#16 スーパーファイナルアイランド

私たちは山の上を目指して歩き続けた。炎天下で喉の渇きに喘ぎながら、誰もウキウキとした喋り声を上げることなどなくひたすらに前に進んでいた。


私の水筒の水はもうすっからかんになっていた。なぜならば、愚かにも私は序盤で水を飲みすぎたからだ。


「この島の全貌が望めるところまでいきましょう。山の上には展望台はありませんが、少なくとも景色はいいですよ!」


山の風景は移ろい続ける。そうは言うものの、この山の風景は変わらないことが多い。亜熱帯気候に位置するここでは常夏とまでも言わないが、それなりに暑い期間が続く。


涙道さんが必死に話しているのは、ある意味で木であるとも言えなくはないその怪物が、私たちの行手を塞いでいるからだ。


その木は半径10mはあるように見えた。他の植物の繁茂を避けながら、道のど真ん中に生えているその木は、上部の器からは灰色の液体を垂らしていた。匂いが酷く、大半の人間は鼻をつまんでいた。


「あっあっ」


今日は小高い山のてっぺんで小笠原の風景を眺めるというピクニックだったはずだ。だがそれは目の前にある木によって塞がれている。


蛇姫が列を乱して前に進み、その紫色の木を蹴り上げる。乱暴な攻撃だ。


「こんなもん、避けていけばいいんだよっ!」


落ちてくる灰色の液体が彼女の頭に被る。蛇姫は鼻に液が入ったようで、ものを飲み込む途中に笑わせられたような苦しみの声をあげた。「ぼごっ」というような音で呼吸困難な状態に陥っているのことがわかる。


「おい、蛇姫!」


そう駆け出したのは少女先生だった。少女先生は草原を駆け抜ける猛獣の如く勢いで体当たりをし、蛇姫を木の向こう側に押し込むことに成功した。だが、少女先生もまた灰色の液体の被害を被ってしまったのは間違いない。その液体は、人が通るたびに狙って落ちてきているようだった。


「うわわわわわっ!」


上部の器が回転し、灰色の液体を撒き散らし続けた。上には太ったカエルみたいな怪物が「ゲコ」などと鳴き続けている。昔、カエルを踏んだ時のものと同じ声だ。


皆がそこで2人に声をかけられないでいた。何をしてもいいのかわからない。涙道さんは救急車を呼ぶと言って山を降りて行ったきり、帰ってこなくなった。


「ねえ……皀理、もう逃げない?」


「皆、あの2人が被害に遭って思うように体を動かせないでいるの。私だけ逃げるわけにはいかないでしょ」


「皆があれに注目してる今なら大丈夫」


あいも変わらず蛇姫と少女先生は苦しみ続けていた。そう、誰も救急車を呼んでいないのである。救急車は小笠原に配備されていない。船の中でもそう話したように、基本的には緊急医療はヘリコプターのことを頼ることになる。とはいえ、どのような手段であってもこれが助けられるのかはわからないままであった。


「ちょっと待った!」


人々がざわめきで混乱している中、1人の白衣の男が林から現れた。


「……あなたは!」


赤嶺はそれに驚いて少女先生から目を離した。そこにいるのは、船の中で会話した琴似川だ。


「みなさん離れてください。我々がこれより先を受け持ちます」


琴似川の後ろには回崎も蒲生もいる。彼らは2人で大きな器具を持っていて、それはウォーターサーバーのように見えた。器具の左部には水色のタンクがついている。そしてその接続された先には、ボタンがひとつもない白い長方形の物体がくっついている。


「ᐱᒋᐊᕐᓂᖅ」


蒲生は手元にさらにノコギリを持っている。それで紫色の木を切り始めた。彼の頭には灰色の液体がかかる。だがそれなどはなんの意味もないと一蹴するかのように作業を続ける。明らかにダメージを受けていない。


「あ、船の中の時の赤嶺さん達じゃあないですか!」


回崎は蛇姫と少女先生を介抱しながらそう言っている。応急処置というべきなのか、先ほどもってきた大きめの器具のホースを少女先生の顔にくっけている。ゴゴゴ……という音は装置の起動音だ。するとホースの中に灰色の粘性の高い液体がみるみるうちに吸い取られていく。少女先生と蛇姫は意識をまだ取り戻していない。


「ええ……と回崎さん?」


「はい、回崎です。ちょっと話すと長くなるのですが、とりあえずこの場から離れた方が良さそうです」


「あの……器の上の怪物は何?私たち見たんですよ、車の中で、一昨日くらいに」


「じゃあもしかして第二段階を見たんですか?あの時に」


「第二段階……?私にはよくわからないですけど」


環凪都々は盛んに逃げろと宣告している。


「皀理っ、もう行こう」


「待ってよ都々。回崎さんの話を聞こう」


「第二段階というのは……」


「危ねえっ」


その瞬間、撒き散らされた液体が回崎の背中に被りそうになった。だがしかし、彼は素早くそれを避ける。地面にはその液体が浸潤した。


「この液体は弱酸性なんだ。お酢とかと同じような成分だよ。だけど被るとちょっとキツイ濃度になってるんで、そこのお二人が助かるとは限りません。今は中和して何とか除去したところです」


「ねえ……この怪物について知ってることがあるって言ったら何かご褒美くれる?」


「ご褒美……?何を知ってるというのですか?!私たち以外にそのことを知る人はいないはず」


「これ見てよ」


私が取り出したのは赤色の鉛筆だ。これは赤嶺が犬の死体から取り出した方。亀の死体は青色のそれだった。


「ん?これって先生が……」


「いろんなとこでこの鉛筆を見つけたんだ。詳しく話して欲しいなら何かアレのことについて教えてよ」







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