第6話「奪われる」

 私の考えを察したのか、セシリーは一言だけ呟いた。


「弟さんはまだ生きてますよ。この剣を媒介にノールと繋がっていて……あなたを生かしてます。しかし……この魔法陣が消えた時は……」


 それ以上はセシリーは言わなかった。言わなくても分かるからだ。私の命をニールが繋いでいる、という事は……私が死ねば……ニールも死ぬ……。


 そんな……なんでニールが……私の弟ってだけで死ななければならないのだ……。お願い、私は死んでもいい、殺されてもいい、何をしてもいい、だから……だからニールだけは生かして……。


 願っても、求めても、残った右目から涙を流しても、言葉が出てくれない。身体が少しも動いてくれない。このまま私は死を待つのみなのか?


「……これで最後」


 その一言で、私の胸の中心……心臓に剣が突き刺さる。今までで一番の痛みが体中を襲うが、今の私にはそんなことはどうでもよかった。


 これで最後と彼女は言った。つまり……これで私は死ぬ。死んでしまう。私が死ぬのは良い、だけど弟は……ニールだけは何としても生かさないと。


 心臓がえぐり出される間、私は痛みを他所に置いて考える。考え尽くす。どうにかして弟だけは助けられないか。身体が動かないか、必死に試す。だけど何をしても無駄だった。


 勇者の力を奪うという禁術……そのため、私は何もできないのかもしれない。だったら、勇者の力なんていらない……いらないから!! 弟だけは助けて!!


 声にならない懇願は無視され、私の身体から心臓が綺麗に抉り出された。自分の心臓を見る機会なんてそうは無いだろう。心臓は、血を流すことなく鼓動している。なんとも気味の悪い光景だ。


「これで準備は整いました。これで本当の最後……最後です」


 切り取られた私の身体は魔法陣のあちこちに置かれている。意味があるのかは分からないが、きっと何か意味があるのだろう。剣が突き刺さったままの心臓は魔法陣の中央に戻されていた。


 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ


 私はどうなってもいい、弟だけは助けられる方法はないか考えろ……最後の最後まで……諦めるな……!!


 そんな私に最後の言葉が、最後の絶望が付きつけらる。


「今回使った……勇者の力を剥奪する禁術ですが。本来は王族のみに伝わる禁術です。我々はこの術の存在を最近まで知りませんでした。そもそも、今の国王陛下も知らなかった術です」


 セシリーの言葉が、私の耳にやけに響いた。まるで歌うようなその言葉に私は考えを中断して耳を傾ける。……傾けてしまった。


「では誰が知っていたのか。今回の神託を受けて、教会は貴女を死刑にするだけと言う選択を迫りましたが……それをある一人の王族が止めました。死刑にしてしまえば勇者の力を国が失うと」


 抑揚なく、セシリーは事実を淡々と話す。そこには何の感情も見えない。


「その方はこの禁術を利用すれば……勇者から力を奪い、別な者を人為的に勇者とすることができる。過去に相応しくない者が勇者であった時に使われた、この禁術を使えばと……王に提案したのです」


 そんな王族に……私は一人しか……心当たりが無かった。真面目で勉強家な彼なら……そんな古い禁術を知っていても不思議ではない、だけど……違う。そんなわけが無い。


「そもそもおかしいと思いませんでしたか? 毒が盛られた王族の犯人として勇者を仕立て上げるなんて……普通はありえませんよ」


 嫌だ、聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。言わないで。


「今回の件……主導したのはマーヴィン様です」


 今一番聞きたくない人の名前が、セシリーの口から放たれる。私を最後まで庇い、冤罪だと無罪を信じ、ついてきてくれるとまで言ってくれた人。


 ……嘘だ……そんな……嘘だ


 気づけば私は声にならない叫び声をあげていた。声は出せていない、だけど裂けるのではないかと思うほどに口と目を見開き、涙を流し、私は叫び声をあげていた。


 許せない


 許せない


 許せない許せない許せない


 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!!


 何をしても、この身がどうなろうとも、絶対に、絶対に許さない!! 殺す!! 殺してやる!! 絶対に殺してやる!!


