ファイル9 雨に唄えば

ザーザーと言う音が店内に響く。

今日は生憎の大雨。こんな日はあまりお客さんが来ないから必然と暇になる。


「ねぇ、昔話を聞かせてくれませんか?」


スタッフルームで作業していると同じ様に作業をしていた和泉さんがいきなり言ってきた。



「いいですよ。でも、ちょっとだけですよ」


私は静かに昔話を語り始めた。


ーーーーあの頃は一人だったといえば語弊があるかな。

この店にいた薬剤師は私一人だった。

店長は別府店長の前にいた店長、西川店長だったかな。

西川店長も店長に成り立ての女店長だった。

私は大学卒業して、国家試験受かって・・・公布所出向から戻って•・・



とにかくその時は新人だった。


ーーーーよし!今日も頑張るぞ!


私はバッグに入れてあったお守りを確認すると業務に入った。



しばらくすると雨が降り出した。かなりひどい大雨だ。

ちょうどその時、私は外に並べていた商品の補充をしようとしていた。

店長の指示を仰ぎ、外に並べていた商品を置いている台車を店内に入れた。


台車を店内入れ終わった後、医薬品コーナーの商品の補充を始めた。


「すみません。薬ください」


私は突然声をかけられた。


「どうなさいましたか?」


私は声の方に振り向くと固まった。


そこには子供の姿。

雨に濡れたのだろう、ずぶ濡れである。


「オレより少し小さい子供が飲める熱下げるお薬ありますか?お金はありますよ」


男の子は私にチャージカードを渡した。

確かにお金は入っていた。

・・・少しの薬を買うだけのお金は。


「この後、どうされるんですか?」


「もちろん。家に帰るよ。歩いてだけど」


男の子は笑った。傘やカッパなどの雨具は持ってなさそうだった。


「おうちはどちらですか?」


近かったら傘を渡そうと思って、私はその言葉を発した。


「殊城町(ことしろちょう)だよ!」


男の子は元気に答えた。

ーーーーここから結構な距離がある。


「お家に誰かいますか?」


「・・・えーと風邪で寝込んでいる弟だけだよ」


ーーーー大人はいないのだろうか?


「お父さんとお母さんは?」


「父さんは仕事。母さんはこないだ出て行った」


私は絶句した。



ーーーー大人が家にいない!?どうすればいいの!?


