#8 サドスティックウラシマ

そのあと、赤嶺天音は私たちに弁当が配られたあともその死体漁りを続けていた。


「やめて!人がお弁当を食べてる時に犬の死体を調べないでよ」


「やるね!多分これはドーベルマンだけど」


私たちがそのしゃけ弁当を食べ終わってやっとその調査は完了したらしい。配られた弁当は割合に美味しく、むしろこれはそのもののおいしさというよりも景色にと空腹による相乗効果だとも思いながら、私はごちそうさまと言った。


「1つわかったことがあるよ。これは自然に死んだわけじゃあないね」


赤嶺が犬の腐肉の中から取り出したのは細長い棒だった。黒ずんでいるが本当は赤だったらしい。歯医者の看板みたいな斜めに入る線が見える。


「これが喉に突き刺さってた」


そういえばこれは死体の検死と似ている。むしろここで殺人事件が起きて我々が発見したことにならないだろうか。などという冗談はともかく、イヌの死体であれば必ずしも人が殺したとは限らない。だが、何か凶器が見つかったとなれば別だ。


「それは凶器とほとんど見做しても良いものなの?」


「歯磨きしてた子供が死んだ事故の話は聞いたことがある?たいてい喉の奥って薄いからさ、歯ブラシがガッと衝撃を与えるだけで脳を貫通してしまうんだ。……今回のこれはそれだよ」


「歯磨きをしてたってことね」


「別にこれは歯ブラシみたいなものじゃあないみたいだけど……鉛筆?」


赤嶺はしげしげとその棒を眺めながら考察をする。


「ほら、見てみてよ。ここに芯がある」


つまりそれは削る前の鉛筆だ。しかしなおさらなぜそこに鉛筆があるのかがわからなくなった。


よもや私たちはその後にも同じような「死体」に遭遇することとなるとは思っていなかった。1日目の午前中の予定である。相模湖高校一行は小笠原海洋センターを訪問した。目的はそこで保護されているアオウミガメを見ることだ。


海洋センターの職員が少女先生に


「ちょっといいですか」


と何か不安そうな顔で話しかけた。入り口の前で堰き止められたものだから、カメを見ることを期待していた私たちはいくらか落胆し、そこで何が起きているかを推測することとなった。


「もしかしたら先程車の中で見た怪物が何か問題を起こしたのかもね」


「書籍院?なぜそう思うの?」


「──私は先程見たイヌの死体も怪物のせいだと思っているよ。鉛筆が喉に突き刺さるなんてことは確かにありえなくないかもしれないけど、さすがに荒唐無稽がすぎるからね」


「怪物が何かやる方が荒唐無稽だと思わない?」


「まあね。そうだけど」


「そもそも書籍院は"見えた"の?」


「いや、ね」


あの紫色の木を見えた人間はクラスメイトの半分にも満たない人数だった。私と赤嶺はその体軀をはっきりと観察し、叫び声を明朗に聞いたが、書籍院や都々はそうでなかった。バスガイドの涙道さんはその叫び声をうっすらと認識したようではあるが、全貌を確認するまでには至らなかった。もしかしたら、私たちの方が幻覚であるという可能性もある。


「でもその現象を誰も説明できないのは確かよ。無論、推理小説のように探偵がいるわけでもなし」


彼女が手に持つ推理小説は「黒死館殺人事件」だ。あの複雑怪奇極まるということで有名な日本三代奇書の1つだ。黒い単行本サイズのそれは不気味な絵柄で表紙が描いてあった。


「この本も意味のわからないことが繰り返されることでよく知られているの。読んだことはある?」


一度だけ。というか最後まで読みきれなかった。登場人物は誰も彼もハイコンテクストな、いわゆるその本が言うところの「衒学的な」言い回しをし、話の筋を理解するのが難しかった。途中で全てを読むのを諦めた。


「ないよ」


「そっか。でも今の状況はこんな感じ。あらゆる出来事がとっちらかっている。登場する要素がバラバラなの」


同感だ。


それから数分間待った後、少女先生は私たちにとって悲報となる出来事を話した。


「あー、カメは諸般の事情で見ることができなくなった。代わりにカメの生態について職員の方が話してくれるからあっちの小屋に行こう」


それは実際に結婚するのと結婚したいと表明することくらい違う。百聞は一見にしかずという我が国の含蓄ある言葉を知らないのだろうか。


「先生。諸般の事情って何ですか」


まず先陣を切ったのは赤嶺だ。このギャルは意外に胆力がある。


「諸般の事情は諸般の事情だ。ほらっ、あっちへ行くぞ」


「それじゃあ納得いきません。カメが見れなくなった理由を教えてください」


「……カメ自体は別に見れんこともないかもしれない。しかしそれを見るよりも生態を学んだ方がいいと判断したんだ」


「じゃあ見せてください!どんな状況だったっていいです」


職員の人と短い時間の話し合いが持たれた後、一行はセンターの中に入ることに成功した。


「死体があるぞ。それでも見たいやつはこい」


センターの中には水槽がいくつかあり、本来ならばアオウミガメ、アカウミガメなどといった生体が入ってるとのことだった。しかしそこには何の生き物の影もなく、カメの肉体ははじっこのところに平積みにされているだけだった。


「な、何なのこれは……」


誰もが平積みにされたカメの甲羅に届いている時、職員の人はその状況の弁解を試みた。


「私たちは今日の朝カメが正常であることを確認しました」


「カメがこう"なった"ところを見たのは誰もいません」


「たった一瞬だったんです。カメが棒に突き刺さったのは」


ぷよぷよの4つ縦に積み重なったやつみたいになっているそれは、何やら長い棒によって串刺しになっているのであった。その棒は歯医者の看板みたいに赤の線が入っていた。さっき見た鉛筆だ。ただ長さはイヌのそれとは全然違う。イヌのそれがせいぜい5cmくらいであるのに対して、このカメのものは50cmくらいあった。10倍近くだ。


鉛筆は床に突き刺さっている。だからカメは倒れないで4つ重なっている。カメはまだ生きている。甲羅を割るとカメは同時に死ぬというが、首を甲羅から顔出している個体が2体もあり、それらは完全に生きていることがわかった。


「カメの生態を紹介します」


「小笠原諸島沖で見つかるアオウミガメの甲羅の大きさはだいたい85cmほどです。熱帯から亜熱帯のあたりに生息します。つまりここですね。小笠原諸島は亜熱帯のようなものですから。小笠原諸島はアオウミガメの貴重な日本での繁殖地です」


「ここでは年間200匹ほどのカメを放流しています。6月から9月までが産卵シーズンですね。卓球の球みたいな形です。60日前後で孵化し、わずか25gほどのカメの赤ちゃんが誕生します。陸上で生まれるため、海に戻るまでに幾多の捕食動物から身を守らないといけません」


「エサは海藻の類ですね。ワカメなどを水中で捕食します。しかしここセンターで1番よく用いられているのがこの茶色の味気ない色の飼料です。これにはイカなどが原材料として含まれています。なので純粋に海藻しか食べないというわけではなく、単に食べる機会がないだけだと考えられます」


「人間との関係としてはそれが食用に用いられやすいというのが、ここ小笠原では特筆すべきことでしょう。ワシントン保護条約によってアオウミガメを不当に乱獲することは禁止されていますが、小笠原諸島におけるウミガメ食用の歴史を鑑み特別に許可されています」


センターの職員は完全に慌てていて、言葉を選ばずに言うのならばそれは気狂っていた。目が充血しており、早口で捲し立てる。


「何もかもがおかしい…」


誰かがそう言った。









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