で、4人目の中間子。


 我「栗花落家」の家族構成は父と母と、愛奈甘の父にあたる長男、長女、次女、次男、三女、三男(僕)という構造になっている。


 僕と長男の間には24も歳の差があり、目の前の姉貴とは2つ離れている。


「いつまで居るの?」

「えとね…………春休み中は暇だから、こっち居てもいいかなーって」

「相変わらず自由人だな姉貴は」

「でしょー」

「褒めてない」


 カフェオレを一口。僅かに残るチョコ味を、ミルクの甘さとコーヒーの香りが殺してくれる。


 目の前の姉貴は「未空みく」。大きな瞳と低めの身長、愛らしい笑顔(僕はそう思わない)が相まって、よく未成年と間違われる童顔の姉貴は、異性にかなりモテる。


 高校時代から肩凝りに悩まされた乳房も、加勢しているのだろうけど。


「でも彼氏さん大丈夫なの?バレンタインデー前に振っちゃって。チョコ期待してたんじゃ?」

「チョコよりゴム渡した方が喜ぶ人だから」

「私もそっちの方が有効なのかなぁ」

「どっちも悪手だよ」


 こっち見んな。あとなぜ僕の横に座り直す。


 予想外の滞在人は、正直とても有り難い。家に入るや否や、隣のコイツに襲われるとばかり思っていたから、その危険が薄れ、とりあえず安堵。あんな事があった矢先、何されるかわかったもんじゃない。


「あはは。相変わらず仲良しだね2人とも」

「相変わって欲しいんですけどね。僕は」

「私はずーっとこのままでいいよー。出来れもっと仲睦まじく……………」

「さーて混む前に風呂入るわ。ごちそうさま」

「「飲むの早っ!!」」


 大家族の風呂や飯は戦争と決まっている。基本的に早い者勝ちは決まっているのだ。


「……………………………」


 相変わらず。つまり愛奈甘が僕にべったりなのは昔からだが、姉貴はそれを止めるわけでも冷やかす訳でもないのだ。例え何かが起きてヘルプしても助けて貰えそうにない。


 元より、自分の体は自分で守るつもりですけど。主にプライベートゾーンは。

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