第3話 我が家

 木の実が落ちていて魚が産卵の季節を迎えているのだから、冬が近いと思った方が良いのだろう。

 だとすると、のんびりしてはいられない。冬を越すための準備を始めよう。


 大岩が作る庇は雨を防げそうだが、壁があるのは二方向だけなので風が吹き込んで来る。

 東南方向が開いている状態なので日が当たれば暖かいが、それよりも壁を作って火を焚いた方が夜は暖かく過ごせるはずだ。


 まずは、材料を集めて壁を作るのだが、川の近くには欲しかった材料が揃っていた。

 一つは蔓性の植物で、川辺の森には沢山生えている。


 葉っぱがドクダミに似ていて、千切るとあの独特な臭いがした。

 これを集めて、材料を束ねるのに使う。


 蔓を切って巻き取っていると、フィヤも蔓に噛み付いて引っ張っていたが、上手く集められずしょんぼりしていた。

 まぁ、フィヤが引っ張った程度で切れてしまうようでは困るので、これはこれで良かったのだろう。


 もう一つ見つけたのは粘土で、少し川を下っていった岸の土が粘土質だった。

 これは家の材料としても使えるし、時間が出来たら土器を作る材料にしよう。


 器に川の水を入れて、ずっと火に掛けておけば塩が取れるかもしれないが、海の水ほど塩辛くないので時間が掛かりそうだ。

 この他、思いがけず見つけられたのは、薄く割れる石だ。


 青緑色をした石は、割ると薄い板状になった。

 硬さも重さもあるので、石斧や楔の材料にする。


 大岩の庇は、広さは二十畳ぐらいだろか、開口部は高い場所で2メートルぐらい、低い場所は1メートルちょっとぐらいで、ここに土壁を作って風を防ぐ。

 まず最初に、道具から作った。


 薄く割れる石と木の蔓、そして持ち手となる木を組み合わせて石斧を作った。

 普通の石を使って、ハンマーも作る。


 道具が出来たら、今度は適当な太さの枝や木を集めた。

 太い方が丈夫だが、あまり太いと石斧では切るのに時間が掛かるので、直径10センチぐらいまでの太さにしておく。


 集めた木を蔓で束ねて、いかだ状にして、庇の少し内側に立てた。

 このほうが、直接雨に濡れないし、高さも少し抑えられる。


 壁を立てたら、下に石を並べて、更に粘土を積んで動かないように固定する。

 壁作りの作業は思っていたよりも大変で、けっこう時間が掛かりそうなので、同時進行で保存食の確保も行う。


 保存食は、魚の燻製だ。

 燻製は、原始的な作り方を父さんと試した事があるので、手順は分かっている。


 まずは……魚を獲るところからだ。

 今は産卵期でウジャウジャいる魚も、いずれ居なくなってしまう可能性が高いので、壁よりも燻製作りを優先した。


 蔓に結び目を作って網状にして浅瀬に沈め、魚が戻ったところで端から引っ張り上げると、面白いように魚が獲れた。

 すぐにお腹を開いて卵は僕とフィヤの食事にして、他の内臓は綺麗に取り出し、鱗を剥がしたら、鰓の所に蔓を通して吊り下げられるようにした。


 木と蔓で棚を作って魚を吊るし、周りを葉っぱの付いた枝で囲い、その下で火を焚けば原始的な燻製が出来る。

 この時、火が強すぎると身が焼けてしまうので、火を強くしないのがコツだ。


 燻した後は、天日干しにして、カラカラに乾かす。

 幸い天候に恵まれて、晴天が続いたおかげで、腐らずに乾燥させる事が出来た。


 燻製作りの棚は、大岩の庇の下に作り、壁作りをしながら火の調節をした。

 最初、壁は全部粘土で塗り固めようと思ったのだが、粘土を運ぶのが大変すぎるので、隙間だけ粘土で埋めて、外側は近くの土で固めて、ドクダミに似た蔓植物を植えた。


 これが根を張れば、壁の強度も上がるだろうし、カモフラージュにもなるはずだ。

 魚の燻製を作っている石組みのかまどは、家の中に残して囲炉裏のように使う。


 火は、鞄に入れてあった虫眼鏡を使って着けたが、雨の日の事も考えて火起こし器も作っておいた。

 木の棒を回転させる火起こし器には、舞ぎり式と弓ぎり式があるが、舞いぎり式を作るのは難しいので弓ぎり式にした。


