ファイル5 ミスターD後編

 夜も更け、私は閉店作業を終わらせる。夜のパートさん、バイトちゃんと一緒にスタッフ用の扉の前でお疲れ様ですとお互いに挨拶を交わし、帰路に入った。


 ーーーーなるほどシンくんと言うのか。まぁ、あの文字の感じからしてシンなんとかって言う名前だろう。以前弟がいるって言ってからシンジとかではないだろうな、多分。なんとなくだが、シンイチくんとかシンノスケくんとかシンタローくんとかなんかそんな感じの名前なんだろう。

 私はいつものぶかぶかのオレンジ色のパーカーを羽織り、そんなことを考えながらいつもの道を進む。



 ーーーーまず、キックボールが得意なキレ者・・・なんか違う。

 ・・・・まぁ感じが犬っぽいと言えば犬っぽいがなんとなく違うなぁ。

 ・・・・と言うことは弟想いで自分の肉体を鍛えている男・・・・ふむ。それだ!それ!!

 彼の名前はシンタローくんだ!!

 おそらく字の感じからして次に書こうとしたのはt!と言うことはやっぱりシンタローくんだ!

 彼は秘密結社の総帥の息子で正義の味方になるべく日夜鍛練に励んでいるわけか!

 そういえば定期的にプロテインを買っていたし、この説は納得できるぞ!!

 そんなことを考えながらいつもの公園を横切ろうとした。



 今日はいつもと違っていた。流石の私もなんとなくわかる。

 公園には私を待ち構えている先客がいたのだ。しかも困ったことに複数。

 これが仮に仕事で彼らが客なら最高級に笑顔になれる。

 ーーーーそう、仕事ならね。


「あれ??まゆりちゃん?」


 ーーーー生憎だが今はオフだ。そんな気分になれるわけがない。


 私は辺りを見回した。


「申し訳ございませんが、私はまゆりという女性ではございません」


 言い回しは自身の冷静さを保つため、ひたすら丁寧にする。


「まゆりちゃん、何言ってんだ?」


 ーーーーわかっていたが、やはり私の事か。


「こんな垂れ目の酷い小さい私がまゆりという女性であるはずがありません」


 丁寧に自分を卑下する。


 ーーーー気にしているからそう言っている。いつもはアイライナーで目付きを鋭くするが今は明大ラーメンを食べるので落としている。


「・・・・そぉか?」


 ガラの悪いの一人、私に近寄ってきた。

 仮に仕事なら我慢できるが、今は我慢できない。逃げるか殴るのどっちかをしたい気持ちがある。どちらにせよ、後のこと考えるとできない。仮に我慢したとしてもここで運良く正義の味方が現れるわけでもない。


「ええ、人違いでございます」


 ーーーー言って置くが私は慧子(さとこ)だ!!!

