第14話「故郷の味を味わう」

 久しぶりに入る王都の街並みは、一年前のあの頃から何も変わっていなかった。一年と言う歳月は長いようで短いからか、私が居なくなっても何も変わらず人々は日々を営んでいる。


「さて、それじゃまずは昼間だけど酒場に行こうか……一年で何が変わったのか知りたいし」


 人々の間を抜けて、私は知っている酒場に向かって歩く。情報収集するならここが一番と言われていた酒場だ。町の人達のみならず兵士や旅人も使うから自然と情報が集まるし、町の便利屋みたいなこともやっていた。


 何よりも……そこは食事が美味しいのだ。たぶん、この王都で一番と言ってもいいかもしれない。それがとても楽しみだったりする。


 この一年、碌な食事を取っていなかったから余計に楽しみだ。食事も基本的に訓練みたいなところがあったから、味は二の次だった……。久々に食べる味に期待が止まらない。


 思ったよりも早足になっていたのか、酒場にはすぐに到着した。店構えも何も変わっていない、あの頃のままだ。ここに来るのは……一年以上ぶりか。城に住むようになってから時々抜け出して来てたけど、来れない日の方が多かったからな。


 酒場に入ると懐かしい料理の臭いと、昼間から酒を飲んでいる酔っ払い達の笑い声が耳に響いてくる。やかましく、皆が楽し気で、時折喧嘩の声もあって……まるで一年前に戻ったような気分になる。


 一部の人間は私の方へと視線を送っているが、それに気づかないふりをして私はカウンターへと移動する。揶揄うように殺気を向けてくる者もいるが反応は一切しない。あくまでも私は、殺気やそういうものに反応ができないただの旅人だ。


 席について、少しだけ周囲を見渡す。マスターも、店員のおばちゃんも、一年前と変わらない人だ。懐かしさに少しだけ泣きそうになるけど、泣いていられない。


「……度数の低いお酒と、なにかおすすめの肉料理をいただけるかしら」


「それなら果実酒を水で割ったものと、そうだな……今日は良い鶏肉があるから、それを岩塩で少し濃い目に味付けして焼いたものがおすすめだがどうする」


「じゃあ、それで」


 少しぶっきらぼうで怖く見えるけど、お客の好みを的確に把握したようなメニューを提案してくれるマスター。言い方も変わっていない。


「はい、どうぞ。なんだかお疲れみたいだからコレ、サービスよ」


「ありがとうございます」 


 そう言って、野菜の切れ端を塩漬けにしたものを出してくれたのは店員のおばちゃん……マスターの奥さんだ。おかみさんと言った方が良いんだろうか。周りからは俺等にも寄越せとか、美形の男には贔屓かよとかそんな野次が飛んでいる。


 私はお礼を言うと、料理が出て来るまでその野菜を一つずつ、ゆっくりと口にし咀嚼する。噛みしめるたびに涙が出てきそうになるけど、そこは我慢してゆっくりと食べ続ける。


 酒と料理はすぐに出てきた。石で作られた食器の上で、皮付きの大ぶりの鶏肉が良い音をさせている。肉からにじみ出る油と、上に乗せられた岩塩がぱちぱちとはじけている。シンプルで豪快だけど、見ただけで美味しいのが分かる料理だ。


 香ばしい油と、その油で揚がった鳥の匂いだけで腹が鳴りそうになる。今日まで私が食べてきた料理とは雲泥の差だ。訓練ではない食事自体が久しぶりか。


 そうして私は、酒を飲む前に肉を大きく切り分けてかぶりつく。口の中がヤケドしそうになるほど熱く、その熱を冷やすために果実酒を一気に煽る。口の中で鶏肉の味と、それを洗い流すサッパリとした果実酒の口当たり。本来であれば涙が出るほどに美味いのだろう……。


 そう、本来なら……だ。


「はは……」


 私は周囲に聞こえないように、一人呟いた。先ほどのサービスで出してもらった野菜を食べた時から予感はあったのだけど、この鶏肉を食べて確信してしまった。



 味がしない



 いや、正確にはほんの少しは味がするのだ。塩の味とか、野菜の味、鶏肉の味、果実の味がするとか、そういうのがうっすらと理解できる。そう、理解できるだけだ。


 その味を、今の私は美味しいと思えない。


 別な意味で涙が出そうになる。あんなに美味しかったマスターの料理、心遣いで出してくれたおかみさんの野菜の塩漬け。果実酒の味。それらが全て……今の私の心には何も響かない。


 これは魔物の肉を食べた影響なのか、それとも勇者の力を取られた時に味覚まで奪われたのか。それとも……精神的なショックから味がしていないのか。


 一番可能性が高いのは、魔物の肉や瘴気を含んだものを訓練と称して食べ続けたことだろうな。訓練で食べたものは強烈に不味いと感じるのに、美味しいものは美味しいと感じられないなんて酷すぎる。


 ここで泣いては不振に思われてしまうため、私は変わらないペースで食事を続ける。なんなら果実酒はお代わりまでした。あくまでも不自然に思われないようにだ。


 またあいつらに対する殺意を再認識できた。私がこうなったのも、全てあいつらのせいだ。


 私は食事を少し遅めにしながら、周囲のの声に耳を傾けた。そういう意味では味が分からなくて良かったかもしれない。今日はまず、情報収集をするために寄ったのだ。


 そうして食事を取りながら周囲の声を聞いてると、ちょうどよく私の知りたい情報を話している一団が居てくれた。私は静かに、彼等の会話に耳を傾けた。

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