第4話「戦わされる」

 私は目の前の三人に吐き捨てる様に告げる。


「三人ともどいて、私はさっさとここから離れて弟を治すの。時間が無いのよ」


 効果の薄い回復魔法をニールにかけながら、私は片手で剣を抜く。ただの剣……いや、これはトラヴィスから貰った剣だ。まさかこれを彼等に向けることになるなんて思ってもみなかった。


「時間が無いのは我らも同じだ。ここで足止めさせてもらう」


「そうですね、どくのはそりゃ無理っすよ。ここで足止めするのが俺等三人の役割っすから」


 二人は私に対して剣を向ける。ヴィンスは短刀、レックスはいつも使っている長剣だ。そんな中、唯一剣を抜いていないのはトラヴィスだ。彼だけが不気味なほどに感情の無い表情を浮かべている。


 そして……彼は私達から背を向けると瘴気が溢れ出ている柵の扉まで近づくと……その扉を閉めた。濃い瘴気は薄まっていき、私の回復魔法がニールへと効果を発揮する。


 出血は止まり、顔色も良くなってきたニールに私は安堵し……彼の行動に同時に驚いた。


「トラヴィス!! 何を……!!」


「うるせぇ、黙れ」


 激昂したレックスはトラヴィスに剣を向けるが、トラヴィスはそんなことを意に介さず視線だけでレックスに視線すら向けない。そうだ、トラヴィスはこの剣を私に護身用だとくれた。もしかして彼だけは……。


 そんな淡い期待を感じていたのだが、その期待はすぐに裏切られる。


「これで手の中のお荷物はその辺に置けるだろ。やるぞ、ノーマ。俺とお前のサシの殺し合いだ。それでもそのままなら、まずはその荷物を斬り殺して軽くしてやる」


 トラヴィスは両手に剣を持つと私に対して殺気を飛ばす。ニールを斬り殺すというのも嘘ではないだろう。


「お前等……邪魔すんなよ。俺が協力する条件はノーマとのサシだ。約束を違えるなら、俺はノーマに付いてお前等を斬り殺す。それからノーマとサシの勝負だ」


 剣を構えた彼は本気だ。本気で私と戦う気だ。しかし協力の条件がそうなら、もしかしたらトラヴィスだけは味方に引き込めるか……?


「ったく……トラさんが剣を渡さなかったもっと手っ取り早かったのに……」


「私は使命が果たされるならばなんでもいい。トラヴィス……お主がノーマに付くようであれば私はどんな手段を持ってしても、お前の願いが叶わぬようにする。それを忘れるな」


「心配するな。お前等が約束を破らない限りは俺も約束を守る」


 ダメだ、トラヴィスは戦うことにしか興味は無いが先にした約束を反故にすることはしないだろう。それがどんなものだろうと、約束は守る。そういう男だ。


 打開策は彼等に約束を破らせることだけど……。それも無理だろう。もしも私がトラヴィスを放ってレックスたちと戦うようなことがあれば即座にニールを斬り殺すだろう。


「楽しもうぜ、ノーマ。最初で最後の殺し合いだ」


「……トラヴィス、最初で最後なんて言わず、私に付いてくれたら後でいくらでも戦ってあげるけど」


「それはできねぇな。約束は約束だ」


「彼等と何を約束したの?」


「言えねえな。それも約束に含まれてる。俺はお前と最後に戦えればそれでいい。この機会を逃したら、もうお前とは戦えないからな」


 最初で最後……さっきトラヴィスはそう言った。つまり、ここで私は殺されることは決定しているのだろう。これでは彼に何を言っても無駄だ。きっと彼はこちらにはつかない。


 それでも、悪あがきはさせてもらおう。


「私にはまったくメリットが無いんだけどね、あんたと戦うの」


「メリットはもうあったじゃねーか。俺のおかげで弟治せたろ。その礼も含めて戦ってくれよ。全力でな」


「あんたっていっつもそうだよね、勝手なこと言って……覚えてる? 前に……」


 言葉を中断させて私はトラヴィスに斬りかかった。飛ぶように一歩で間合いを詰め、彼の足の間……股から脳天に目掛けて片手で剣を斬り上げる。


 すくい上げた剣の軌跡は交差させたトラヴィスの剣に阻まれるが、それくらいは想定内だ。そのまま一瞬だけ剣を両手持ちするようにして力を入れるフリをすると、向こうも両手に持った剣に力を込めるのが伝わってきた。


 その瞬間、剣から力を抜く。


 体重を預けていたために、前につんのめったトラヴィス目掛け、私はレックスに斬りつけられた腕を振るう。斬りつけられた傷からはまだ出血しており、その流れる血がトラヴィスの顔へとふりかかる。