 私は苛立ちを抑え、言葉を丁寧に返しつつ、距離を取った。


「・・・・おい!こっちが下手に出てるっていうのによ!!」


 男たちのうち一人が怒りを露にし私に駆け寄ってきた。

 ーーーーそして、そいつが私の肩に手を置いた瞬間、私の横に突風が発生した。

 ドンッ!という音はした。間違いない。


 ふと見ると私に近寄ってきた男は倒れ込んでいた。


「なんだ・・・!?」


 離れて見ていた男達のうちの一人が驚きの声をあげた。

 私は後ろを向いた。

 いくら街灯で照らされていると言え、暗くてよくわからない。

 ただ、これだけは言える。

 そこには犬科の動物を彷彿とさせる黒い面を着けた人物が立っていた。


「こいつ、何者だ!?」


「やっちまぇ!!」


 私に声かけたガラの悪い男達は面を着けた人物を囲み、襲い掛かった。


「ぐわっ・・・」


 ーーーー呻き声がした。柄の悪い方の。

 柄の悪い方のうちの一人がうずくまっている。


 ーーーー多分正義の味方だな。

 うずくまっているやつはおそらく仮面の人物に殴られたのだろう。


「ごぉっ!!」


「がばっ!!」


 男たちの叫び声が聞こえる。

 ・・・・多分殴られているのだろう。柄の悪い方が。


「なっ!!?」


 ふと男たちと性質の違う声が聞こえた。


「厳つい野郎かと思ってたかまだ青二才じゃねえか!?」


 男たちの一人が面を外したのだろう。そこにいた人物さはあどけなさが残る少年だった。どこかで見たことある顔だ。


「どうして逃げないですか!?」


 少年は叫んだ。


 ーーーーあぁ。私のことか。

 私は我に返った。しかし、私は逃げない。私がこの場から逃げない理由はいくつかある。


「警察だ!!」


 少し遠くから男性の声が響いた。


 ーーーーまず理由その1、そろそろ警察がくると思ったから。


「おい!ずらかるぞ!!」


 男たちは走って去った。


「げッ!」


 少年は咄嗟にさろうとした。


「ここは任せてくれないか?」


 私は少年に囁いた。

 私は少年をベンチに座らせ、私が羽織っていたオレンジのパーカーを着せてフードを被せた。私はオレンジのパーカーを着せた少年の横に立ち、彼の肩に手を置いた。


「警察です。今の騒ぎは・・・?」


「・・・弟が、弟が・・・いきなり変な人たちに襲われて・・・」


 私は泣きそうになりながら訴えた。


「そうですか、それではまず弟さんとお話しさせてもらえますか?」


「何を言ってんですか!!?弟はすっかり怯えて震えているんです!!こんな状態でできるわけないじゃないですか!!」


 私は涙を浮かべながら少年の前に立ち、警官に言葉を突きつけた。


「わかりました。もし何かありましたらまたお願いいたします」


 警官は敬礼をし、静かに去っていった。

 ーーーー我ながらに名演技である。もしかしたらなんかの賞を取れるかもしれないと思うくらい惚れ惚れする。


 理由その2は少年を守るため。


 警官が去ってしばらくした後、私は行動した。


「ついてきて」


 私は少年にやさしい耳打ちすると周りを見ながら目的地に足を進めた。


 公園を出て私の自宅の反対方向にしばらく歩く。そこにあるのは夜の飲み屋街。目的地はその場所にある。

 ーーーーさぁ、着いたぞ。明大ラーメンだ。


 私は目的地に着くと少年の耳元で優しく囁いた。


「さてそろそろ返して貰えないか?流石にこの格好で夜道は寒いものだ」


 少年はあっと小さく驚きの声をあげ、何も言わずパーカーを脱いで私に渡した。


「さぁ、奢りだ。好きなのを選ぶといい」


 私は店の入り口に置いてある前売りチケットの販売機にデバイスをかざした。

 辺りにラーメンのいい匂いが漂う。

 ーーーーたまらん!

 理由その3は、一緒にラーメンを食べるため。

 正義の味方と食事を取るなんてなかなかない経験だ。本人は違うと言うだろうけど。


「え?・・・こんな時間に食べると身体に悪いんじゃ・・・?」


「月に一回くらいは構わんだろ。私なんか三ヶ月ぶりだぞ?」


 ・・・・ぐるるる


 腹の虫が鳴く音が聞こえた。一応言って置くが私ではない。


「あの薬に比べたらこっちの方が安いから気にするな。それに命の恩人だ」


「・・・わかりました。ありがたくいただきます」


 少年は自分が食べたいものを手早く選び、私に声かけた。


「オレはこのくらいで」


 チャーハンに大盛りラーメン、チャーシューマシマシ、餃子も頼んでる。相当お腹空いていたようだ。

 私も自分が頼むものをしっかり頼み、前払いで会計済ませる。


 私は少年を連れてテーブルにつく。


「あなたは何者なんですか?」

「あぁ、ただの通りすがり。って言っても今日も君に会っている」

「今日も?」


 少年は疑問を口にした。


「そうだな。・・・大体月に2、3回は会っているかな」

「・・・今日も会っていて、大体月に2、3回は会っている?・・・誰だ?流石にこんな美人、そうそうに忘れないぞ」


 少年は頭を抱えて考えた。


 ・・・・失礼な。

 私は言葉を冷静に放った。


「まぁ、女は化けると言うからな」

「・・・失礼ですが、どなたですか?」


 流石の私もムッとした。無言で自分のデバイスを取り出し社員証を表示させ、見せつけた。


「・・・・嘘ですよね?」

「事実だ」


 私は素っ気なく言う。


「・・・」


 少年は固まった。


 ーーーーおい!失礼だろ!!


