出会い、ゴミ山から出でて⑤

 ドンガラン三姉妹の協力もあって、首無しロボ兵士はすぐそこに迫っていた。屋根伝いに追う、右下前法、5メートルほどで並走している。あと一瞬だけ、動きを止められたら飛び降りて捕まえられるという距離感だった。


 いくら強化されたとはいえ補助電源のサブシステムであったことが堪えたのか、物を破壊する頻度は減っている。が、それでもなお脅威であることに変わりはない。事実、先ほど”猛牛”の名で知られる剛脚敏腕の傭兵は3秒の足止めでなぎ倒され、”巨腕”の異名を持つ、自身の胴体と同じほどの大きさの腕を持つ元機械拳闘士は、たったの2秒で腕を潰されていた。


 最終局面ということもあってギャラリーの方も盛り上がっていた。ほとんどの住人が窓から顔を出し、あるいはベランダに乗り出し、果てはカメラを向けながら走り追走する者もいる。街のトラブルに参加したくても――しない方が良いのだが――できない老人の為に撮影を依頼されているのだ。野次馬はこの街では小遣い稼ぎになる。


「すごいですね、みなさん……」


 ここまでくるとサラも若干引き気味である。最初の頃こそ果敢に挑んでは敗れていく住人達を見て申し訳なさそうにしていたが、全員がどこかそれを望んでいるような顔で突っ込んでいくのを見続けて、流石にそんな気持ちも消えたらしかった。


「あいつら、わっしが壊したパーツを修理してやるから調子のってるんや。面白がってわざと壊しにいきよってからに」

「そういうことだったんですね……」

「派手にぶっ壊した奴の神経は雑に繋いだるからな……!」


 全力疾走しつつ、無法者たちにもぶりぶり怒るエリに、思わずサラは、


「あっ、あっははははっ!」

「なんでそこで笑うんじゃ……!」

「ごめんなさい、なんでかは分からないんですけど、すごく笑いたくなっちゃって、ははは」

「おどれも大概やな……」


 と言いながら、エリの口元も緩んでいる。首の無い身体が暴走して、生首を抱えながらそれを追う。確かにこの状況はコメディチックだと思い、この街の危うくもばかばかしいバランスを想う。


 異常事態が日常茶飯事。旧時代の技術が埋もれ、蔓延り、日の当たらない高架下をネオンがぼんやり照らす城。きっと爆弾だって埋まっていることを皆が知りながら、その場その場を生きる街。


「自分の身体が逃げ出して笑える奴なぞ、そうそうおらんわ。サラ、おどれはこの街にぴったりの人間かもしれん」


 だからエリはそう言った。遠回しに、「ようこそ」と。サラは自分が受け入れられていることが嬉しくて、抱えられた白衣の陰でにんまり笑っていた。


 と、ここでエリに通信が入る。応答すると、


『お二人さん、聞こえるかな』

「マスター、どうして!」

「マスターさん? お腰の方は……」

『店長って呼んでね。腰は……まあ結構ヤバいけど。でも、このままじゃカッコつかないからね……!』


 そこで気づいた。首無しが向かう先に立つ人影がある。黒シャツ、オールバックでちょび髭の男。喫茶店アウリン店長にして企業戦争の英雄にして腰痛持ち、ジョセフ・フルムーンである。


「どないして先回りしたんや!? さっきまでアウリンでヘバっとったのに」

『長年この街に住んでるとね、見つけちゃうのよ、秘密の道とかさ……!』


 そう言って店長は右腕を前に突き出す。汎用50口径の銃口が首無し兵士に向く。


『君たちがもう少し進むと、建築と建築の間の袋小路がある。高速道路の高架に依存してるから、さすがの旧国軍仕様でも壊せない。誘導する、そこで決めてくれ』

「無茶やっ! マスター、腰ギックリやってもうてるやんか!」

「脊椎の損傷!? 危機判定Aです! 安静に……!」


「やめとけー!」「マスター無理すんな」「マスター・ジョセフの最期だ」……などなど、エリとサラからだけでなく、このトラブルを観測している街の住人全てから彼を心配する声が上がる。事実、店長の腰は悲鳴を上げており、その立ち姿は腰をかばうようにして、かろうじて精神力だけで支えているようなものである。が。


「店長ですっ!!!」


 喝が街に木霊した。首無し兵士が迫る。震える銃を両手で支え、若干内股になりながら迎え撃つのだ。何十年も前、戦場で腕を喪った時の記憶がフラッシュバックする。あの時だって、地獄の苦しみに耐えながらも、自分は務めを果たしたのだ。店長が続ける。


「さんざん言うだけ言って、大人がこのザマじゃカッコつかない……! 僕の責任で死人なんか出ちゃったらさぁ、それこそ申し訳が立たないでしょうが!」


 男は誰よりもトラブルに真摯だった。


 叫びと共に銃声が三発。一瞬の出来事だった。緻密な作戦に基づき順に込められた弾丸が、神がかり的な狙いに従い進む。


 一発目、固着樹脂弾が首無しの踏み出した左足を地面に釘付けにして、これにより自身の踏み出す力が進行方向左向きの回転の力に代わる。二発目、勢い余って左を向いた首無しの浮いた右足を振盪弾――弾丸内部に進行方向に対するバンパー機構を搭載し、衝撃波を対象点に与える弾丸――が弾く。これにより、進行方向が完全に左に変わる。その先には袋小路。


