第七章 代表決定戦が始まる
第二レースが始まった。
朝方の無風状態とは打って変わった。強風とは言わないまでも、470レースにふさわしい風が吹いてきている。方向も一定だ
マークはきっちり風上と風下側に打ってある。最後のレグは追い風レースになるに違いない。
「10、9、8、7・...スタート」
マリがカウントする。私はジブセールを絞る。レーサーたちは一斉にスタートラインを超えた。
「外国勢が頭を取りそうです」
トラピーズで出ていると全体の様子がより分かる。マリに告げた。
「イングランドはどのあたりにいる?」
「三艇身ほど前です」
「奴らをベンチマークにするぞ」
「わかりました」
「ハルたちは?」
「あっちの集団に巻き込まれたようです」
「今のうちに距離をかせぐぞ」
「イングランド艇、ベアダウンします」
「合わせてゆこう」
「了解」
最初のマークに向かってセールの集団が殺到してゆく。しかし、どうやら風上の集団のほうが有利になったようだ。ハルたちのグループは狭い領域で多くの船体が集団になっている。風の吹き込み方もあまりよくないようだ。
私達はこのかたまりから抜け出ようとするが、スペイン艇が前方を巧みにブロックしている。おかげでこの集団全体がハンディキャップをもっただんご状態になっている。
「よし、マークを回るぞ」
イギリスチームがトップ、私達は二位を確保している。海上に固定されたブイで折り返し、追い風レグに入る。
「スピンだ」
「はいっ」
スピンポールをセットする。立ち上がったスピンが一発で風をはらむようにスピンシートを引き締めてゆく。
風船のようにオレンジ色のスピンが一瞬で膨らんだ。私達は船内で左右に別れて座る。追い風ではブレやすい。だから、バランスを取るのだ。
私達の470は追い風を受けて一気にスピードを上げた。二艇身ほど前にはイギリスチームが逃げてゆく。
「このまま差を詰めよう」
マリが前方をにらみながら舵を切る。私は視線を後続のグループにすこしずらした。
「ガチャン」
突然金属音がした。スピンがしぼむ。
「何?」
マリがスピンシートを引いて立て直そうとする。
「ポールが落ちた!」
私はポールをあわてて片手で掴んだ。反対の手でスピンシートをたぐり、スピンの片側をたぐり寄せる。
「ビークが取れている!」
愕然とした。スピンを支えるために、スピンポールはマストにフックのような器具で固定される。一方、スピンネーカ側はパロットビーク、という金具でスピンネーカと接続されるようになっている。このオウムのくちばしに似た金具がスピンから外れているのだ。
金具とアルミ製のポールを接続する部分を固定する部分がなくなっている。おそらく古くなって弱っていたのだろう。スピン
の動きに引っ張られたときに耐えられなかったに違いない。
「どうした?」
マリが尋ねる
「ビークとポールのカシメが壊れてます」
「押し込めないのか?」
「リベットが飛んでます。引っ張られると抜けてしまいます」
「シートとかで応急措置はできないの?」
「やってみます」
私はバランスを取りながらポールを掴み、シャックルキーを掴んだ。キーをポールのスリーブに押し込んでビーク部分を固定しようとした。
しかし、スリーブは逆に異物を挟み込む隙間もない。今度はキーに付いているロープを使って縛ろうと試みた。だが、ポールは滑る上に固定する穴がない。
ポールをよく見るとパロットビークを支えている先端部分のアルミがそっく
りちぎれているような有様だ。
「マリさん、すぐには治りません」
レースは進行している。ライバル達との差が開いてゆく。
「わかった、スピンをたため」
スピンが海面に落ちて抵抗にもなっているのだ。マリの決断は速い。スピンなしで戦うしかない。
「わかりました」
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