第27話 交差する境遇

 気が付くと俺は白い天井を見上げていた。

 周囲を見てみると、どうやら俺は自室のベッドで横たわっているようだ。

 体はピクリとも動かない。指先一つ動かせない。どうやら、またあの夢を見ているようだ。

 なんだか、起きるのも億劫だな。睡眠時くらい、普通に寝かせてくれよ。いやまあ、現実の俺は今睡眠中で夢を見ているだけなんだろうけど。

 何はともあれ、今日はこの白い天井を見続けることにする。

 こうしていると、昨日の晩のことを思い出される。

 あれから、結局姉ちゃんは自室から出てはこなかった。夜遅くに帰ってきた親父や母さんが声をかけても返事もしなかった。そんな姉ちゃんを見て、俺はちょっといたたまれない気持ちになった。

 もしかしたら、俺は姉ちゃんに幻想を抱いていたのかもしれない。あのジャイアニズム全開の姉なら、今田たちに対してもお前のものはあたしのものあたしのものもあたしのものって感じに突っかかっていくのだと、心の底では思っていた。

 でも、違った。

 姉ちゃんも、なんだかんだでやっぱり高校生のか弱い女子だったのだ。大の男3人に迫られては、やっぱり委縮してしまうのだ。

 ……もちろん俺が思ってたよりは、だが。

 俺はしばしそんなふうに俺が物思いにふけっていた。すると、1階の方からガタッという扉が閉まるような物音が聞こえてくる。

 ん? なんだ?

 この世界には、俺と倉敷さん以外の人間はいないはず。なのになんで扉が開けられるのか。

 続けて、階段を上がってくるギシギシという音が聞こえてくる。

 これはまずい。何かは知らんが、何かが来る。起きなければ。はぁぁぁ!!


 …………。


 体はうんともすんとも言わない。

 おい、どうした俺の体!?

 くそ、これならどうだ。ぬぉぉぉ!!


 …………。


 やっぱりだめだ。全然動かん!

 そうしている間にも足音は俺の部屋の前にまで来て、止まった。

 そして、扉がノックされる。


「美作君、いるんでしょ?」


 ん? この声は、倉敷さんか!?

 こんなところで何をしている!? そもそもなぜ、俺の家の場所を知っているんだ?


「入るね」


 そしてドアが開けられ、部屋に入ってくる人影がひとつ。

 やっぱり倉敷さんだった。倉敷さんはベッド上で動けないでいる俺を見て、


「もしかして、また動けないの?」


 なんて唇に手を当てて考えるそぶりを見せる。

 体は一向に動く気配がないが、幸い眼球を動かすくらいはできる。倉敷さんの表情を視界に映すことはできる。

 

「ごめん。驚かせちゃったかな。別に、美作君に悪さしようとか、そういうことじゃないんだよ。ただ……」


 ただ、なんだよ。


「ちょっとだけ、ね。それくらい、いいでしょ?」


 ちょっとだけってなんだよ。

 もちろん俺は抗議の声を上げることもかなわず、倉敷さんのなすがままになるより他ないようだった。

 倉敷さんはベッド脇に立つと手で長い髪を耳に掛け、自分の顔を俺の顔に近づけて来る。

 え? え? なに?

 そして、俺の額に自分の唇を重ねてきた。


「~~~~~~!?」


 時間にして数秒と言ったところか。

 そして、少し上気した顔に微笑みを浮かべて俺に声をかけてきた。


「ほら、もう体動くでしょ?」

「え? あ、ホントだ」


 いつの間にか体は動くようになっていたので、俺は上体を起こす。一体どうなっているんだ?

