第五章 落日のように立ち上がれ

 私は、今日も事務所の窓からヨットクラブを眺めていた。何しろ暇なのだ。

「あれ、こんな時間にフォークリフトが動いている」


 運転しているのはマリだ。何をしてるんだろう。


 フォークリフトがアヒルのように前後に動いている。

 今度は、ヨットが積み上げているラックのうち、普段は使っていない端の方へ進んでいく。一番端のラックの前に止まる。

 フォークを一番高い位置に上げた。そのてっぺんには、ホコリで茶色くなっ

たヨットカバーに覆われた船体がある。台座にフォークを差し込む。持ち上げ

る。そのままバックした。船体が陽の光を浴びてにぶく光る。スリークな船体、後方が極端に薄くなっている。


「470だ」


 私の心臓がばくん、という。

 ずっと使ってなかったレース艇をおろしているのだ。どうするつもりだろう?まさか廃棄するつもりじゃぁ?

 心臓の鼓動がさらに一段高くなる。いても立ってもいれない。

 私は立ち上がった。斜めに事務所のフロアーを横切る。事務所の扉に鍵をかけ、外出中の札を震える手でかけると、事務所のビルの階段を転がり降りた。

 自転車に飛び乗りヨットクラブに飛んでゆく。

 クラブの中庭につくとマリが470の船体に水をかけて洗っていた。

「来たね」

 マリが声をかける

「この船、どうするんですか?」

 息を切らしながら尋ねた。

「そりゃ、これから使うんだよ」

「使うって?」

「レースしたいって言ったのはあんただろ」

「私と乗ってくれるのですか?」

 思わず大きな声を出した。

「ほら、あのラックの裏にマストが立ててあるだろう?ちょっと持ってきてく

れないか」

 マリがいう

「はい」

 飛ぶように走り出す。ラックの後ろに、回り込んだ。

 どこにマストがおいてあるかはすでに、わかっている。この時を夢見て何度も確かめていたのだ。

 蜘蛛の巣が張っている。マストをくくりつけられているシートを緩め、長いマストを持ち出した。

 バランスを取りながら広場に持ってゆく。

「おっけー、ゆっくりこっちに倒して」

 マリが指示する。

 私達はマストを船体の横におろした。ずいぶん傷んでいるようだ。

「こりゃ、結構直さなきゃいけないかもな」

 マリがため息を付く。

「直しましょう」

 私の返事が裏山の緑に飛び込んでゆく。

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