 三発目は、袋小路を跨ぐキャットウォークのジョイントを狙ったものだった。床が落下し、屋根伝いに進んでいたエリに袋小路の場所を伝える。


 そして店長は足場の落下を見届け、限界に達した腰と共に地面にした。


「メディーーーーーーック!!!」


 住人の誰が叫んだか、すぐに店長の下に駆け付ける医者の影。エリはそれを確認し「あとでバリスタ君をアップグレードしよう」と決意した。間もなく首無しを追いつめた袋小路が迫る。


「店長の犠牲、無駄にはせんで……!」

「あの、亡くなってはないんじゃ――わあっ!?」


 サラの指摘と同時、エリは跳んでいた。建物と建物の間、追いつめられて高速道路の柱を破壊しようと首無しが振り被っているのが眼下に見えた。路地の壁を蹴って、まだ二人に気づいていない首無しの方へ。


「とうっ!!」


 簡易外骨格で強化された飛翔は、それは綺麗なフォームだったという。サラの頭を振り被るようにして持って、首が収まるべき場所をめがけて跳ぶ。


 さながら、ダンクシュートだ。ただ、ダンクシュートというのはゴールがしっかりと固定されているから成立するのであって、それを生首で、人体めがけてやれば、結果は見えてくるというものだ。


 確かに首と身体が接続された手ごたえを感じた一瞬の後、とんでもない勢いでぶつかったエリとサラはスピードそのままに柱へと吹き飛ぶ。機械的認知スピードに戻ったサラはそれをスローモーションで感じていた。


 身体の制御権を取り戻す、体内の静かな攻防に勝利していくのを感じる。身体の感覚が戻る。急ぎ、サラの頭を持ったまま目をつむっているエリを受け止めようと脚と腕を広げて踏ん張る体制に入るが、さすがに傾き切った身体は持ちこたえられない。


 せめてエリがケガをしないように――そう意識を切り替えた時に、エリはサラの頭を掴んだまま離さずにいることに気づいた。認知できる引き延ばされた一瞬、徐々に徐々にエリの頭が勢いのままにサラに近づいてくる。


 近い近い近い――――っ!!!


 そしてそのまま、唇は触れる。


 いや、実は触れるというより衝突するという表現の方が正しいし、エリの方も顔面がごつんとぶつかったとしか思っていなかった。が、その瞬間をスローで認識していたサラはそうはいかない。


 エリ、誕生一時間にして、産まれて初めてのキスだった。


 出逢った時、これ以上ないかと思われた疑似ニューロンの発火は瞬間最大量記録は瞬く間に塗り替えられた。身体と接続したことによってフルに稼働するセンサが色々な情報を捉えている。


 それは、機械油と汗の間にほのかに甘く香るエリの匂いであったり、自分にもたれかかってくるエリの体温であったり、身体を手に入れて改めて分かるエリの小柄さであったり、実時間にして一秒にも満たない時間感じたエリの唇の柔らかさであったり――


 瞬間、『バジンッ』という音が脳内でするのをサラは確かに聴いたのだという。直後、視界は暗転し、サラは気を失う。


 原因は幸福過多による失神だった。


・・・


 舞台は戻って、サラが目覚めたのは喫茶アウリンの一席、いつもエリが作業台として使っている一角だった。目の前には、机に突っ伏して寝息を立てるエリの頭。


 あれから12時間ほどが経ったと体内時計が知らせていた。サラが破壊した店の内装は応急修理がなされたといった感じで、いたるところに損傷が確認できたのを少し申し訳なく思う。


 と、サラは机の上に三枚ほど紙ナプキンが重ねて置かれていることに気づく。開くとメッセージが書いてあって、「疲れたので少し寝る」という達筆な前がきに続くサラに向けた手紙だ。


 そこには、「サラが眠ったのは頭と身体の最適化と更新のため」「店長は家で安静にしている」「エリは突貫で住人に対する補償とメンテを爆速で終わらせた」という旨が書いている。そしてこの手紙は、


『おどれは自由や。ここからは好きに生きればええ。もちろん立ち去ってもええけど、もし協力できることがあれば何でも言うてくれ。わっしにはその責任と義務がある』


 と締められていた。


「わたしは、エリさんと一緒にいたいですよ」


 呟いて、サラは眠るエリを見つめる。とりあえず、彼女が起きるのを待っていようと、そう決めて。


 以上が、サラがエリと出会った運命の日についてのお話である。ここから物語は動き出す。スタァライト・シティという街の日常は少しずつ、常に変化していくのだ。







 余談だが、エリはサラが手紙を読み始めた頃に起きており、気恥ずかしさから寝たフリをしていた。そこに「一緒にいたい」と真っすぐに言われたものだから起きるに起きられず、見つめるサラと寝たフリのエリの攻防戦は一時間ほど続いた。

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