 …………いや、そんなこと今はどうでもいい。


「倉敷さん。今の熱烈キッスは愛の告白と受け取ってもよろしいのですね俺本気にしますよ」

「いいよ? だって最初からそのつもりだもん」


 ………………。

 来たか…………。

 ついに俺にも来たのか。

 長かった彼女いない歴イコール年齢生活に終止符を打つ時が。


 俺は感激のあまり天を仰ぐ。


「…………」

「いや、そんな泣くほどのことでもないんじゃない?」


 あまりにも感激しすぎて、知らない間に眼から汗が大量に噴き出した。


「結婚してください」

「え!? いきなりそんな……物事には段階ってものが……」


 そしてついには、思わず真顔でプロポーズまでしてしまった。倉敷さんは真っ赤になっている頬に手を当てオロオロとしている。


「……って、また調子のいいこと言って。騙されないよ!」


 ちょっと怒ったような表情の倉敷さん。

 わりかし本気だったんだけどなあ。


「それはいいから……、どうする? 起きたのなら学校行く?」

「あー……」


 なんだか強引に話題変えられたような気もするけど、まあいいか。

 それにしても、学校かあ。

 昨日あんなことがあったばっかりで、なんだかちょっと気が進まない。

 姉ちゃん引きこもっちゃってるし。


「なあ、今日はちょっと学校休みたい」

「え? やっぱりどこか具合悪いの?」

「そうじゃなくて、ちょっと考えなきゃならないことって言うか、悩みがあって……」

「ふうん……どんな?」

「あー、実は、姉ちゃんが引きこもっちゃって」

「美作君、お姉さんいたんだ」

「え? あー、うん」

「美作君にとって、お姉さんってどんな人?」

「すごい暴力女だ! 俺が姉ちゃんにされていたことと言ったら、煽られたり。蹴られたり。殴られたり。ひっぱたかれたり。パシられたり」

「それだけ?」

「あと……、うざいくらい傍にいてくれたり。自分も怖がっていたくせにいじめっこたちから助けてくれたり」

「……すごく、いいお姉さんじゃない」

 

 倉敷さんは、少し表情に影を落とす。


「私にもね、妹がいるの。その子もちょっと……ね」

「へ?」

「家に引きこもって学校行ってないの」

「え、そうなの?」

「うん。どうしてあげればいいのかなって、私も悩んだんだけど、結局何もできなかった」

「そう、だったのか……」


 俺は引きこもりになったことはあるけど、引きこもりと付き合ったことはない。それによく考えたら、俺は自室から出てこないレベルにガチというわけでもない。

 だから、今の姉ちゃんとどう接すればいいのかわからない。

 もちろん、会ったこともない倉敷さんの妹さんのことなどなおさらだ。

 

「でも、美作君なら、なんとなく寄り添ってあげることはできるんじゃないかな」

「え?」

「美作君って、引きこもっていたって割には、なんとなく自由というか、自分を出せているというか……ごめん、うまく言えないんだけど」


 倉敷さんは一呼吸ののちに、


「それって、お姉さんの支えもあってのことじゃないのかな。少なくとも、美作君にとってお姉さんはすごく大きな存在のように思えるの」

「……そう、なのかな」

「美作君も、そうしてあげればいいんじゃないかな。きっと、お姉さんも安心すると思う……。ごめん、私の勝手な解釈かもなんだけど……」

「……いや、そんなことはない。倉敷さんの言う通りかもしれない」


 じゃあ、明日から毎日姉ちゃんのケツを蹴り飛ばしてやろう。そして一緒に学校行ってやろう……は、ちょっとハードル高いかな!?

 ていうか何だよ。倉敷さんはなんだかんだで、優しい笑顔で俺を勇気づけてくれている。

 自分だって、同じような境遇にあるのに。


「倉敷さん」

「なに?」

「ありがとう」

「別に、大したことしたわけじゃないよ」

「倉敷さんの妹さん、元気になるといいな…………あれ……?」


 視界がゆがむ。目の前が白くなっていく。


「もう時間がきちゃったみたいだね」


 時間が来たって、それはどういうことだ。さっきといい、今日の倉敷さんはなんか変だ。

 俺の意識は徐々に遠くなっていく。

 まだこの世界で起きてから何分もたっていないのに、なんで。

 倉敷さんにも聞きたいことがまだ山ほどあるのに。


「美作君、今までありがとう。さようなら……――」

「倉敷さ……!?」


 薄れゆく意識の中、別れの挨拶を言う倉敷さんの表情を最後まで見ることはできなかった。

 俺の意識が白に包まれていき、倉敷さんはどんどん白一色に染まっていく。

 それから間もなく、俺の存在もその世界から完全に消え去っていった。

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