第49話 姉妹の再会は、私を二度殺す

 道も建物も何もかもが随分と荒れていたけど、港がまだ機能していたのには驚いたものだ。


 ダイアナを拐うために、そこだけは何とかしたのだ。


 アースノルト大陸を離れて何日も経つ。

 

 レオン達は無事なのか。


「王都に送られたダイアナを、これから大聖堂の抜け道に案内するよ」


 エンリケは、ダイアナの様子を知らせてくれる。


 彼のもとに来る鳥が、情報を運んでいるようだ。


 私とエンリケは、目立たないように馬と徒歩で移動していたから、ダイアナと離れてしまっていた。


 早く、ダイアナが安全な場所に行ってほしい。


 私がここに戻る直前まで雪が降っていたのか、道の端にはうっすらと白いものが積もっている。


 外気も冷たい。


 でも、上空は晴れ間が見えた。


 何日ぶりとなるのか、ドールドランの大地に日光が降り注ぐ。


 誰もが空を見上げているから、私達に意識を向ける者などいない。


 そんな中で、懐かしくもない王都に戻されていた。


 あの記憶が蘇ると、身が竦む。


 王都の周りに侵略と災害から逃れて来た避難民が集まっており、どこを通るのかと思えば、地下通路を使い、封鎖された王都内へ入る。


 いざと言う時に王族は、何本もあるこんな道を使って民を置いて逃げるのか。


 避難民が溢れ返る、荒んだキャンプ地を直接見ても、大きく感情が揺さぶられることはなかった。


 どこか他人事のようで、何も感じない自分が虚しいとすら思える。


 エンリケの後ろを歩いて行くと、城内の食材倉庫の中に出ていた。


 薄暗い地下通路から城の通路に出て、窓から入り込む陽射しに目を細める。


 目が慣れるのを待っていると、急に体が軽くなった。


 私の周りに精霊達が集まってくる。


 ダイアナが、月の精霊達を大陸に戻したのだ。


「ダイアナは、騎士達と無事に合流したよ。さすが、帝国の船だね。もうここに上陸して王都近くまで迫るとは、厄介だ。君にも能力が使えたら楽だったのに、支配系の能力は同族には使えないから……」


 肯定するかのようにエンリケがそれを告げてきたけど、気になる言葉があった。


 支配系?


 その言葉を考えようとしたところで、


「イリーナ、イリーナ」


 あの人が駆け寄って来た。


「イリーナ、良かった。無事で」


 イリーナの姿を見て、心底安堵したといった様子だけど、何が良かったと言うのか。


 ここが安全な場でないことは明らかなのに。


 下手をすれば私はここで二度殺されることになる。


 二度目はこの人達と心中だ。


「脅されていたと聞いたわ。酷いことをされなかった?」


 貴女達以上に酷いことをする者などいない。


「イリーナ。何か話して?」


 不快なこの顔を睨む事をやめられない。


 感情を押し殺して、平静な顔で見る事ができなかった。


「アリーヤ。イリーナは、君に怒っているんだよ。だから、家出したんだ」


 助け舟にもならない事を、エンリケが説明している。


「怒っている?」


 何のことか、覚えがないと言いたげな顔だ。


「君は、エルナト様を見殺しにした。君だけが、エルナト様を救えたのに。それに君は、他にも気付いていることがあるだろう?」


「それは……」


「それから、今のイリーナの姿を見て何も疑問に感じないのも、君の性格を表しているんだ。嫌なこと、都合の悪いことから目を逸らす君の本質を。この子のことは、僕が預からせてもらうよ。行こう、イリーナ」


「待って、私に仲直りのチャンスを」


 追い縋ってくるあの人を残して、エンリケは歩いて行く。


 雪が止み、空が晴れた様子を、城内の人も窓から見上げている。


「姉妹の再会を、天が祝福しているようだわ。アリーヤ様の悲しみが、空を覆っていたのね」


 侍女の一人がそれを口にしたから、声をあげて笑い出したかった。


 たしかに私に置いて行かれた精霊達は、嘆き悲しんでいた。


 でも、侍女達のそんな能天気な考えも、すぐに打ち砕かれる。


 ここは間も無く攻め込まれるのに。


 隣国の兵団が、報復としてここの王都を攻め落とす気なら、その時にきっとこの人達と一緒に殺される。


 何の施しも与えないつもりだ。


 だから今度こそ、その時はこの大陸が終わる。


 王都の端では、巨大な火柱がすでに上がっていた。


 王都を丸々焼け尽くす炎だ。


 グルリと炎に取り囲まれ、逃げ場を無くしたそこに住む人達はどうするのだろうか。


 今こそ雨が必要なのに、それは皮肉なことだった。


 あれが見えているはずの城にいる人達は、どうしてこんなに楽観しているのか。


 おそらく、現実逃避だ。


 聖女アリーヤがいるここが巻き込まれるはずがないと思っているのか。


 そう言えば、バージルの姿が無かった。


 騎士や兵士達にでも指示を出しているのか、さすがにまだ逃げてはいないと思いたい。


「大丈夫。貴女のことは俺が守るから。大切なイリーナの体だ。安全な道を案内するよ」


 エンリケは、幾つもの脱出路を知っているようだ。


 それよりも、モフーを探さないと。


 どこかに閉じ込められているモフー。


「エルナト様、こっちに来るんだ。城の中に別の抜け道がある」


 急かされながらもエンリケの後ろを歩いていると、足元にモフーが擦り寄って来た。


 逃げ出してきたようだ。


 周りには、私達以外の人はいない。


 エンリケも、大人しい私に油断している。


 イリーナと、エンリケと、二人が今までどのように過ごしてきたのか、一瞬よぎった思いとほんの少しの躊躇い。


 でも、近くに置いてあった大きな花瓶を掴むと、彼の後頭部に振り下ろす。


 それが割れるとともに、エンリケは床に倒れる。


 間に合うかはわからないけど、ダイアナの後を追うつもりだった。


 精霊の通った道を辿れば、追える。


 こんな所で、あの人達と心中なんかしたくない。


 一生閉じ込められて、生きたくはない。


 せめて最後まで、自分でどう行動するのか、私の意思で決めたい。


 震える手でモフーを拾い上げて駆け出す。


 目指す場所は、私がずっと過ごした大聖堂。


 でも、城の外に出た所で、行手を阻むように場内になだれ込んで来る兵士達。


 悲鳴と叫び声が響き合う。


 そこら中に死体が積み重なっていく状況で、いつ私も殺されるのか。


 兵と兵の剣がぶつかり合う中、死を覚悟して会いたいと願ったのは、レオンだった。


 一度目の死の時には無かった感情だ。


 伝えられない想いがあるのだとしても、ちゃんとお別れをしたかった。


 剣を握った兵士が、こっちに向かってくる。


 間も無くあの剣にこの体が貫かれるだろう。


 せめて、ダイアナ達の船がこの大陸を離れるまでは、穏やかな天候のままであってほしい。














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