花と初恋

きひら◇もとむ

第1話

「じゃあ宏樹はお花屋さんに行ってカーネーション買ってきてね」


「えー、花屋なんてやだよ」


「しょうがないでしょ!私はプレゼント買いに行くんだから。それともあんた私に全部やらせる気?」


若干の殺意を感じさせる3つ歳上の姉の言葉に僕は渋々従った。

今日は5月の第二日曜日、そう母の日だ。

当日になってバタバタするのは家柄なのか毎度のことであった。



その花屋は僕の通う中学校へ行く道の途中にあり、僕は緊張しながら入り口のドアを開けた。


生まれて初めて入った花屋。

花の香りと葉の匂いが僕の緊張を和らげる。

ガラス張りのショーケースの中にはたくさんの色とりどりの花たちが種類ごとに分けられている。

さらに店内には鉢植えや花束などがところ狭しと置かれていた。


――小さい店だと思ってたけど、中にはこんなにたくさんの花があったんだ。


僕は毎日見ていた『近所の小さな花屋』とのギャップに驚いていた。


――でも何だろう、この感じ。ふわふわしてるんだけど、とても落ち着くなぁ。


ひとしきり初めての花屋を感じてから僕は店のスタッフを呼んだ。


「すいませーん」


「あ、いらっしゃいませ!ちょっとお待ちくださいね」


店の奥から、いや、たくさんの花の奥のどこかから声がしたと思ったら、大きな観葉植物の陰から女性スタッフが現れた。

肩までありそうな髪をバンダナで一つにまとめ、Tシャツにフランネルシャツとジーンズ、そして軍手というカジュアルな格好の女性だ。大人の人の歳はよくわからないけど20代後半くらいかな。


「すいません、カーネーションが欲しいんですけど」


「母の日ですもんね。でも、ごめんなさい。実はつい先程大口のお客様が来てイベントで急遽使うことになったそうで全部売れちゃったんです」


そのお姉さんは申し訳なさそうに言った。


「カーネーションは無いんだけど、代わりにバラの花束なんてどうですか?バラっていうとプロポーズとかをイメージする人が多いんだけど、8本のバラは『あなたの思いやり、励ましに感謝します』という意味があるんですよ」


「へぇー、そうなんだー。じゃあそれでお願いします」


「ありがとうございます。じゃあ、すぐお作りするのでもうしばらくお待ちくださいね。色はおまかせでいいかしら?」


そう言うと彼女はショーケースの中から白とピンクのバラを数本取り出し、一本ずつ手に取って眺めてから8本を選んだ。


――フフン フフフフ フン フフフ


彼女は背筋を伸ばし、凛とした佇まいながら、きれいな声でハミングして手際よく花束を作っていく。

僕はそれをドキドキしながら見ていた。

その美しく優しい表情に彼女の周りの時間がゆっくり過ぎていくように感じたからだ。



「うん、よしっ!」と小さな声で呟いてから、


「お待たせしました。あれ?どうかしましたか?」


彼女の顔に見とれていた僕は急に視線を向けられて焦った。


「本数もそうだけど色にも意味があるんですよ。ピンクは感謝、白は深い尊敬。母の日にぴったりでしょ?」


「は、はい」


僕は精一杯の返事をした。


「あとかすみ草を入れて可愛く仕上げたから。これは今日このお店に来てくれたキミへお姉さんからの感謝の気持ちでオマケしといたから安心してね」


彼女はニッコリ笑った。


接客言葉ではない素の彼女に僕のドキドキは止まらなかった。

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