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 彼女と出会わなければ、わたしはきっと小説を書くことなんてなかった。小説家になることを夢見ることもなかっただろう。


「わたし、自分の本が本屋さんに並ぶのが見たいな」


 高校の卒業式を控えたいつかの帰り道で、わたしはそんなことを口にした。彼女の真似事みたいで少し恥ずかしかったけれど、紛れもない本音だったし、卒業して離れ離れになる前にどうしても言っておきたかったのだ。


 彼女は「そう」と「いいんじゃない」とかそんなありきたりな返事を添えて微笑んだ。


 けっきょく、彼女が自分の夢についてわたしに直接語ることは一度もなかったのだった。わたしはそれが少し寂しくて、あんなことを言ってみたんだと思う。彼女から「わたしも」という言葉を引き出すために。


 別々の大学に進学してからも、わたしたちは小説を書き続けた。東京の大学に進学した彼女と直接顔を会わせる機会はなかったが、小説投稿サイトでは互いに健在であることがわかった。


 大学を卒業するかしないかくらいの時期にそれまで使っていたサイトが閉鎖し、お互い別のサイトに拠点を移したものの、彼女とのつながりは保たれていた。互いの作品を読み合い、小説のことに限らず音楽や映画、プライベートの近況に関するコメントを交換し合った。


 気づけば、同じ学校に通っていた時期よりも、ネット上での関係の方が長くなっていた。その間、互いに顔も見ていないのだから不思議な感覚だった。進路が別々になって疎遠になる友達は他にもいたし、頻繁に連絡を取り合う友達もいたけど、匿名のアカウントでつながり続けている知人は彼女だけだった。


 わたしにとって、彼女はもはや本名ではなく筆名で認識される存在だった。彼女は本当に自分が知る彼女なのか、とたまに疑問に思うくらいだ。相手も同じだったかもしれない。


 少なくとも、あの日までは。


 コンテストの結果が発表された数日後のことだった。朝も早い時間、彼女から久しぶりに電話がかかって来た。


「大賞おめでとう。ねえ、久しぶりに会わない?」


 二人とも電話番号は変わっていなかった。もちろん、その間に何度か機種変更しているけど電話帳を移す際、彼女の番号も残してはいた。その日、着信を受けたスマートフォンに表示されるのは、久しぶりに見る彼女の本名。


 そのとき、わたしが感じたのは懐かしさや驚きではなく、既視感であり、ある予感だった。


 というのも、彼女がその一昨日に発表した短編小説で似たような展開があったからだ。


 書店でふと手にした小説が、旧友の作品だと気づいて久しぶりに会いに行くという展開だ。


 自身も作家志望の若い女性を主人公とした小説で、ほとんど露骨なまでにわたしと彼女の関係を模して書かれていたので、わたしはコメントや足跡を残すことなくタブを閉じた。わたしが読んだ、と彼女に知られない方がいいような気がしたのだ。


「体調、悪いの?」


 わたしの態度がぎこちなかったのだろう、彼女はそう尋ねた。わたしは「ちょっとね」と誤魔化し、体調のこともあるからそちらから来てくれるなら会ってもいいと答えた。


「本当? じゃあ調整するね。また連絡する」


 彼女は自分が小説のあらすじをなぞっていることに対して何の言及もせず、話を進めた。わたしはあの小説を読んでいないことになっているし、こちらからは突っ込みづらかった。


「でも、なんでわかったの」わたしは代わりに尋ねた。それは、避けては通れない質問だった。「その……


「同じアカウントでむかしの作品を載せてたでしょ。それに気づいてこっそり覗いてたの」彼女は言った。「ごめんね。知らせればよかった」


「ううん、いいよ」


 やはり、彼女は気づいていないのだ、と思った。


 彼女はわたしが何も知らないと思っている。


 彼女が現実を予告するような小説を書いたことを。


 そして、

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