05.「ビダン様、暇です」

望遠鏡をカコンカコンと伸ばして右手で構えると、山の中腹にスケルトンの姿が見える。


これで数え始めて十体目。


人の死骸と魂を使って造られるそれは、自然発生することは珍しい。


例えば大規模な戦争があって、そのまま大量の死体が放置されるような状態ならあり得なくはないが、あいにくとここは普通の山中だった。


ギルドから受けた依頼は街から少し離れた山の中に発生するモンスターの調査。


順調に済めば昼に出て、日没までには帰れそうな内容だったがもう少しかかりそうだ。


「あんたでも、こういう人のためになるような依頼を受けるのね」


イリスが嫌味半分で言ってくる。


「人助けに興味はないが、内容と報酬次第だ」


むしろ直接人と関わってどうこうしろという依頼よりは、こういう魔物相手の仕事の方がやりやすい。


結果人のためになっているというなら、魔物退治を含めてギルドからの依頼のほとんどは人のためだしな。


「それで、ビダン様。この後はどうなさいますか?」


依頼はモンスターの調査。


異常があれば原因の解明。


そして今は間違いなく異常事態だ。


緊急性があるかどうかはまだわからないけど。


「とりあえず原因を探す」


観測したスケルトンとその他の魔物の分布を整理する。


大抵こういうのは異常が発生している範囲の中央に原因があるものだ。


「行くぞ」


荷物を纏めて、イリスと聖女様を先導して歩く。


途中で何度か魔物の群れを発見して、俺が先行撃破して戻ってくるのを何度か繰り返したあとに、聖女様が言う。


「ビダン様、暇です」


「それを言われて俺にどうしろと」


わざと怪我でもしてこいと言うのか。


そもそもこの辺にいる魔物では俺にかすり傷ひとつつけられないので無理な相談だった。


というか戦士、治癒師、聖女様で回復役が二人いるうえに、戦士が回復を必要としないとかバランスが悪すぎるんだよなぁ。


まあ役割でパーティーを組んだわけじゃないから仕方ないんだが。


「わたくしは前線でも戦えますので参加させてくださいませ」


主張するように長い杖を掲げる彼女を見る。


そうは言っても、本職前衛戦士の俺と聖女様じゃ流石に速度が違う。


そして一団を相手にするなら俺一人で戦った方が早いし安定する。


流石に挟撃でもされれば話は変わってくるが、まず索敵を怠らなければそういう事態に陥ることがない。


つまり結局のところ今の形がベストだった。


「そもそもなぜ、十体以上いる魔物の群れを、三つ数えるよりも早く倒せるのですか」


それは大体聖剣のおかげ。


流石に他の武器じゃこうはいかないだろう。


「とはいえビダン様に護られているというこの状況も悪くはないのですが」


護ってはいないがな。


俺が先行して討伐するのが一番効率がいいからそうしているだけで。


聖女様が話している間にイリスも若干退屈そうにしているが、流石にそれを直接言ってきたりはしない。


まあ暇なら周囲の警戒でもしておけという話なんだが。


「最初に言っただろ、自分の身は自分で守れと」


勝手についてきたやつの面倒を見る気はないと最初に伝えてある。


それでなくとも、他人を護るって役割は嫌いなんだよ。


「別に護ってくれなんて言ってない」


そうかよ。


言っている間にも魔物の気配を察知して、聖剣が微かに震える。


右手を上げてあとに続く二人を制して正面の草むらの奥へと駆けた。


普通に歩いて50歩程の距離を3歩で超えて、まだこちらに気付いていないゴブリンを一息で三匹斬る。


残りは十二匹。


それをまばたき一つする前に片付けて元の場所に戻った。


「今度は何体でしたか?」


「全部で十五だな」


「このままいけば、山の中の魔物を全て狩り尽くすことも出来そうですね」


「それはもうやった」


別に山だけど。


まあどうせ一度絶滅させてもまた増えるんだけどな。


それに今日の仕事は討伐じゃなくて調査だ。




振り子を取り出して輪っかを指にはめると、垂らした糸が微かに揺れて方角を示す。


「あっちか」


揺れた方角、魔素の澱んでいる方へしばらく進む。


やはり山中の魔物は自然に生息する分布よりも密度が高く、何者かの作為を感じる。


また振り子で確認するのを何度か繰り返し、目的地へとたどり着く。


そこには魔術的な模様が刻まれた、要石が設置されていた。


「これを使って意図的に魔素の流れを集め、歪めているようですね」


聖女様の見立て通り、魔素を集めて魔物を異常発生させ、更にそれを討伐しに来た冒険者を発生させた魔物で処理してアンデッドを造る仕組みなのだろう。


冒険者とは経験則に基づいて行動するものであり、異常事態には弱い。


大量発生した魔物ならここらへんに依頼で来るランクも冒険者を狩ることは問題ないだろう。


自給自足のようなスケルトン発生装置。


そんな意図を持って仕掛けられたこれはより上位の魔族の仕業だろう。


「解呪できるか?」


「はい、しばらくお時間をいただけますか?」


こういうのは聖女様の役割だろうと聞いてみたのだが、本当にできるらしい。


依頼的には、事態の対処まではしなくてもいいんだが、解決しておけば報酬に色もつくだろう。


ただまあ、時間がかかるなら先に別の方法を試しておくか。


「ちょっと待ってろ」


聖女様の前に出て、聖剣を柄から抜いて要石にかざす。


ゆっくりと近づく切っ先が触れた瞬間にキンッと鋭い金属音が響いた。


澱んでいた魔素の流れが生まれ、少しずつ正常化していくのがわかる。


これならしばらく待てば元通りになるだろう。


試すだけならタダだと思ってやってみたが、まさか本当に出来るとは思わなかった。


つくづくすげえなこの聖剣。


感心を通り越して若干引いてる俺に、聖女様が不満そうに声をあげた。


「どうしてわたくしにやらせていただけないのですか!」


えぇ……。


働かなくて済むならそっちの方がいいだろ、という冒険者として平均的な思考は、聖女様には通じないらしかった。






次回、「聖女様の裸を目撃する」

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