 出来上がったものを試してみたら何とか火を起こせたが、かなり大変なので火が消えないように気を付けよう。

 動物は本能的に火を怖れるはずなのだが、フィヤは全く火を怖れない。

 不用意に近付いて火傷しないか心配になる。


「フィヤ、火は熱いし、危ないから近付いちゃ駄目だからね」

「きゃう? きゃん、きゃん!」


 小首を傾げた後で嬉しそうに吠えている様子を見ると、分かったようには思えなくて心配になったが、火に近付きすぎて毛を焦がしたりしなかった。


 火を起こしたので、燻製用とは別のかまどを作って、魚を焼いて食べた。

 焚き火で魚を焼く場合、直接火が触れる程の距離だと表面にしか火が通らないので、遠火でジックリと焼く必要がある。


 最初は燻製と同じぐらい距離で暖め、徐々に距離を縮めて様子を見守った。

 火の大きさと、火との距離を慎重に調整して行くと、やがて皮の表面に水分が染み出し、プツプツと音を立て始めた。

 染み出した脂が火に垂れると、香ばしい良い匂いが流れ始めた。


「きゃうぅぅ……きゃうぅぅ……」

「まだ、ちゃんと焼けてないから、もう少し待って」

「きゃん、きゃん、きゅーん……」

「まだ! 駄目だからね!」

「きゅーん……きゅーん……」


 脂が焦げる香ばしい匂いに、フィヤは待ちきれないようで、ウロウロと落ち着き無く歩き回り、僕の足に鼻面を擦りつけてきた。

 じっくり時間を掛けたので、中までしっかり火が通り、皮はパリパリに焼き上がり齧り付くと、香ばしい香りと脂の旨みが口の中で爆発した。


「うんまーい! 何これ、何この美味さ!」

「きゃん、きゃん、きゃん、きゃん!」

「分かってる、ちゃんとあげるから、そんなに慌てるなって……ほら、熱いから気を付けろよ」

「きゃう、きゃう……はう、はぐぅ……きゃう、きゃう、きゃう!」

「分かったから、あげるから、お座り! って、まだ無理か……」


 焼き魚を食べ終えたフィヤは、満足そうな顔で、膨れたお腹を見せて僕の横に寝転んだ。


「まったく……パンパンで蛙みたいじゃないかよ」

「きゅーん……きゅぅ……きゅ……」

「食べたら寝るって、子供か! って、まだ子供だもんな……」

「きゅぅ……」


 ふかふかのお腹を撫でてやると、ちょっとだらしない格好で寝息を立て始める。

 本当は、食事は卵だけで我慢して、獲った魚は全部燻製にする予定だったが、その日以降はフィヤにせがまれる形で焼き魚を作る羽目になった。


 でないと、燻製している魚を見るフィヤの目が尋常じゃなくなってきて、ちょっと怖かったのだ。

 焚き火が出来るようになったので、暖かい昼間に水浴びをした。


 こちらの世界に来てから、一度もお風呂に入っていないし、一度も着替えていないので身体が痒いし、自分でも少し臭いと思い始めていた。

 川原に棚を作り、洗った服を干せるようにする。


 裸になって、川で洗濯をしながら急いで身体を洗い、川から出て焚き火にあたった。

 せっけんも、シャンプーも無いので、完全に綺麗になった感じはしないが、それでも気分がスッキリした。


 フィヤも一緒になって川に飛び込んで来たので、洗ってやったのだが、水が冷たかったのか、すぐに岸へ逃げ戻っていった。

 身体をブルブルと震わせて水気を飛ばすと、さっさと焚き火にあたり始めた。


 家作り、燻製作り、家の材料集め、魚獲り、薪拾い、時々フィヤとお昼寝、毎日があっと言う間に過ぎて行く。

 燻製作りを急いだのは正解で、何日かすると魚の数が減り始めた。


 十日ほどが過ぎると、産卵に上って来たらしい魚の姿は殆ど見えなくなり、大きめのカジカのような魚の姿が見えるだけになった。

 ここの冬がどれほど続くのか分からないが、二百匹以上の魚を燻製にしたので、何とか乗り切れるはずだ。


 森にはキノコが沢山生えているが、さすがに食べる勇気はない。

 椎茸とか舞茸、松茸に似たキノコもあるのだが、もし毒キノコで食中毒を起こしてしまったら死んでしまうかもしれない。


 死ななくても、腹を壊せば体力が失われてしまうでしょうし、冒険するのはやめておく。

 キノコを手に持って悩んでいたら、フィヤがパクっと食べてしまって、めちゃくちゃ焦った。


