【禄】


 *


 牟宇姫が五郎八姫の屋敷を訪ねると、先にお山の方が来ていた。五郎八姫は牟宇姫に向かって手招きをし、改めて婚礼の祝いを述べた。

「民部殿は、きりっとした、男前どしたなぁ。確か、牟宇殿とは幼馴染の間柄。よきご縁になるやろう」

 まるで牟宇姫自身の気持ちまで見透かしたような物言いである。五郎八姫の敏さに赤面するのを止められなかった。

「お山の方も用意されてる思うけど、気持ち思て受け取っとておくれやす」

 五郎八姫は、化粧道具を並べた。どれも仙台にはない、華やかな化粧道具達である。

 その他にも菓子や反物、髪紐、それから煙草入れなども渡された。

「あと、これも」

 五郎八姫が差し出したのは、水色の巾着に、蓮の花を刺繍した守袋である。涼しげな、夏の夜を彷彿とさせる花の香がする。

「これは……荷葉、ですか?」

「すごいどすなぁ、牟宇姫。その通り。六種の薫物のひとつ、『荷葉』どす。牟宇姫は薫物にもお詳しいねんな」

「前に、兄上に習いました」

 褒められたことに照れながら、牟宇姫は五郎八姫に贈り物を持って来たことを思い出した。すみに声をかけ、塗りの箱を持って来させる。

「こちらを。……その、五郎八様がお気に召されるか分からぬのですが。えっと、まさか五郎八様も……とは思わなくて」

 箱を開けた五郎八姫は、驚いたように目を見開いた。桜色の守袋を掌に乗せ、匂いを聞いている。

「――『荷葉』?」

「は、はい。その……被ってしまいました」

 気を悪くしていないだろうか、と恐る恐る伺う。間違っても先に差し出さなくて良かった。側室の娘に同じものを献上されたら、気を悪くされてもおかしくはない。しかし、五郎八姫はむしろ嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「お揃いのものを持って来てくれはるなんて、私達は気ぃ合うようどす。偶然とはいえども、えらい嬉しいわ」

「まだ、縫い物は得意ではなくて……。五郎八様がくださったこちらの匂い袋のように、もっと縫えるようになったら、また贈らせていただきたいです。よろしいでしょうか?」

「もちろん」

 五郎八姫は満面の笑みであった。

「姫に抜かされへんように、私もより一層精進するようにします」

 五郎八姫は、牟宇姫が渡した桜色の匂い袋を掲げ、侍女達に見せびらかせた。すぐ傍には、先ほど花瓶を割ってしまった侍女もいる。侍女は牟宇姫と目が合うと、小さく会釈をした。

(五郎八様は、本当に素敵な人)

 侍女達の表情だけで、五郎八姫がどれだけ慕われているかが分かる。牟宇姫達に接するのと同じように、侍女達に対してもまた、分け隔てなく接しているのだろう。

(わたくしも、あんな女人になりたい)

 牟宇姫は、年の離れた異母姉に憧れを抱く一方で、相変わらず不貞腐れたままのすみが気がかりでもあった。

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