【拾】


     *


 ――江戸。


 風が吹き、曼殊沙華が揺れる。血のように艶やかで鮮烈な紅色が庭の端で舞を披露していた。

 送られて来た文を火鉢にくべながら、五郎八姫は開かれていた格子に目をやる。傍に控えていた侍女がすかさず格子を閉じた。

「すっかり秋になったなぁ。……たい、筆を持って来て」

 五郎八姫は侍女に命じた。

「お返事を書かれるのですか」

「ええ。――そろそろ、探りを入れなならしまへん」

 仙台から、牟宇姫が毒を盛られたという話を聞いたのは、梅雨のこと。牟宇姫が倒れたと聞いた時は、生きた心地がしなかった。そして、無事に粥をすすれるようになったと聞いた時、五郎八姫は安堵した。

「……牟宇殿に今、死なれるわけにはいかへんもの。……思いどおりにさせるもんどすか」

 五郎八姫は帯の隙間に挟んでいた匂い袋を取り出す。もう随分、匂いは薄まってしまった。きつく握り締めながら、五郎八姫は仙台に行く、と宣言した。

 その瞬間、たいが慌てて反対した。

「今は、時期尚早かと。姫様が今仙台に行かれたら、疑いの目が姫様に向くことに」

「かましまへん」

 牟宇姫も、もう普通に話をすることはできるだけ回復したと言う。これ以上待っていたら、雪に邪魔をされ、山を越えられなくなる。そうなると、今度は春まで待たなければならない。

「それに、疑われたところで、困ることやらあるん? ――私が牟宇姫を害した罪人であるちゅう証拠が、既に挙がってるとでも?」

「いえ、そのようなことは……」

 たいが口籠る。五郎八姫は、火鉢の中で灰になった文の残骸を見つめた。

 本当は、もっと早く仙台に戻ろうかとも思った。しかし、今動くことは相手の思うつぼである。

(早う、始末をつけな)

 焦りそうになる自身をどうにか律する。本当は、おおごとにならないうちに動く予定だった。しかし、思いのほか行動が早まった――それだけのこと。巻き込んだ妹姫に対しては罪悪感を覚えたが、そう言っていられる場合ではない。

 五郎八姫は、鈴の音が転がるような声を思い出した。かつては自分もあのように無邪気な少女だったのだろうか――そう思うと、ほんの少しだけ、胸の奥がチリリと痛んだ。

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