「駄目! ぺっしなさい、ぺっ! フィヤ、ぺっ!」


 僕の剣幕に驚いたのか、フィヤは大人しくキノコを吐き出してくれた。

 もし毒キノコで、フィヤが死んでしまったら、僕は一人ぼっちになってしまう。


「フィヤ、僕が食べて良いって言うまでは、食べちゃ駄目だからね」

「きゃう? きゃん、きゃん!」

「もう、分かってるのかなぁ……心配だよ」


 家は壁を作り終え、立て掛けるだけだが扉も作り、どうにか格好が付いた。

 家の端には湧き水を引き入れて、流しっぱなしの洗い場も作った。


 家の一番奥には、木枠を組んで乾いた落ち葉でベッドを作り、フィヤと一緒に潜って寝ている。

 落ち葉の中は暖かいのだが、フィヤは僕にくっ付いて居たがるのでダブルでポカポカだが、夏になったら暑そうだ。


 そして、もう一つ、家の入り口には罠を仕掛けた。

 今は家の周囲には動物の姿はないが、いつ危険な動物が襲って来るか分からない。


 熊は冬眠するかもしれないが、春の餌の少ない時期に狙われるかもしれない。

 そこで入り口の上から、ギロチンみたいに尖った杭を結び付けた丸太を吊るし、中から蔓を切れば落ちるようにした。


 実験してみると、重しの石も乗せたので、かなりの勢いで落ちて来て、杭は深々と地面に刺さった。

 これで、扉をシッカリとした物にすれば、安心だろう。


 家が殆ど出来上がった頃、こちらに来てから初めて本格的な雨が降った。

 気温がぐっと下がり、家の外に居ると手がかじかんでくる。


 僕とフィヤは、扉を閉めて家に籠もり、小さく火を灯して過ごした。

 時折、強い風が吹いて来たが、家の壁が崩れる気配はなさそうだ。


 結局その日は、フィヤと一日じゃれ合って過ごした。

 薪用に拾って来た棒を引っ張り合ったり、転げ回ったり、家や燻製を作っている間は、あまり構ってやれなかったので、フィヤは凄く楽しそうだった。


 フィヤは、なかなか賢くて、お手や、お座りを教えたら、すぐに覚えた。

 ただし、お預けだけは、まだ難しいようだ……特に焼き魚は。


 雨が降った翌日、空気が変わって本格的な冬が来たと感じた。

 ピンと冷えた空を見ていると、鳥の群れが飛んでいた。


 こちらに来て、初めて見る鳥だ。

 遠目なので良く分からないが、鳩よりも少し大きそうに見える。


 日本に居た頃ならば思わなかっただろうが、飛んでいる鳥を見て、捕まえて食べたいと本気で思っていた。

 だけど、鳥は僕らの頭の上を通りすぎ、どこかへと飛んで行ってしまった。


 冬に備えて燻製は作ったが、これで食料が十分かは分からない。

 食料を得るとしたら、やっぱり川からだろう。


 そこで、魚などを捕まえる罠を作った。

 節の無い真っ直ぐな枝を伸ばす木があったので、枝を切り揃え、蔓を使って筒状にして片側は束ねて絞る。


 もう片方には、お椀状に編んだ枝で入り口を狭めておく。

 中に燻製の頭を入れて、川に一晩沈めておいた。


 翌朝、罠を引き上げてみると、川エビが沢山入っていた。

 枝に刺して焚き火で炙ると、香ばしい良い匂いがしてくる。


「きゃう、きゃう、きゃん、きゃん、きゃん!」

「待て、お預け!まだ、もうちょっとだから、待て!」

「きゃぅぅぅ……きゃぅぅぅ……」


 フィヤは、炙った香ばしい匂いに弱いようだがが、犬は食事をする順序で、群れの序列を決めるそうなので、どんなにせがんでも最初の一口は僕が食べる。


 炙りあがった川エビを噛み締めると、殻の香ばしさに身の甘味が加わって、めちゃくちゃ美味い。


「ん――っ! 美味っーい!」

「きゃう! きゃう! きゃう!」

「はい、はい、分かった、分かったから、そんなに慌てるな、ちゃんとフィヤの分もあるよ」

「きゃぅぅう、きゃぅぅぅ、きゃん……はう、はぐぅ、はぐぅ……」


 半分ずつに分け合ったので、二十匹ほどの川エビはすぐ無くなってしまった。

 フィヤと顔を見合わせて物足りないと目で語り合い、罠を増やす事にした。

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