「……勇者は絶望しました。神よ、彼女は勇者の資格を……喪失しました」


 絶望だって? 私は絶望なんてしていない。この身に満ちるのは怒りだであり、怨みだ。絶望なんてしていない。たとえ死しても、絶対に……絶対にお前等を許さないという誓いだ!!


 私の怒りに呼応するかのように、魔法陣縫い留められていたように動かなかった身体が徐々に動いていく。だけど、動いたところで私の手足はもう存在しない。私は切り取られたそれらの部位を取り戻すべく、這ってでも動こうとする。だけど……。


 私の身体から切り離された部分は、そのまま光の塊に変わっていく。四肢に左目に心臓が、それぞれ色のついた光となる。


 その光を、私を裏切った仲間達はそれぞれ手に取っていく。


 レックスは私の左腕が変化した青い光を。


 トラヴィスは私の右腕が変化した赤い光を。


 ザカライアは私の左目が変化した紫の光を。


 ヴィンスは私の左足が変化した緑の光を。


 セシリーは私の右足が変化した黄色い光を。


 それぞれが手に取り、それが彼等の身体の中に吸収されていく。それと同時に徐々に魔法陣の赤い光も消えていった。


 最後に残った心臓の白い光だけはセシリーが手に取り、身体には吸収されていかない。


「これは……私からマーヴィン様にお届けしましょう。あなたも嬉しいでしょう……大切な心臓は常にあの方と共にあるのですから。あなたの力は……マーヴィン様のお役に立つのですから」


 勝手なことを言うセシリーを私は睨みつけた。彼女は冷たい目で私を見おろしながら……まるで勝ち誇っているかのように笑みを浮かべていた。


 最後の最後に見せた、それはセシリーの聖女ではない女としての顔だ。


 そうか……聖女、お前も所詮は女だったのね。気づいていないの? 貴方は今……とても醜い笑顔を浮かべているわ。


「最後に何か……言う事はありますか?」


「生まれ変わってでも、私はお前等を殺す。生まれ変わりが無くても殺す。私が死んでもお前等を殺す。常に死に怯えてろ、裏切り者共」


 ありったけの怨嗟を込めて、私は彼女に……彼女達に恨みの言葉を、心からの怨みの言葉を吐き捨てた。それを聞いても彼等の表情は変わらない。


 余裕の笑みを浮かべるわけでも、哀れみの言葉をかけるでもない、ただ道の端のゴミを見る様な無関心な目だ。


 魔法陣が消えた時、私の命も消えるだろう。そんなことは関係ない。私は何をしても、悪魔に魂を売ってでも、絶対にお前等を殺す。すべて本心だ。


「最後に……魔法陣が消えた瞬間に全ての痛みがあなたを襲います。せめて痛みを感じないようにしておきます。仲間だったよしみです……せめて最後は安らかに眠りなさい」


 さっきも十分痛かったわよと、軽口を叩く余裕は私にはなかった。


 噛み合わない返答の言葉に、今すぐにこいつの喉笛にかみつき殺してやりたい衝動に駆られるが、私の身体の感覚がセシリーの魔法で鈍くなっていく。先ほどまであった痛みもほとんど感じない。


 そのためか、身体がまたうまく動かなくなってくる。


「これですべてお終いじゃな……。老体にはこたえたわい」


 ザカライアが魔法陣から手を離した瞬間……魔法陣は消失した。そして、それと同時に私の身体から今まで止まっていた血液が流れだす。


 そして彼等は、私に興味を無くしたようにこの場から去っていった。


「ニール……ニールゥ……」


 去っていく彼等に構わず、私は残り少ない魔力で傷を治療しながら這いつくばりながら弟の元へと近づいて行く。そこまで遠く離れていないのに、永遠にも思える移動距離……。


 血は止まらないけど、私の身体には痛みがないからできていることだ。


 やっとニールの元に辿り着いた時……既にニールからは命の灯が消えかかっていた。だんだんと冷たくなっていく身体を、私は少しでも温めようと抱きしめる。切り取られたのが肘から先だけだったのが幸いだった。

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