第1話 或る夢の器

 血の匂いは狼を呼び寄せ、硝煙の匂いは死を呼び寄せる。ベッドの上で終末が迎えられそうな今、森で惨たらしく死ぬときはどちらが良いか考えている。


 戦場での死について考えるられるのは幸せだと思う。でも戦場での死に囚われているのはとても不幸だ。戦場では仲間が死んだ。彼も死んだし、彼も死んだ。死ねなかった私は生き恥を晒している気持ちにさえなる。老兵が安らぎが与えられるのは死の後だけとはよく言ったものだ。


 その瞬間のために、ゆっくり目を閉じ力を抜く。もう軍靴の行進も銃声の輪舞も聞こえない。奇襲への憂いも爆撃への恐れもない。ただ静かに終焉を迎える。


 これが幻である事はよく解る。暖かい暖炉に年老いた夫婦がいて、仲睦まじく手を取りあっている。耳元で彼の優しい声がするほど寄り添いながら日々を語らう…。心の底から渇望したが戦場で軍靴に踏みにじられた夢。掴もうともがいても掴めず、零れ落ちたささやかな夢。

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