戸惑いを覚えた。

普通にこのまま帰ってもらうわけにはいかなかった。

私は少し迷っていた。

実を言えば、その男の子がよく知っている誰かと重なって見えたのだ。

ーーーーその誰かにはもう会えないけど・・・。


この男の子にもしものことがあれば私は絶対後悔する。


私は店長に事情を話し、男の子を面談室に連れて行った。


ーーーー店から離れる事をしなければ何をしてもいいと言われたのが痛いけど。



そして、男の子にそこで待つように言って私はスタッフルームに戻り、制服の白衣を脱いだ。


私は、店内で必要なものをいくつか購入して面談室に入った。

面談室ではさっきの男の子が待っていた。

その顔に戸惑いの色を覗かせながら。


「お待たせしましたー」


私はさっき店内で購入したバスタオルを男の子に渡した。


「えーと・・・。使っていいの?」


「ええ。もちろん。このままだと君まで熱出ちゃうよ?」


「・・・」


男の子は黙って濡れた身体を拭いた。


「ありがとうございます。これ、どうすればいいの?」

「あげるよ。これもどうぞ。お腹空いてるでしょ?」


私は男の子にさっき買ったスポーツドリンクと栄養食クッキーを渡した。


「家で弟が待っているんで・・・」


ーーーーぐぎゅるぎゅる・・・


男の子の腹の虫が鳴いた。


「・・・いただきます」


私は男の子が食べている姿を見ながら考えた。


ーーーーデバイスを使って調べたが、この雨はしばらく止む事はない。

方法はある。無いわけではない。

私だって一人の人間だ。心は揺らぐ。


これはいい機会と思ってやろう。

ーーーー捨てるんじゃないんだ。

手放すだけだ。思い出は心の中に強く残っているんだ。


だから、大丈夫。私はあの頃より強くなったんだ。



「ちょっと離れますけど、このままお待ちくださいね」


私は男の子にそう告げるとスタッフルームに戻った。

そしてロッカーの中にある最後の一枚になった御守りを手に取り、デバイスでコーリングした。







私は制服である白衣を羽織り、整えた。

面談室に向かい、そこで待っている男の子に声掛けた。


「お待たせしました」


「・・・えーっと、ごちそうさまです」


男の子は恥ずかしげに答えた。


「それではこちらへどうぞ」


私はにこやかな顔で男の子を店の外に連れて行った。



雨が降り注ぐ中、そこで男の子を待っていたのは・・・一台のタクシー。


私は男の子をタクシーに乗せると運転席の横から運転手さんに話しかけた。


「すみません。これでお願いします」


最後の一枚になった思い出のタクシーチケットを私は運転手さんに渡した。


「ボク、家の場所言えるね?」


後ろの座席で座っている男の子は頷いた。

そして、タクシーは出発した。

私は見えなくなるまで、男の子を乗せたタクシーを見つめていた。






「そんな話があったんですね」


「結構昔だけどね」


和泉さんの言葉に私は応えた。

作業が終わり、私と和泉さんはレジに向かった。


「それでその男の子、どうなったんです?」


「今も時々店に来てくれているよ」


ふと店内を見回すとDがいた。



ーーーーあいつ、今男性化粧品のコーナーにいるから、新作の洗顔料を物色しているな。



そんなDに金髪の男の子が話しかけてきた。


ーーーー制服が違うから違う学校の生徒かな?


「よ!相棒!久しぶり!」


「あぁ、土屋か。久しぶりだな・・・ってお前、こっちじゃないのかよ」


「・・・悪いなぁ。相棒、こっちの気分だったんだ」


金髪の少年とDは知り合いのようだった。


ーーーーまぁ、楽しそうにしているからそのままにしておくか。


「そうだ。土屋、こいつを見てくれ」


「なんだ?相棒・・・うわぁ!これ、めちゃくちゃレアなやつじゃねぇえか!!!」


ーーーー金髪の少年のテンションがすごく上がっているな。


「知っているのか?」


「知っているも何も・・・」


「よし!詳しい話はマックスバーガーで聞こう」


「いいのか!?相棒」


「もちろんだ」


ーーーーどうやらあいつは親しい友人と一緒にマックスバーガーで過ごすみたいだから、今はそっとしておくか。


私と和泉さんは静かにその近くを通り過ぎた。


夕方の精算作業が終わり、私は売り上げの報告をしようと思い、スタッフルームに入った。


スタッフルームでは仕事を終わった三人のお姉様方が盛り上がっていた。


「志賀野さん、派手にコケてたね」


「フンっ」


「そうそう。その後もわたし、お母さんと一緒にいたけど、その子離れなかったわよ」


「そうなんだー。今じゃ思えないほど甘えん坊さんだったんだ」


「何、盛り上がっているんです?」


思わず私は口を挟んだ。


「いやー、栗原ちゃんが昔話をしていたから、こっちもついつい・・・」


「話をまとめるとあの子も大きくなったねって事よ」


お姉様のうちの一人の乾さんは優しく笑った。


どうやら、生後3ヶ月の頃(その時連れていたお母さん曰くである)にお母さんと一緒にお店に来たのだ。

大きい車で降りるときベビーカーに乗せられてたそうだ。すごい甘えっ子でよく動く子なので目を離せないらしい。

・・・なので、志賀野さんと山川さんでその子の相手をすることになった。


しばらくはベビーカーの上で座って大人しくしていた。しかし、母親がいない事に気付いたのか、二人が目を離した隙に店内に入った。

そうなると大騒ぎである。

しかも、その子は、よく動くしすばしっこいので追いかけるのが大変だったという。

その上に隙あらばと言わんばかりに追いかける二人をこかしにかかる。

恐ろしい知能犯である。


最終的に母親のところに行ったので抱きかかえられて事なき得た。

その時の様子、実際見てみたかったものだ。


「んで、カゴ3つ分いっぱいにベビーフードを買って帰られたのよ」


乾さんはつづけた。


「そうそう。まだ小さいのに歯が生えているとかご飯いっぱい食べるとか凄かったよ」


そんな話に花を咲かせながら、私は今日の残りの業務をこなした。



















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