手を伸ばした暗がりの先は見えず

 わたしが橋渡し役になる形で、桜乃さくの涌井わくいはどんどん仲を深めていった。別にわたしと涌井の仲がいいわけでもなかったけど、桜乃ほど話せないわけでもなかったから――それだけ。

 けどそれだけのことで、全ては変わった。

 最初に会ったときはわたしを介しながらやっとのことで会話を成立させていたくらいだったけど、少しずつその必要がなくなっていって、遂にはわたしが合流するより前にふたりで話に花を咲かせていたりする場面も見るようになった。


 楽しそうにしちゃって――最初のうちは微笑ましく感じられていたふたりのやり取りが、どうしてだろう、少しずつ苦しさを伴うようになっていた。


 最初はわたしを掴んで離さなかった手が、涌井に向かって差し出されるようになった。

 おどおどとすがるように向けられていたはずの目がわたしを見ることがなくなった。

 動きにくく感じるくらい近かった身体も涌井の方を向いて、その距離も近付いていった。

 わたしが手伝っていた会話の話題も、わたしが知らないものばかりになってきた。

 気が付くと、涌井に勧められたらしい、趣味の合わなさそうなアクセサリーがちらつき出した。


『あっ、白雪ゆき来たの? ねぇ聞いてよ、涌井さんがね? ……………………』

 楽しそうに振ってくる話の内容なんて、入らなかった。軋むような胸の痛みが、溶けた鉛を流し込まれたような息苦しさが、放課後の薄暗い木枯らしが、わたしが桜乃の話を理解するのを邪魔して仕方なかった。

 来たのって何?

 あんた、わたし抜きじゃ何もできなかったはずでしょ? なに、わたしはもう蚊帳の外なの? いらなく……いやそんなはずない、嘘、嘘。

 理解するのを拒みたくて、席を外さずにいられなかった。そしてその日はそのままひとりで帰って――その日を境に、ふたりは更に変わっていった。


 挨拶に気まずそうに返してくる桜乃。

 ふと気付いた首筋のあざを指摘したときの桜乃。

 わたしを付き合わせるくせに、わたしなんて抜きに涌井と話し込む桜乃。

 涌井の絡み付くような視線に妙に艶かしくはにかむ桜乃。


 その姿に胸が軋む思いがして、冬だっていうのに汗が止まらなくて……息苦しくて。


 ねぇ、何があったの?

 たびたび思っていた。

 夜中に突然電話がかかってきて、ただ何も言わず泣いていたとき。

 午後に登校してきて、ずっと上の空だったとき。

 授業中、ぼんやりと窓の外を眺めるようになっているのに気付いたとき。


 どうしたの――そう尋ねたくて仕方なかったわたしに答えを教えてくれたのは、涌井だった。先輩たちの追い出しコンパという名の女子会が終わった帰り道、桜乃のことでふたりで話す機会も増えたわたしに近付いてきた涌井は、薄ら笑いと共に囁きかけてきた。

『あの子……えっと南風みなかぜさんか、すっごい素直な子だよね。あたしがこうしてって言ったことはなんでも聞いてくれるの、普通なら絶対しないよねってことでも、何でもしてくれるんだよ?』

 その笑い方には、明らかに桜乃をおとしめるニュアンスが含まれていた。思わず振り薙ごうとした手を止めざるをえなかったのは、『理沙りさちゃん!』と涌井の下の名前を呼ぶ声のせい。


 明るい笑顔で駆け寄ってきた桜乃の姿は、わたしとふたりでいたのとはまるで違う――全てを涌井の趣味で塗り替えられたような服装、そしてその幼い顔立ちには浮かぶものとしてはあまりにいびつな青痣。

 思わず息を呑んだわたしを尻目に、『ごめんね、ちゃんと学生証も見せたんだけど……』とひどく申し訳なさそうに言いながら手渡したのは、え、ねぇ、なにそのおさつ


『ふーん、ケチな人だったんだね。仕方ないよ、桜乃はよく頑張ってくれた、そうでしょ?』

『う、うん……でもせっかく理沙ちゃんがほしいって言ってたバッグ買えるはずだったのに……』

『いいんだよ、桜乃。そういう優しいところほんと大好き』

『理沙ちゃん……っ、』


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