「お待たせしました」


 タイミングよく料理が届いた。


「それはとにかくいただくとしよう」

「わかりました。いただきます」


 私と少年はほぼ同時に箸を手に取った。


 その一口を口に入れると広がる味噌の匂い、スープが絡んだ太い麺の弾力はいつも凄みを感じる。

 味わい深いチャーシューの奏でる旨味は讃美歌のよう。

 背筋に走る背徳感は命の謳歌。

 ーーーーこれぞ!私は生きている!!


 瞬く間に器は空になった。

 多分私より、目の前に座っている少年の方が先に空になったのだろう。

 私の器が空になったのを見て少年は言った。


「あなたがオレをここに連れてきたのは何か目的があるハズだ。それを教えてほしい」


 ーーーー案外勘がいいヤツだ。


「そうだな。まずは正義の味方くん、君は私が何者かわかっているかな?」


「待ってください。オレは正義の味方じゃないですよ」


「実際問題、私を助けたじゃないか。時たまそういう話を聞くぞ」


「単に自分達にかかる火の粉を払っていただけです。まず、正義の味方と呼ぶのをやめてください」


 ーーーーさて、どう返そうかな?


「どう呼べばいい?」


「・・・まぁ、そうなりますね」


「私は君の秘密を守りたいのだ。簡単なニックネームがあればありがたい」


「・・・・よくわかりませんが・・・」


 彼は考え込んだ。


「秘密を守りたいって事は名前はダメってことか・・・」


 ーーーーそうだ。私は君の名前を知っている。シンタロー君だろ?


 私は黙って様子を見ていた。


「Dはどうですか?アルファベットのD」


「なるほど。危険を意味するデンジャラスのDか。君にふさわしいな」


「・・・・微妙に違いますけど、いいや」


 ーーーー違うのか。この際はどうでもいいな。


「D、いくつか聞きたいことがある。しかし今は一つだけ教えてほしい」


「なんでしょう?」


「君は何故それが必要なんだ?」


 私は単刀直入に言った。


「あなたはただの店員ですよね?」


「新生薬剤師法、第24条」


 私は再び社員証を突き付け、言い放った。


「薬剤師は投薬内容に対して科学的根拠が見られないと判断した場合、調剤、公布及び販売はしてはならない。D、その社員証にはなんて書いてある」


「薬剤師、スペシャルヘルケアアドバイザー・・・って今の話、どう考えても個人の采配じゃないですか!?」


「大丈夫だ。一定ルールの元でやっている。しかしあの薬が必要なるのは余程の場合だ。場合によっては専門機関の紹介状を書く必要が出てくる。大人なら今日のところはそのままにする。しかし、君はまだ14歳だ。話してくれないだろうか?」


「・・・・」


 Dは黙った。少し考え込んだ。そして、思わぬ言葉が飛び出した。


「・・・・痛いんですよ。苦しいんですよ・・・」


「どこがだ?」


「・・・えーと、胸の辺りが締め付けられるような・・・・」


 ーーーーまさか狭心症!?ここらの医者で心臓に詳しいのは・・・・あぁ出て来ない!!?