 反射的に顔を逸らすなり、出血した血が目に入ってくれればめっけものだ。視界を奪えば多少なりとも隙ができる。そして……血は目論見通りトラヴィスの目に入り彼の両目は閉じられた。運がいい。


 ……こんな状況で運がいいとは皮肉も良い所だけど。


「もらった!!」


 私はここであえて必要以上の大声を出して自身の足音を消す。声を出した瞬間、真正面から彼に対して斬りかかる様にその場に殺気だけを残し、トラヴィスの背後に周る。


 目を閉じたトラヴィスが一か八かで振るった剣は空を斬り、私の姿を一瞬だけ見失った。多分彼ならすぐに私の居場所を感覚で突き止めるだろう。


 その前に、殺気、気配を消し、一切の音を立てずに彼の首元目掛けて剣を突き刺すべく一気に腕を伸ばした。悪いけれども手加減はしていられない。殺すつもりの一撃だ。


 だけど……。


「……殺気も消して、視界は無くなってるはずなんだけど、どういう感覚してるのよあなた」


「空気の流れは分かるだろ普通。俺の首元目掛けて空気が勢いよく流れてたからな。しかし容赦ねえな。仲間を殺そうとするなんて」


「裏切ったくせに。それにわかんないわよ、普つ……」


 剣の腹で私の刺突は防がれていた。思わずつぶやいた言葉を言い終わる間もなく彼は反転しながらもう一つの剣を横薙ぎに振るってきた。


 私はトラヴィスを跳び越すように跳躍してそのまま彼の真正面に移動し、そのまま上からの勢いを利用して頭目掛けて剣を振り下ろす。


 それも剣を交差したトラヴィスに防がれ、私達は一旦お互いに後方に飛び距離を取った。二度も仕留めそこなったか。全力を出せば話は早いが他にも残っているし、逃げる余力も残しておかなければならない。


 今ので何とかなってくれれば良かったのに……。


「相変わらずえげつねぇな、このアマ……!! 」


 トラヴィスは顔にかかった血を拭いながら、喜びとも怒りともつかない声色で声を上げる。多分、喜ぶ半分、怒り半分なのだろう。


「ちっ……。今ので倒せないってどんな身体能力してるのよ。せめて半殺しくらいにはなってなさいよ」


「急所を狙いまくっておいて半殺しもくそもねーだろ。股間狙ってくるとかベッドの上だけにしてくれや」


「あんたとベッドを共にするくらいなら、殺した方がマシよ」


「そこは死んだ方がマシじゃねーの……かよ!!」


 トラヴィスが両手に持った剣を滅茶苦茶にふるいながら前進してくる。本当に無茶苦茶だ、地面すらえぐりながら型もセオリーもあったものじゃない程の剣戟が私に対して迫ってくる。


 かつて数々の魔族を殺しに殺したトラヴィスの得意技……いや、技と言っていいのかコレは。ただ剣と無茶苦茶にふるっているだけで相手をグチャグチャの挽肉にする。


 真正面から見るとクソ怖いわね、どうやって背後まで攻撃してるのよ。


「付き合ってらんないわ!!」


 私はトラヴィスに対して炎の魔法を放つが、彼はその炎すら斬りながら私に近づいてくる。相変わらず無茶苦茶だ、ただの剣で魔法を斬るとかこいつにしかできないだろう。


 だけど私は剣ではなく魔法を連発する。炎、土、風の魔法。そのこと如くを彼は斬っていくが問題はない。魔法で彼を仕留められるとかは思っていない。


 そして最後……いい具合に周囲が土煙で覆われ視界も何もなくなる。トラヴィスは感覚だけを頼りに私に向かってくるため全くそれを意に介さないが、周囲からは私が不利になったと見えるだろう。


 そして、その煙の中でもトラヴィスは何を言うまでも無く私に突進してくる。その突進で、最後だ。


 レックスとヴィンス……この二人と私、そしてトラヴィスが一直線に並んだところで私は魔法を撃つのを止めてギリギリまで彼を引き付けた。


「げっ!!」


 私が最後に避けたところでヴィンスの間の抜けた声が聞こえてきた。あえて何も言わなかったのだ、そのまま三人、ぶつかってしまえば万々歳だ。最低怪我でもしてくれれば、私はその隙にニールを連れて逃げる。


「くっ……!! この馬鹿が!!」


 レックスの焦る声が聞こえ、金属と金属がぶつかり合う音が私の耳に届いた。

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