 仕方がない。病院勤めの友人に聞くか。


「いつからだ?」


「今年の1月の中頃からです」


「何があった?」


「授業がかったるいのでバックレようと保健室に行ったんですよ。そこに先客がいまして・・・」


 ーーーーサボるな!!と言いたい気持ちは抑えた。


「先客?」


「同じクラスの女の子ですよ」


「同じクラスの?」


「えぇ。ノースユーロからきたあの、色白で髪の毛が焦げ茶色の」


「・・・・」


 私は言葉を失った。


「彼女、凄くかわいいんですよね、お人形さんみたいな感じで。それなのに寝ているあの姿がもう・・・・・

 あれ以来頭から離れなくて・・・・時々ふいって頭に浮かんで・・・」


 ーーーー笑うわけにはいかない。私はプロだ。耐えるぞ。


「あの姿見た後、ホントに熱だしちゃいましたから、オレ、風邪をひいていたかもしれません」


 Dは苦々しく笑った。


「・・・と言うわけです。納得いただけました?」


 ーーーーさて、事実を突き付けるか。


「そうだな。結論から言おう。君にはその薬は必要ない。効果がないからな」


「え?」


 予想もしない私の言葉に驚いたのであろう。


「解決する方法は一つだ。当たって砕けてこい」


「どういうことですか?」


「それは古来からあるどんな薬でも治すことができない不治の病だ。つべこべ言わず砕けてこい」


「不治の病!?」


 ーーーー驚いているが私もそうとしか言えん。


「そうだ。とっとと交際の申し込みをして砕けてこい」


「・・・・ちょっと待ってください。オレ、振られること前提!?」


 ーーーーわかってるじゃないか。


「そっちの方が気が楽だろ?」


「確かに・・・って話の論点おかしくないですか?」


「・・・それはいわゆる恋患いと言ってだな。どんな薬でも治療することは不可能に等しい。効率的な治療方法は一つ。とっとと当たって砕けてこい」


 Dは目を丸くして私を見つめた。

 私は溜め息をつくとテーブルの端に置いてある注文用の端末に手を伸ばす。


「流石に少女漫画は読まんだろうが、ロミオとジュリエットくらいは知っているだろう」


「・・・そういうもんなんですか?」


「認めたくないかもしれないが、まずは自分の気持ちに素直になれ」


 私は冷静になりながら注文をとばした。


「ふぅ・・・今日の薬は没収だな」


「これは他の時に使うのでちょっと・・・・」


 Dは焦った。

 

「大丈夫だ。ただとは言わない。同じ値段の商品、3つと交換でどうだ?いないときのために私の上司にも話はつけておく」


「・・・・いいでしょう」


 私はニッと笑った。


「おませしました!ご注文された餃子とライムサワーお持ちしました」


 店員さんが料理を持ってやってきた。


「・・・あの、何をされているんですか?」


「あぁ、祝杯だ。かなり個人的だが」


「はぁ・・・」


 私の言葉にDはなんとも言えない顔で返した。


「でだ、新商品3つでいいか?」


 私はDから渡された紙袋をポケットにしまいながら口を開いた。


「はい・・・・ところで一つ、お願いがありますがいいですか?」


 Dは少し恥ずかしそうにしながら口を開いた。


「私ができる範囲のことであれば構わない。言ってみろ」


「その新商品、バターキャロット味っていうのがありますよね?」


 ーーーー結構見てるな。


「案外いけるぞ」


 こないだ店長が買っていたので味見させてもらったのだ。


「・・・・そうなんですか。それを一つ混ぜて欲しいんですけどいいですか?」


「構わないぞ」


「ありがとうございます。母が人参のグラッセが好きで気になっていたので」


 ーーーー結構かわいいやつだな。

 母親のことはおそらく聞かない方がいいだろう。


 私が自分が注文した餃子とライムサワーを片付けると帰路についた。

 流石に一人で帰りたかったが、Dのやつはまた何かあったら困ると言って聞かなかった。


「オレ達はあなたの世話になっているんだ、いなくなっては困りますよ」


「流石に帰れるって~!私を誰だと思ってるのだ~」


「絶対酔ってるでしょう。足元ふらふらじゃないですか」


 とまぁ、そんな具合に私は社宅の入口まで付き添われたのだった。

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